本文の先頭へ
LNJ Logo 加須レポート : 放射能から逃れた双葉町のその後(江東拓美)
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0711kazo
Status: published
View


●レポートby 江東拓美 写真も

埼玉・加須市の旧騎西(きさい)高校での集団避難生活も、五十日を迎えました。

 福島県内からは、校庭の土を入れ替えたり、牛をつれて東電本社に抗議に来る人がい たりといった報道が流れてきます。福島を離れ、見知らぬ埼玉に避難している双葉町の 人々は、一見まったりと暮らしているようにみえます。 「ここはまだ千人規模だから取材もくるけど、三十人とか五十人くらいのとこじゃ取材 は来ないだろうね。ま、ここだってイベントやら慰問やらのニュースばっかだけどナ」 。

 毎日決まった時間に弁当が配られ、イベントのスケジュールは翌月まで埋まっている 。時々バスに乗ってショッピングモールで買い物をしたり、招待されて映画を観に行っ たりする日々・・。

 3/11の防災放送以来、何ももたずに避難所を転々とした結果、ここ騎西高校に落ち着 いた人たちは、つかの間、何かを選んだり前に進んだりすることから休みたくなるのか も知れません。

 四月から五月にかけてのレポートです。


体育館に集まった支援物資。近所のアパートに移った人も、ここから受け取れる

郡山出身の西田敏行がTシャツを配りにくる

**************

●「かわら一枚落ちてない」

 ここでは各教室に十人から二十人が寝泊りしていて、プライバシーなどありません。 そんな状況に耐えられず、ここから出て行った人も多いようです。やはり他人にきがね せずに暮らしたいのでしょう。

 福島県内に仮設住宅など建てられ始めていますが、福島県に戻るべきか、それとも少 しでも離れたところでアパートを借りるのか、迷う人も多いです。ただ子どものいる人 、特に高校生の場合は「せっかく編入できたのだから」ということで、当分ここに落ち 着くしかないようです。

 昇降口には大きなテレビが置かれ、住民がいなくなった双葉町の町並みの映像が流れ ていました。
「家のローン、止めたよ。全壊じゃないから支払いは免除されないみたいだけど。 うちは屋根瓦ひとつ落ちてない。でも形だけ残ってたって、立ち入り禁止じゃ全壊と同 じでしょ」
「農協共済に入ってる人なんかには、‘自己申告による被害調査によって共済金をお支 払いします‘っていうのがあるみたいだけど、被害が目に見えない家ばっかりですよ」
「双葉町は八つある集落のうち、海沿いの二つばかりの集落が津波でやられた。次女の 家がそう。次女もここに逃げた。命があるだけマシとは思うヨ。そっでも、きれいに残 ってる家を捨ててくるより、津波でやられたほうが諦めがついたかもしんねえ」

●「宙ぶらりんじゃ、前に進めない」

 掲示板にはたくさんの求人募集が貼り出されています。  臨時やパートだけではなく正社員もあり、職種は「社会福祉士」「設計士」「動物臨 床助手」「学校保育指導員」「美容師」「ドライバー」「鉄筋工」などなど多岐にわた っていますが、「失業保険が一年間はあるから、その間は下手な仕事に就かないほうが いい」と言う声もあり、就労する人はそう多くはないようです。 「オレは年金生活だからいいンだ。ただどんな仕事があんのかなって見てるだけ」と言 うお年寄りに混じって、掲示板を見つめる五十代の女性に話を聞きました。

「独身で、ひとりでここに移ってきたの。ずっと原発には反対だった。 でもそれを口にしたら変わり者扱いされて。東電で働いてきた人たちの言うことはおか しいよ。 ここには仕方なくいる。福島に戻っても放射能、消えないでしょ。 この近くにアパートかりるって言ったって、補償が出るかどうかもわからないし。 仕事もしないで、何もしてないように見えるでしょ。でも、どこまで補償が出るかが決 まらないから、家を借りていいのか仕事を見つけていいのかわからない。宙ぶらりんの ままでは前に進めないのよ。 加須市では畑を貸すよと言ってくれる人もいるようだけど、土地のクセがわかるまでに は時間がかかるしね」

(東京の脱原発デモの写真をみせると、しばらく見入って) 「すごいね、東京のひとには頑張ってもらいたい。 津波で流された人たちのこと、テレビでやってるでしょ。自分もそういうとこに行って 、なにかしなきゃって思うんだけどね・・」

 復興に向かうどころか、自分たちの町に立ち入ることすらできない。  そんな人たちの中にも「何かをしたい」という思いは渦巻いているのです。     中高生にフラストレーションが溜まっていることも問題になっていました。  「敷地内で酒・タバコをやる高校生もいて、町長は『ルールを守んないやつは出て行 け』なんていうけどな。大人たちの間からは『大声大会でもやろうか』っていうアイデ アも挙がってるんだよ」。

 中庭では近隣の高校の吹奏楽部の演奏が披露されていて、 「双葉の高校では吹奏楽部でサックスをやってた。こっちでは吹けないのがつらい」と 泣いている女子高生がいました。傍らにいた父親が、 「母親も一緒だが、難しい年頃だからぶつかってる。中三の男の子もいて、両方受験生 。成長期の二人をどこで育てるのか決めかねてる。決められず、親としてつらいです」

************

 東京・赤坂プリンスは六月いっぱい、福島のホテル「リステル猪苗代」も八月まで。  被災者を集団で受け入れる場所が次々と閉鎖される中、ここ騎西高校は今のところ「 無期限」といわれ、強制的に追い出されることはありません。「去るのも自由、残るの も自由」という中で、この先どうやって生きていくのかは、個々人にその選択が委ねら れているのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レポートその2

双葉町の人たちが避難している旧騎西高校は、本格的な夏を迎えようとしています。

 全国で初めての原発震災避難民は、東電や政府の「想定外」という一言で片付けるに はあまりに重い現実を背負わされています。
 答えはまだみえない。起こってしまったことを今さら悔やみようがない。許したわけ ではないが、何かを選んでいかなくてはならない。
 やり場のなさをのりこえて、懸命に前を見ようとしている人たちがいました。

*******

 今年還暦を迎えたTさんは農家の五代目。小さな孫や子どもたち家族十人で騎西高校 に移り住み、補償のことで町役場に要求し続けています。

「とにかく補償だよ。どこに避難するか迷ったけど、行政がついてれば安心だ、と。 今は、福島県内でアパート借りた人には補助が出るけど、県外だと出ない。そんなのお かしいって要求はしてる。 ここに弁護士が来てる。福島県外で住宅借りても補助が出るっていう方向に持っていき たい。

「『家』はあきらめた。残念なのは、うちは三キロ圏内だから一時帰宅できないこと。 戻れないって通知がきたとき、赤紙もらった気分だった。 ホットスポットってあんでしょ? 三キロの外だって、もっと放射能高いところあんじ ゃない。三キロだからダメってわけじゃないのにヨ。 もし一時帰宅できたら? 墓に線香あげたい。 今は、三キロ圏内で線引きされた分、補償は確実に出るから安心と思うようにしてる。 周辺の人は補償問題で大変だろう。

「オレは室長をやってる。支援物資、年寄りのものなんかはありがたいね。 ここの生活は年寄りにはきついよ。アリーナのときは元気だったけど、ここへ来てから 亡くなったお年寄りもいるね。こどもたちなんかも、わけがわからなかったと思う。で も、大人たちがちゃんと面倒見てるよ。挨拶する子はほめるしね。悪いことしたら頭も たたくしナ」

「子どもも孫もいて、どこに避難するか迷ったけども。家族はいつも一緒でなくちゃな 。 一番下は生後八ヶ月のこの子。十圓△鵑世茵Jいてみな(と抱かせてくれる) アリーナじゃ、アイドルだったね」

「俺はたばこ農家の五代目。こいつら(孫たち)七代目。 原発来るとき? 反対はしたさ。でも、国策だからな。 過疎化で、出稼ぎしてる人多かったし。 代々農業だったけども、四十年前から兼業で原発で働くようになった。残業込みで月二 十から三十万もらったね。 アメもらって喜んで、アメなくなってがっかり・・。こんなしっぺ返し来るとはな。 俺は六十代だから、三ヶ月たって方向付けはできるけど、 三十代とかだとむずかしいんじゃないかな。 最初はゴチャゴチャだった。二ヵ月半で少し落ち着いた。 ・・・六十年やってきたことが、全部、突然なくなったんだぞ。 二ヵ月半なんかじゃ、本当はオサマンねえ。 わかるかイ、この気持ちがヨ。

 Tさん(写真上)は、今まで会った中でも、とりわけ話したいことがたくさんあるような人でし た。福島では毎日三合呑んでいた日本酒を、自分を律するために、ここでは一滴も呑ん でないと言います。

 布団が敷かれたままの教室に初めて招き入れてくれたのもこの人で、梅雨の中休み、 エアコンをつけていなくてもムシムシした感じはなく、開け放った窓からは心地よい風 が吹き抜けていました。

(故郷の写真入りのカレンダーをめくりながら)
「相馬藩には野馬追いって祭りがあンだ。馬五百頭連れてナ。南相馬市役所を出発すん だ。双葉からはそんなに出ないけど、十頭くらいは参加すンな。 昨日、よそから来た民謡グループに便乗して、中庭で祭りの踊りを婦人会の人が踊った んだ。涙出た。 双葉町には三百五十年続く「だるま市」があったの。三万人くらい集まったよ。 北と南に分かれて綱引きして、豊作を願う。 隣りの浪江町には「安波祭」ってのがあって、こっちは海で大漁を願う。・・伝統行事 いっぱいあったんだド。全部ダメんなったけどナ。 災害復興マップ、毎日眺めてるよ。『浜通りのチベット』なんていわれるけど、浪江に は高瀬川って流れてて、サケがのぼるきれいな川なんだア。中浜は絶好の海水浴場。浜 風が涼しくて、クーラーなんかいらねえの。 コメは内陸の、会津のがうまいね。寒暖の差が激しいから。 (埼玉の人間は、その福島のお米、食べてたんですけどね) ・・そだナ。逆転しちゃったナ。

「双葉の人は辛抱強いド。高卒でも大卒でも、就いた仕事はずっといるよ。一度勤めた らやめたくないから、 どうするか迷いがあるうちは働けないんだナ。 ハローワークより、知り合いのツテだね。オレは関連会社が声かけてくれて、たまにだ けど山梨の保養施設へ草刈りに行ってる。 やっぱり働いてるとスッキリするね。

「原発賛成、反対は別として、福島県民としてははやく終わって欲しい。 双葉は否応ナシに逃げたけど、飯館の人たちは二ヶ月たってから避難してるから、かな り放射能浴びてるだろう。 これ以上立ち入り禁止を増やさないで欲しい」

 福島第一原発の場所に家があったTさんは、建設前に今の「三キロ圏内」に移転させ られ、そして今回。二度も原発のせいで家を追われていました。  四十年前はよくわからなかったが、家族で結束して働いて手に入れた今の家を捨てな くてはならなくなったときには、とことん「自分を追い詰めた」と語りました。

********

 Aさん(五十代・男性)は四月の移転当初から、気さくに話をしてくれた人です。た いがい喫煙所のたまり場の中心にいましたが、しばらく見かけませんでした。ここにい る人たちに頼まれて買い物に行ったり、福島や仙台に自家用車を取りにいってあげたり して忙しかったのだといいます。

「NHKの記者さんなんか、いつも言うんだよナ。『福島へ帰りたいか』って。 そうじゃないっていうの。いつまでここにいられるかが問題なの」

「『双葉町はなーして福島残んねえで埼玉行ったんだ』って声はあるよ。この中にも『 役場機能を福島に戻すべき』って動いてる人はいる。まあそういう人は、ここから出て 行ってるね。 でも俺はさ、子どもたちのこと考えたら、少しでも遠くへ離れた方がいいって。埼玉を 選んだ町長の判断は正しいと思うよ。

「双葉町には義援金入ってきてるし個人分配してもらって、それでアパート借りるって いうのが一番いいんだと思う。アパートに移って、ここに弁当や物資とりにくる人もい る。 『リステル猪苗代』(避難所になった福島県のホテル。八百人ほどいる)は個室だから 個人情報守れるっていうけど、そんなにいいとは思わないな。規則が厳しいらしいから 。 ここはフリー。井戸川町長は自分からは指示しない。苦情を受けるだけ。生活の面では 住民が工夫できる。部屋ごとの判断で、囲いつけるもオープンにするも、自由に決めら れる。すべて「室長次第」。オレの部屋が一番住みやすいよ。

 たしかに掃除やゴミの当番表が貼り出されたり、給食調理員だった人が朝の味噌汁を 作ったりと、少しずつ変化はあらわれています。緑のカーテンも涼しげで、同行してい たジャーナリストの友人が「今までいろんな避難所を回ってきたけど、ここは昔の長屋 風でいいなあ」と感想をもらすと、まんざらでもなさそうな表情になりました。  高校生の息子をこの近くの学校に編入させたAさんは、とどまる覚悟を固めているの か、ここでのコミュニティーを大事にしようとしていました。

「埼玉の人たちには随分世話になってる。加須市の人とも長い付き合いになる可能性が ある。 ここにいる限りは仲良くしたい。加須の人に受け入れてもらうだけでなく自分たちが受 け入れて、信頼関係つくりたい。加須の人たちは『ボランティアでもないのに、ここに 入ったら悪いんじゃないか』と思ってるみたいだけど、ただでさえ世話になってんだ。 地元の人がスムーズに入ってこれるような関係を作りたい。

「加須の人たちが、今度の祭りでみこしを担がせてくれるって言ってる。 だからお盆には双葉町の盆踊りをやって、加須のひとたちを招こうと思ってる。向こう の祭りにオンブにダッコはしたくない。 昨日、中庭で北海道からよさこいの人たちが来た。その合間に双葉音頭をおどった。も りあがったね。 太鼓を一ヶ月タダで貸してくれるところを探したし、双葉町議会でも通した。加須の青 年商工会議所の人とも相談した。 生半可じゃなく、やるとなったらとことんやる。一時的に避難してきて、何もしないや つらと思われたくない。双葉はこういう力を持ってるってことを見せたい。 これをステップにして、復興に向かいたい」―――
   Aさんの表情は生き生きとしていて、自信に満ち溢れていました。 お手並み拝見。取材を続けようと思います。


Created by staff01. Last modified on 2011-09-03 16:20:13 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について