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LNJ Logo 木下昌明の映画批評『“私”を生きる』
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●映画 『“私”を生きる』
「良心に従う」ことの重い意味――言論思想統制に抗う教師たち

 教育現場で「君が代」に起立しなかった教師(約170人)をめぐる最高裁判決があった。教師にとって卒業式は“試練”なのか。卒業シーズンを控え、土井敏邦監督のドキュメンタリー『“私”を生きる』が上映されている。

 長年パレスチナ問題を撮りつづけた土井には『沈黙を破る』の傑作がある。その彼が、石原都政下の教育現場での言論・思想統制の厳しさに、右傾化する社会の兆しを見てとって作ったのがこの映画だ。

 ここでは強権的な都教委に抗(あらが)う3人の教師に焦点をあてている。一人は中学校家庭科の根津公子(写真)。彼女は不起立などで受けた11回もの処分に「消えてしまいたい」と思いつつもじっと耐え、校門に立ち続けて異を唱えている。二人目はキリスト者としての信仰から「君が代」の伴奏を拒否した小学校音楽専科の佐藤美和子。佐藤はストレス性胃潰瘍で倒れ、自殺寸前にまで追い詰められる。最後は「職員の挙手・採決の禁止」の都教委通知を批判した高校校長の土肥信雄。彼は「言論の自由がなくなれば戦争が起こる」と訴える。

 映画は3人の苦しい内面にまで迫っている。3人の抗う姿勢の原点の話が興味深い。例えば教会で育った佐藤には、戦争中に「天皇かキリストか」で自分の教会の牧師が拷問され、獄死した歴史への思いがある。

 映画を見ていて、筆者は本誌1月22日号の、作家の保阪正康と対談する同志社総長の大谷實の発言を想起した。大谷はこう述べている。

「私は法学者として、個人主義は今の日本社会の価値の根源、憲法の原点でもあると考えているのですが、最近は利己主義に通じるとして批判的に見られがちです。しかし、やはり、一人一人が強く生きるという意味で、流行(はや)りの“絆”や社会の連帯、共生も大切ですが、その前に『良心に従って生きる自治、自立の人間』を目指すことが大切だと言いたいですね」

 これは“私”を貫くためにたたかう映画の3人にそのままあてはまる。

(木下昌明/『サンデー毎日』2012年2月12日号)

*2月3日までオーディトリウム渋谷(東京)にてロードショー。以下、横浜、大阪などで公開。

<付 記> ここでは紙数の関係でふれられなかったが、ビデオプレス制作のドキュメンタリー『君が代不起立』がおすすめ。

 『“私”を生きる』では、3人それぞれの孤立したたたかいの状況とともにかれらの抵抗への思いに焦点があてられているが、『君が代不起立』の方は、都教委が2003年に出した「10.23通達」時からはじまった教員たちのたたかいとそれを支援する人々――生徒や母親たちに焦点があてられている。それも卒業式の現場や都議会でのやりとりなど緊迫した最前線のたたかいの映像は圧巻である。

 ぜひ『“私”を生きる』とあわせてみてほしい。この問題がより身近な出来事として胸にせまってくるはずだ。

 なお、拙著『映画は自転車にのって』(績文堂)に「校門に立ちつづける女性教師」と題して『君が代不起立』を批評しているので、こちらもぜひ一読してほしい。

DVD『君が代不起立』情報


Created by staff01. Last modified on 2012-02-01 21:08:03 Copyright: Default

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