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LNJ Logo 54日間フルマラソン行動を終えて〜中野勇人「四国常駐記」51号
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南の国から〜  中野勇人「四国常駐記」51号(1月7日発行)

発行 国鉄闘争四国共闘会議 中野 勇人 2010.1.7
徳島県三好郡池田町字シマ867−1 筍娃牽牽魁治沓押檻苅械牽娃藤腺愼瑛諭                   

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54日間の思いを2010年へ…

 昨年11月1日〜12月24日までの期間取り組みました、政府の責任で国鉄労働者1,047名問題の解決を求める「国会前54日間連続フルマラソンアピール行動」に対しまして、全国の方々の温かいご支援により、無事に54日間の行動を終えることが出来ました。紙面にて、心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。


年男だけに、虎の威を借りて(笑)

 12月25日には三好市職労の皆さんが横断幕を持って出迎えて下さり、夕方、新社会党三好総支部の大会に参加、翌日の26日〜27日は、国鉄闘争支援四国共闘会議合宿と休む間もなく行動に追われ、今日までお正月気分に浸る間もなく、昨年に続き、今年も年越しは一人四国で迎えました。約2ヶ月間、留守にしていた為、残務整理に追われる毎日です。まっ!丁度54日間の行動を終えたことで、ポカッと穴が開いたようになって体調を崩すより、今まで通り忙しくしていた方が調子が良いみたいです。

 期間中も多くの皆様にご心配を頂きましたが、帰ってきて2日〜3日、走るのを止めると夜中や朝方にふくらはぎが痙攣して、飛び起きることが何度かありますが、体調はいたって良好です。54日間走っていて、いきなり全く走るのを止めるのはよくないようで、今も2日に1回ペースで1〜2時間程(10〜20辧法▲薀鵐縫鵐阿鯊海韻討い泙后47才になっても人間の身体って進化するんですかね。きっとマグロのように、止まると死んでしまう身体になっているのではないでしょうか…(笑)

 いずれにしましても、納得する解決を勝ち取るまでは止まっているわけにはいきません。やれることのすべてを出し切り、常に走り続けていなければなりません。

 これまでも肉体的、精神的疲労や辛さは沢山経験してきていますが、その疲れや辛さは2〜3日も休養すれば取れます。しかし、何が一番辛いのかと言えば、自分たちの問題が解決していないことです。この問題が解決しない限りこの苦しさは永遠に続くわけです。

 今年は虎年、私は年男です。虎は千里を駆けると言われています。国会前では約2,300卍走りましたが、千里には遠く及びません。

 今年は解決のゴールめざして、何里でも走り続けたいと思います。(また国会前を走るということではないですが…笑)  以下、54日間連続フルマラソンアピール行動の感想を報告いたします。

「国会前54日間連続フルマラソンアピール行動」を終えて…

【この企画への思い…】
昨年の道険笑歩癸隠靴砲盞悩椶い燭靴泙靴燭、なぜ、この行動を取り組んだのかを思い起こす意味で、もう一度掲載します。
 この企画は、昨年、春の国会前座り込みの時に思い立ちました。

「座り込みの他にアピールできること…」と思案していたとき、春の東京マラソンで、65才のさいたま市の男性が、フルマラソン連続51日間のギネスブック記録を1日更新する記事を見てヒントを頂きプランをたてました。闘い半ばで亡くなられた方が、企画当時54名(現在59名)であることから、亡くなられた方々の鎮魂と無念の思いをのせ、毎日国会前を32周走り、目的が違うためギネスに申請はしないまでも、この行動を走りきるとギネス記録を超えるという付加価値を付けることにより、私たちの問題をさらにアピールすることができると思いましたし、当事者の思いを十分伝えることができるのではと考えました。

 四国に常駐して今日まで、5年前の高知〜東京を走った「1047劵薀鵐縫鵐哀ャラバン」をはじめ、地方から中央へ運動を押し上げる意味で様々な取り組みをしてきました。

 私たちの闘いは、その時々の政治の状況に左右されてきました。自公政権が続いても実行するつもりでしたが、昨年の衆議院議員総選挙で政権交代が実現し「この問題が23年も24年もならないように努力する」と、昨年2月16日に星陵会館で開催された集会に参加し、発言した鳩山民主党幹事長(当時)が総理大臣になったわけですから、政治の責任で解決させるには、間髪入れずに自分たちの要求を押し込まなければ、様々な政治課題の中で、私たちの問題が先延ばしにされてしまうのではないかと感じたので、政治の中枢の場で勝負をかける意味で国会前は外せないと思いました。

【54日間を振り返り…】
こういう言い方をしますと叱られるかもしれませんが、企画段階から54日間、走り切れるという確信は持てませんでした。ただ、余程のアクシデントがあるか、自分の心が折れないかぎり、手と足を動かしていれば、少しずつでも前に進むし、何とかゴールまで辿り着かせることが出来るのではと思い描いていました。

 しかし、実行に移すには、当然、行動に見合う最大限の努力をしなければなりません。 いつもの年と違い、6月末のサロマ湖100劵泪薀愁鶲聞澆盖戮泙坐り込みをして、この行動に耐えうる精神と体力を研ぎ澄ましてきました。そのかいあって、10月には身体が出来上がっていましたが、気合が空回りし過ぎて、オーバートレーニングで、疲労を引きずったまま11月1日を迎えることになってしまいました。

 第1日目、調整失敗の不安は的中して、残り1周で左足のふくらはぎを痙攣させ、足にダメージを与えることとなり、このことが原因で、右すねの筋肉、左足の膝を痛め、11月一杯、痛みに苦しめられる結果となりました。

 今だからこうして話をすることが出来ますが、膝の痛みや「明日になると足が動かなくなっているのでは?」という不安で眠れない日が続き、毎朝、重たい身体を引きずり、40分程通勤電車に揺られ、不安な気持ちのまま国会前へ通った日が何日もありました。人生で初めて鎮痛剤を飲みながら走るということも経験しました。

 ギリギリの所で、私を支えていたのは、突入宣言文で「この行動の中止は、自分が倒れるか、政府が解決の決断をする以外ない」と言った言葉の重みと「自分はまだ十分動けているではないか」という自分自身への奮起、そして、苦しいときに必ず駆けつけ、共に行動し、声援を送って頂いた全国の共闘の方々の力です。

 共闘事務局の方々には様々な任務のある中、当番を決めて毎日、受付、時には伴走もして頂きました。私の北見闘争団では、政府に解決の決断を迫る、北見闘争団全体の取り組みとして、順番を決め自費で団員を派遣してくれました。

 休日を返上して駆けつけて頂いた方、勤務前、夜勤明けに駆けつけて頂いた方、地方から夜行バスで上京し、その日の新幹線で帰られた方、インターネットの掲示板、新聞、人づてに聞いて駆けつけて下さる等、初めてお会いする方々にも、共に行動をして頂きました。この行動期間中、駆けつけて頂いた方々によくこのようなことを言いました。「自分の発案ながら、支援の方々にとってはこんなひどい企画はないと思う。自費で国会前に駆けつけ、マラソンを走らされ、汗でグチャグチャになり、疲労し、おまけにエントリー料金(カンパ)も支払わなければならない」と…。 皆さんの笑顔に元気を頂きました

 しかし、駆けつけて頂いた方々は「自分の思いできているのだから、そんなことは当然です」と笑いながら言って下さいました。

 

 この行動期間中に政府からの答えはもらえませんでしたが、行動の成果としては、国会議員、秘書の方々、議員会館、国会周辺で働いている方々、国会周辺を警備している警察関係の方々、陳情に訪れた方々、一般の通行者、国会見学者、議員会館前で集会を開催した各団体の方々には、広くアピールできたこと。そして、本当に自分の闘いとして共に闘って下さる方々が全国に沢山いるということを再認識できましたし、私たち当事者が、何を求め、どうしたいのかをわかりやすく行動に表すことで、支援の方々がしっかりとそれに応えて頂けることを感じることが出来ました。

 また、この行動に参加した後「この企画頂きました!」とゼッケンに議会傍聴への呼びかけと、その時々の政治的なアピールを書き、議会周辺を走ることにした、山下茨木市議会議員。初めてお会いした京都の藤井さんは、24日を「勝手に国労応援ラン」と決めて、私が送ったゼッケンを付けて走ることを決意したと、自身のブログ「パオパオだより」に載せて頂いています。さらに、この行動で出会った方々同士の交流の輪が拡がるなど、一見、解決させることにはつながらないように思いますが、国鉄闘争からあらゆる諸課題への闘いへつながることで、最終的に相手に対し圧力を与えることになると確信します。

 最後に、今後の課題として行動を通じて感じたことですが、期間中、国会周辺でカメラを持った多くのマスコミの方々に出会いましたが、残念ながら初日のTBSの方に声をかけて頂いた以外は、誰一人として「何をしているのですか?」と声をかけてくれた方はいませんでした。取り上げて頂いた新聞社も毎日新聞、北海道新聞、徳島新聞のみでしたし、数十年前ならば、取材とまでいかなくても声ぐらいはかけてきたのではと思います。司法も反動化が進んでいますが、マスコミ関係も資本家がメインスポンサーだけに、その意に反する放送や記事は取り上げないと思わざるを得ません。

 しかし、マスコミは駄目だと嘆くより、まだまだ社会に対する影響力があるだけに、どう取り上げてもらうのか、工夫をしていかなければならないと感じました。

 行動を通じて、国会周辺に残した私の足跡は、1,733周、約2,304辧■毅監間連続フルマラソンギネス記録。(未公認)  行動への総参加者:約950人。 伴走:ランニング約176人、約3,100辧自転車約124人、約1,264辧 徒歩約27人、約74辧

 鳩山連立内閣も様々な問題が山積していますが、23年間、問題を放置され続けている当事者、家族の思い。闘い半ばで解雇の理由すら聞かされず亡くなった59名の方々の思いを乗せて走った距離、行動に参加して頂いた方々の思いは、山積している問題に比べても決して軽くありません。改めて政府に私たちの求めている「雇用・年金・解決金」の解決を早期に決断することを強く求めます!

【国鉄闘争支援四国共闘会議合宿】
12月26日(土)〜27日(日)高松市「義山荘」で国鉄闘争支援四国共闘会議合宿が開催されました。12月24日に国会前54日間のアピール行動を終えて、すぐの行動でハードスケジュールではありましたが、解決に向けて大事な時期でもありますし、例年開催していることから、四国共闘の方々と打ち合わせをして、上京する前に日程を決定していました。

 中央から内田泰博中央共闘事務局長に参加して頂きました。内田さんは54日間の行動期間中、殆ど毎日のように顔を出して頂き、大変お疲れのところ、しかも北海道に帰省する日を延ばして参加してくれました。内田さんからは「国鉄労働者1047名問題は、どのようにしたら勝利解決が出来得るのか」という演題で1時間半程、講演を頂き、質疑や各県から意見を出してもらいました。 

・2.16集会を勝利集会にと言っているが、本当にそこまで進展しているのか? そこまでに解決させる具体的な運動提起は? ・早期に解決してほしいが、全員が納得できるのか心配。納得できない人はどうするのか? ・国鉄問題は国策で行われた。請願運動でなく、請求運動でなければいけない。責任追及、怒りを持って運動をしてほしい等々活発に意見交換がされました。

 あっという間の2日間でしたが、まとめとしては「解雇者を抱えたときどこを大事にするのか? 当事者の意見を大事にしなければいけない」と、自分の運動経験に基づいた、河村洋二さん(国労闘争団を支える徳島の会代表委員)の言葉に尽きると思います。 


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