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■立山学の渾身レポート 緊急連載・その2

「1047名不採用問題の政治解決」の光と影―次の課題は何か

   (写真=立山学)

この連載の第二回目は「井手正敬の三つの大罪」と題する文章を予定していたが4月9日には、「JR不採用問題」の「政治解決」が大筋決まったので、この問題を、以下、検討することにする。

この「1047不採用問題の政治解決」(「2010年解決」と以下略記)を、国鉄闘争陣営がどう受け止め、次ぎの闘いを構築するかは、今後のJRの労使関係や安全問題(近くはじまるJR歴代四社長を被告とする尼崎事故の刑事裁判にも影響が及ぶだろう)、さらには、国鉄分割民営化政策そのものの扱いに大きく影響するだろう。

 私は、国鉄闘争の勝手連的応援団の一人に過ぎないが、私も24年以上の国鉄闘争とその中心のJR不採用1047名疇争をフリー・ジャーナリストと活動家の二足のワラジで取材し、応援してきた。それを知っている多くの人から今回のJR不採用問題の「2010年解決」について、牴鮓曚気譴討燭燭ってきた元の国鉄の人たち、がんばってきた甲斐あって、解決して良かったですね瓩箸寮爾寄せられるので感激している。

「1047名の闘い」の応援団に対する応援は、「1047名の闘い」への応援・声援・賞賛であるから、私は、率直に、これらの牴魴茣新泙寮辞瓩鮗けとめ、ともに「2010年解決」を喜ぶ者だが、しかし、この問題には、「良かった・良かった」とばかりいっておれない、重要かつ厳しい問題点が多くあることも無視しえない。それに、どう対処するかで、「2010年解決」が、良い成果を実らせるか、否かが左右されるだろう。

 私は、1047名闘争を応援する私を応援してくれる人々に、この問題がかかえる難しく複雑な問題点についても、率直に問題提起しなければならないと思っている。政党側との解決交渉にあたった「四者・四団体」から、公式の詳細な報告、見解表明が示されるのを待って、それを読んで,慎重に検討してから、個人の意見を表明するのが、当たり前の手順であることは私も承知しているが、しかし、公式見解が示されるには、かなりの時間を要するだろう。それに、触れにくい問題が多々あるだろう。

この「2010年解決」についての、マスコミ報道などでは、かなり、後ろ向きの見方が流されている。「鉄は熱い内に打て」という。あえて、全くの個人見解であるが、以下、主な点にかぎって、問題点を指摘することにしたい。(写真下=政府解決案を受諾した4月26日の国労臨時大会を傍聴する闘争団員)

 

●大包囲・兵糧攻めを破った

例えば、解決内容は、「人道的解決」としても、決して、充分ではない。
<1047名を不当解雇し、23年も路頭に迷わせた>ことに対して国が本来なすべき「償い」と「2010年解決」は最低の最低水準である。雇用は未解決であり、不当労働行為についてのなんらかの謝罪の意も示されていない。とれたのは、一人2200万円の解決金だけである。しかし、不十分な解決内容でも、「大」から「少」が、成果をもぎとったのだから、「成果なし」どころか、闘争成果としては、大成果だと思う。

相手は、国家がかりで、「1047名闘争」を水もらさぬ大包囲網で封鎖し、1047名を兵糧攻めで抵抗力を奪い、降服の白旗をあげるか、自然消滅するしかないところに追い込む作戦でおしてきた。万に一つも、「1047闘争に活路なし」、と、相手も、マスコミもみていた。

国労本部も一時期、「展望なし」、とみて、「四党合意」(2000年5月与党三党と社民党がまとめた解決案),という「白旗降服」勧告を受け入れての闘争終結をはかったことは周知のことである。その問題をここで、むしかえすつもりはないが、今回の解決の意味を明かにするためには重要な事実経過として「四党合意」問題に最低限触れることを避けるわけにはかない。

解雇された当事者が<「四党合意的解決」=「白旗解決」>を拒否して、旧鉄建公団訴訟を起こしていなかったら(〇二年一月 被解雇者の国労組合員298人が提訴)、今回の2200万円の解決金どころか、かぎりなくゼロに近い涙金で、1047名闘争は、完敗の幕切れとなり、敗北感が、闘う陣営にもひろがっただろう。しかし、解雇された当事者の多くは、相手の重包囲のなかで、国労本隊からも切り捨てられ「孤軍」となる瀬戸際でも、闘いをあきらめず、新たな闘いを自力再建して、ついに、囲みの一角をやぶって、堂々と胸をはって名誉の生還をなしとげたのである。その脱出口はまだ狭く、敵軍は包囲を完全に解いたわけではないが、巨大な相手に、闘う労働者がねばりにねばって、囲みの一部を解かせたのである。闘う労働運動にとって闘ってかちとった、久しぶりの成果である。

 しかし、上記の成果は、まだ固まりきってはいない、今回の解決には、積極面と消極面が表裏しており、いずれが優勢になるかは、この解決の総括の仕方も、これからの情勢と闘い方によっても、左右されるだろう。以下、この問題の経過を、私の体験にもふれながらふりかえってみよう、

●予想外だった長期闘争化−マスコミでの攻防の経験

私は、この「闘う国鉄労働者の二度目の解雇の日」(清算事業団からの解雇)である1990年4月1日、札幌の清算事業団雇用対策部第二支所おいて取材していた。国労の組合員と家族が、「おれ達を狷く意志がない瓩箸靴堂鮓曚垢襪箸いΔ、支所長はそう認定したのか」と迫っていた。支所長(鬼支所長と事業団員は呼んでいる人物と聞いていた)はついに立ち上がって、電話器をとると、「この事業団員を再就職の意志のない人とは、私にはいえません。解雇だけは、やめてください」と、涙を流しながら上に訴えたが、ダメだった。清算事業団雇用対策部の支所長自身が、「この解雇は不当」と認めたのだ。その現場を目撃した以上は、私は「解雇撤回までたたかうぞ」との、国労組合員のシュプレヒコールに唱和し拳をつきあげながら「この理不尽な解雇を撤回闘争には、最後までつきあわんといかんな」と思った。

しかし、24年もの超長期闘争になるとは、予想していなかった。すでに多くの地方労働委員会は、国労・建交労・動労千葉の組合員のJR不採用は不当労働行為と認め救済命令が相次いでいたのだから、国鉄闘争陣営には、この不当解雇問題は、あまり時間をかけずに、勝てるだろうとうけとめる雰囲気が支配的だった。私もそう受け取っていた。甘かった、という他ない。

私のような、雑文を書いて「蟻の一刺し」程度の抵抗しかできないものにも、かなりの圧力が加わる状況になっていった。まして、民営化に抵抗・批判する被解雇者、JRの国労組合員においておやである。私が経験した犖析世悗琉砧廊瓩里瓦一部を語ろう。

「週刊文春」1989年1月5日号に、爐海譴任發△覆燭JRに乗るか・東中野事故以上の事故が隠されている瓩箸離織ぅ肇襪了笋僚靆焼りのレポートが掲載された。その見出しを大書した車内つり広告を『週刊文春』は作成したが、JR東日本はその受付を拒否した。この記事を活かしていたら、死者107名の尼崎事故は避けられていただろう。

(注)私は同書で次のように指摘した。「事故当日、事故を起こした列車は、正常ダイアから遅れていた。回復をあせった運転士が赤信号を無視して、進行してしまった可能性がある。実は、JRになってから運転士達が、ミス(遅れ)を恐れることただならぬものがあるという。こうした心理が東中野事故を起こした運転士に影響を与えてたことは否定できない。事故を起こすまでの総武線のダイアは、いかに無理なダイアで運行されていたかは、事故後の同線の様子をみればわかる。(翌日から運転士が安全運転をすると大幅な遅れがつづいた) これは、JRという巨大組織がかかっている重大な病気の一つの症状にすぎない。病気を根治せねば症状は出つづけるだろう」(231P)

何年か忘れたが、佐藤昭夫早大法学部教授と私は東大五月祭で、法学部の学生の緑会主催の集まりで、国鉄民営化批判の話しをした。私が話していると、聴衆のなかの6.7名が立ち上がって、何か叫びながら、ものを投げつけてきた。生卵だった。もったいないことをする連中だなとおもった。私の著書『JR東海とJR東日本はなぜ戦うか』(光文社カッパブックス)にたいする抗議のようだった。

国鉄民営化批判をするジャーナリストやタレントへの圧力、口封じが陰に陽に強まった。そんな中でも、少数だが、国鉄分割民営化批判でがんばった現場のマスコミ人(上はダメだか)は少なくなかった。気骨のある編集者やライタ−仲間が支えてくれたから、私の国鉄民営化批判の文章でも商業誌に掲載されたのである。「立山論文」の扱いで、経営者と対立して編集長を辞めた雑誌編集者もいた。

国鉄闘争、1047名闘争の主力は猩組瓩任△蝓∧響莊疎屬蓮∀使の争議行為だが、しかし、国鉄・JR問題は、かつても、いまも、この国の政治。社会、生活の全面にかかわる問題であり、企業内労働組合員だけではなく、多様な分野の市民が、成り行きを注目しているし、民営化路線に抵抗もしていることを、国鉄闘争陣営のリーダーは念頭において欲しい。

私の実感では、国鉄民営化利権(例えば、国鉄民営化にともなって発生した土地利権にむらがった有力マスコミが多くある)につられて、マスコミか「民営化翼賛」に走ったのは事実だし、これにつての告発は私もしてきたたが、政・労・学の上層部の崩れ方もひどかった。

国労本部の「四党合意」を受け入れ決定につづいて、国労を支援してきた労組、支援共闘、学者、弁護士、市民のなかにもこれ以上、1047名解雇撤回でたたかっても、展望はひらけないとして、「四党合意解決」やむなしという見方が上の方からひろがってきた。それは、民主的に大衆討議した結果というよりは、上で決めて、下部に押しつけていく傾向がめだった。「反対」は言いにくい雰囲気がつくられた。

私は、柳沢淳育英労委員長(故人)らとともに「四党合意反対」を表明したが、「最高裁で国労敗訴が確定したら、どう闘うのか、展望はあるのか」と、問われれば、具体的な答えはなかった。しかし、「四党合意」を受け入れても、相手は 実のある解決条件を出すはずはないことはわかっていたつもりだ.それが、「階級闘争の非情な論理」というものだ。「権力や資本に、労働者か゜抵抗しても、ムダだ、痛い目に遭うだけでなにもとれない」と日本の労働者全体に、思い知らせて、日本の労働運動を労使協調にもっていくのが、国鉄民営化攻撃の目的であるからだ。「ゴネ得はないよ」と彼等が強調しているように、勝者は、敗者の「降服レース」に順番をつけて、遅れて白旗をあげた部分ほど、過酷に扱うのは、常識である

被解雇者の多数が、白旗解決である犹妖濤膂姚瓩鮗け入れることを拒否しただけではなく、その有志による国を相手とする「鉄建公団民事訴訟」を起こしたことで、四党合意路線は破綻し、今回の200億円の解決金他の、取るべきものを闘ってとる解決を追及する「大長征」が開始された。

●「四党合意」の破綻と当事者主体の第二次「1047名闘争」のスタート

国労という労働組合の争議行為としての「1047闘争」の火は犹妖濤膂姚畆け入れを国労大会で決定したことで、一旦は消された。しかし、国鉄闘争の現場ほど埋火は強く燃えており、当事者を主体とする闘いの火が、再びともされたのである。それは、不当解雇された当事者を主体とする第二次1047闘争というべきたたかいのスタートだった

闘争団家族会の藤保美年子さん(写真)の、「私達の人生を(国労本部は)勝手に決めないで欲しい、私達の人生は私達できめる」との叫びは、闘う労働者・市民の心を強くうった。共感の輪が大きくひろがった。

その被解雇者主体の第二次1047闘争の成果として、今回の2010年解決がある。

国労闘争団有志による鉄建公団訴訟の地裁、高裁判決では、国に不当労働行為があったことを、認めさせて、慰謝料を低額であるが、国が原告に支払うことを命ずる判決を勝ち取った。この「実績」のインパクトはおおきかった。国労本部が、鉄建公団訴訟組を統制違反として、処分する方針から、遅ればせながら、国労本部も鉄建公団訴訟を支持する方針にかわったのも、この判決がでたからこそである。

以上のように、「四党合意」を拒否した、被解雇者の闘いが主導して、「2010年」解決への道がつけられていった。

しかし、実効性ある成果をかちとることは、1047名と支援集団の力だけでは難しい力関係にあったことも間違いない。「闘ってよかった」、と当事者がいえるような「解決」を実現させるには、かつて、「四党合意」方式に組みした部分についても、狷ってとる路線に同調する限りにおいて、共闘するということで「四者・四団体方式」という共闘形式が選択されたのであろうと推測してきた。 そこでは、積極的に闘う方向に動こうとする力と、早く1047闘争を終わらせることを目指す力の引っ張りあいが続いたと、外から観察していて、私にはみえた。この綱渡り的共闘が、ギクシャクしながらも、機能してきたのは、「何かなんでも、牋嫐のある解決瓩鬚ちとる」という当事者と関係者の執念によるものであろう。

と同時に、この間の情勢が、「民営化翼賛から民営化批判」へと転換し、自公政権から、鳩山民主・社民・国民新党連立政権へと歴史的交替があったことが、特に「追い風」として作用し、解決をうながしたことも間違いない。

しかし、安心はできない。猊瓩蓮∈討啜嫖召涼しがでてきている。鳩山連立政権の不安定性は増している。

●<国鉄分割民営化の清算か・国鉄分割民営化の完成か>
人道的解決としても、暫定的解決であり、本質的解決ではない

今度の解決は「人道的解決」とされている。地震、津波、台風といった自然災害の場合の「人道的救済」でも、食糧・テント・医療品の緊急の現地への輸送といった緊急対策だけでは終わらない。中、長期の復興・生活再建対策を伴うのが普通である。

「1047」名問題は、自然災害ではなく、人災であり、全くの政治災害である。「非人道的な状況」に、国鉄労働者をつきおとし、長期に放置してきたことは、対症療法的に、一人当たり、2200万円の解決金をだせばすべて解決とはならない。それは暫定処置にすぎない。

「全体的、本質的解決」とするには、1047名に対する非人道的処遇が23年もつづいた原因を構造的に解明し、その原因を取り除かれなければならないはずだ。根本原因は、「国労つぶし」から総評解体を狙った、国鉄民営化政策そのものにあることは明白である。

次の闘いの目標は、非人道状況をつくりだした原因=国鉄分割民営化政策除去た゜ということになる。まともに、考えればそうなるはずだ。

 ところが、これと正反対の立場を押しだしたのが、前原誠司国交大臣である、今回の解決にあたって前原誠司国交大臣は談話(4月9日)として、今回の「解決」で「多年にわたる争いが全面的に終結するのであれば、人道的観点から喜ばしい」としながらも、「国鉄分割民営化政策は・・国に対して大きな成果をもたらしたものと考えております。これからも「国鉄改革の完遂に全力をあげてまいります」とわざわざ強調している。

私のように1047名問題解決から、さらに、国鉄分割民営化政策そのものを見直し、清算させることをめざすのと、前原流の、1047名問題という最大の労使紛争は解決したのだから、国鉄分割民営化政策を仕上げよう、とするのでは、進もうとする方向は真反対である。 前原談話は、1047名問題の人道的解決歓迎瓩箸靴覆らも、非人道状況をつくりだした原因=国鉄分割民営化政策を温存するものである。これでは、第二、第三の「不当解雇・1047名問題」問題が形をかえて発生する可能性が残る。いや「可能性あり」どころではない。

すでに、その鳩山内閣のもとで、国鉄改革での「差別解雇方式」が、社会保険庁改革という名でそっくり適用され、公務員の二割削減方針がうちだされ、小泉構造改革に輪をかけた、「民でやれることは官がやことはない 民営化せよ」の大キャンペーンである。かつての「国鉄労働者悪玉論」に輪をかけた「公務員悪玉キャンペーン」である。

なお、国鉄民営化理論の教祖・加藤寛は、「国鉄改革は失敗」と総括している。理由は、国鉄改革法では、国労組合員を公然と首斬りできる法律にしなかったから失敗した。(国鉄闘争をつぶせなかったとの意)「公務員改革は、公務員を首きる法律なしには、達成できない。公務員首切り法をつくれる政界再編を」とぶち挙げている。

●「民営化ノー」の民営化被害者の大連合を

民営化大流行期は、民営化の被害を被った国民多数の反発の表面化によって、一時的に終息したかにみえるが、しかし、「民営化ビールス」は、除去されたわけではなく、より毒性を強めて、再流行しそうな兆候が現れている。参議院選前に始まった犢坡彖ぎ瓩蓮△修里海箸鮗┐靴討い襦

民営化とは、国鉄分割民営化に顕著なように、福祉・人権重視がたてまえの公企業に寄生する利権政治家が、それを食い荒らし、私物化するのを黙認していると、公共性は形骸化され、経営は破綻する。すると、公企業を売り飛ばし、効率・儲け優先の私企業に切り替え、弱肉強食の市場競争原理を適用するものだ。それ自体本質的に、非情な資本の論理が、人間より上位にすわる政策である。

その国鉄民営化政策の非情な本質が、表面に現れたのが、JR不採用の「1047名問題」である。これと同根から発した悲惨な事件が、107名の命を奪ったJR西日本の尼崎事故に他ならない、JR東日本の信濃川水泥棒事件も同じである。

労働者を効率・儲け優先で「冷酷非情」に扱うJRは、乗客にも、地域住民にも、効率・儲け優先で「冷酷非情」に対処することになる。それは、国鉄分割民営化政策の「非情・非人道」的本質にねざした病の症状に他ならない。

ところで、先に紹介した「前原国交相談話」は「国鉄分割民営化政策は・・国に対して大きな成果をもたらしたものと考えております」といっている。とんでもない発言だ。

尼崎事故の原因がJR西日本の企業体質にあること、その体質の抜本的みなおしが必要だということは、国交省も、前原大臣も認めざるを得なくなっているではないか。

そのJR西日本の経営体質は、国鉄改革が形成したものであることは明かだ。その犯罪政策遂行の指揮をとったA級戦犯が井手正敬である。1047名を不当に解雇し、非人道的状況に23年封じこめていたものも、107名の命をうばった尼ヶ崎事故も、病根は一つだ。国鉄分割民営化政策である。それでも前原交通相は「国鉄分割民営化政策は・・国に対して大きな成果をもたらした」と考えるのか、そうだとすれば、国交相の資格なしである。

JRの労使関係・安全問題をばらばらにではなく、国鉄分割民営化政策がもたらした共通の体質の発現として捉え、国鉄改革のみなおし・清算を統一課題として、追及することが是非とも必要な段階にきている。

このことは、民営化政策全体についてもいえる。民営化政策とは、まさに、「金持ちと特権層以外は人にあらず」の政治手法であり、普通の国民に対しては、非情にして、非人道的政治が、国鉄分割民営化政策を突破口として、日本中でやられてきた。国民の多くが、この民営化政策の欺瞞に気がついてきたために、最近では、「財政再建のための行革」という看板に塗り替えた、中味は、小泉構造改革・かつての民営化政策のやきなおしが、が売りこまれている。

しかし、このような政策をやれば、やるほど、国・地方の財政には一層借金の山がきずかれ、それを、利用しての、福祉つぶしとなるだろうことは過去の実績が示している。

この「払い込め詐欺」同然の民営化政策に正面から抵抗しおしかえす国民的統一運動がゆるやかであれ、効果的に形成さないと、日本の社会の荒廃はますます加速するだろう。

「1047」名問題解決から導きだすべき課題は、今こそ、1047名闘争の不屈の精神を、国鉄闘争全体で引きついで、民営化災害のあらゆる被害者が横につながって、国鉄民営分割政策をはじめとする民営化政策をやめさせ、清算させる、国民的な運動を起こすことだと思う。今ならまた間に合う。

 民営化政策災害の被害者が拡大しているだけではなく、その被害を受けている当事者が、主体となって、民営化犯罪を下から告発する力が芽生えてきて いるからである。

1047名問題の解決についても、尼崎事故の真相追及にしても「当事者主導」で道がきりひらかれて来た。先の政権交替を押し上げたのも、政治の被害を受けている当事者の反発の力である。当事者の告発力を政治も無視しえぬ時代になってきている。ここに依拠しないで、「政治解決」方式が「政党間合意」で止まっている限りでは、政界力学の変化で、合意内容も揺れることになりかねない。この「2010年解決」の積極面を定着させるには、世論に訴え、「民営化ノー」の戦線形成という大仕事に早く着手する必要があるのではないか。(2010年5月14日)


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