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LNJ Logo 報告 : 三里塚「一坪共有化運動」について語る集会
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News Item 0719shukai
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三里塚空港(成田空港)の建設に反対して取り組まれた「一坪共有化運動」について考える集会が7月19日、都内で開かれた。「7・19 加瀬勉さんを囲む会」と題して呼びかけた主催者は、「三里塚芝山連合空港反対同盟大地共有委員会(供法廖◆峪偉つ諭暫定滑走路に反対する連絡会」。約60人が集まった。

「一坪共有化運動」は、新東京国際空港公団(当時)による用地買収に対抗するために、反対同盟と支援者らが取り組んだ戦術。土地の所有権を複数の人々に細分化して割り当て、共同で所有する運動である。空港が滑走路1本で開港した後の1980年代に、第二期(再)共有運動が始まった。加瀬さんは「木の根」の共有地提供者として、運動を中心で支え続けている。空港内に点在する共有地によって横風用滑走路建設は阻まれ、三里塚空港は開港から30年を経た今なお、「欠陥空港」「不完全空港」としての運用を余儀なくされている。

あせりに駆られた空港会社はこのかん、全国の共有者約1000人に、2度にわたって売却を迫る手紙を送りつけた。持ち分の土地の補償額とともに、三択式の返答用紙を同封して、譲渡を迫った。新聞報道によれば、98人が売却に応じる意思を示したという。

集会第一部で発言に立った加瀬さんは、およそ半世紀にもわたる反対闘争の、激動の歴史を振り返った。1966年の第一次一坪共有運動は、騒音地区の農民と敷地内の農民との団結を図ることが目的だった。時間の経過によって反対同盟も世代が代わり、「木の根」の土地を代表名義人として譲り受けた加瀬さんだが、流血も辞さない熾烈な闘争史には、闘う陣営の分裂や、敵からの甘い誘いも少なくなかった。

真っ白なシャツを着てマイクを握った加瀬さんは、「強固な空港反対の意思と、建設地内に土地を持つという、物質的な条件が一つになって大衆的力を持ったときに、闘争の前途は開けてくる」と力を込め、「騒音直下の東峰地区でがんばっている人々と、運命を共にしていく」と結んだ。会場には、ベ平連運動や三里塚闘争に長く関わってきた、元東京・目黒区議会議員の宮本なおみさんも駆けつけ、参加者たちを激励した。

集会第二部では、共有者たちによる積極的な発言が相次いだ。「大地共有委員会(供法廚蓮△気泙兇泙焚歛蠅鯤えながらも、新しいスタートを切る討論を開始した。(Y)


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