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LNJ Logo 飛幡祐規 パリの窓から2「春立ちて巷は何を待つ人ぞ」
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   (第2回・09年4月21日)

春立ちて巷は何を待つ人ぞ

前回のグワドループ島とマルティニック島でのめざましい社会運動に続いて、今回は大学教員・研究者たちの運動について書くつもりだったのだが、こちらはスト入り(2月2日)から2か月半以上たっても、さっぱりらちがあかない。1968年の五月革命のときを上回る長さで、大学教員・研究者組織の大多数、一部の学長までもが一連の「改革」の撤回、もしくは全面的見直しを要求しているのに、政府側の大学担当大臣は少数派組合を相手に、改革の一部に関する話し合いを進めたのみ。教育大臣は交渉さえしない。運動の分断を試み、少しずつ譲歩しながらも全面的な見直しは認めず、運動を長引かせて腐るのを待っている。学年末に近づけば学生たちの不満が高まり、ストを中止せざるをえなくなると高をくくっているのだろう。わたしは三十年以上フランスに住んでいるが、教育に関する運動を政府がこれほど無視したことは今まで一度もなかった。大学生の子どもがいる友人が「本当に大学なんてどうでもいいと思ってるのよ」と嘆くように、この政府はおそらく、効率性という観点からしか教育を考えられないのだろう。

同様に、サルコジ大統領以下の現政府は労働運動もみくびっているようだ。3月19日の統一スト・デモ(写真下)は、1月29日を上回る人出(警察発表120万人、組合側300万人)だったにもかかわらず、めぼしい政策は新たに何も出てこない。サルコジはロンドンのG20の前に、「タックス・ヘイヴンを一掃する、資本主義を道徳的にする」などといきまき、あたかもオバマ/ゴードンの米英路線より「社会派」であるがごとく装ってみせたが、あれはただのパフォーマンスだ。国内では、大統領になってすぐ通過させ施行した高所得者の税金削減法を頑として撤回しないのだから(左翼はもとより与党内でさえ、この大金持ち優遇策の一時停止案が出ている)。

一方、大企業や銀行の指導層は「経済危機」のつけを弱者のみに押しつける気らしく、一般の人が何十年働いても稼げないような高額の給料、ボーナス、ストック・オプション、退職金などを自分たちに支払い続けていることが、次々と暴露された。政府から援助金を受けたソシエテ・ジェネラル銀行、記録的な利益を出しながら解雇を発表したトータル石油の指導者たちなどだ。企業成績が下がって政府の援助を受けたにもかかわらず、320万ユーロ(約4,5億円)もの膨大な退職金を獲得した自動車装備メーカー「ヴァレオ」の前社長は、まさに象徴的な例である。これらが立て続けに報道されて世論の非難をよんだため、サルコジと政府は「国の援助を受けた企業の指導者のボーナスやストック・オプションを制限する」政令を慌ててつくったが、2010年までの制限が適用されるのはわずか数名だけ。国の援助を受けた企業の社長の給料を制限する法律を可決したアメリカのほうがまだマシだ。

さて、フランスでもあちこちで「経済危機」の影響、あるいはそれを口実とした大量解雇や工場閉鎖が起きているが、そうした場合に従業員が経営者や指導陣を監禁する事件がこのところ相次いでいる。3月13日、ランド県(フランス南西部)のソニーの工場で社長以下4人が一晩監禁された話は日本でも報道されたが、以後一か月の間に数件、指導者を監禁するケースがあった。英米のメディアではこれを「ボスナッピング(kidnappingをもじってbossnapping)」と呼んでいる。

これらの行動に共通しているのは、それがもはや工場閉鎖や解雇の撤回ではなく、解雇される人数の削減や手当の増加など、解雇条件の改善を要求したものだったこと。つまり、従業員たちのほとんど絶望的な状況をあらわす行為なのだ。たとえばソニーの場合は、前年閉鎖された別のソニー工場で解雇された人たちと同じ額を払えという要求だった。日本のテレビ局の取材で現地に赴いた友人の話によると、「最初、家族同然と思っているから頑張ってほしいと日本から派遣された社員に言われたが、やはり嘘だった」と工員たちが訴えたという。4月17日に閉鎖されたこの工場ではVHSのビデオテープを製造していたため、新製品製造へのライン切り替えを組合は以前から要求していたが、本社にとっては捨て駒だったのだろう。「監禁」も計画されていたわけではなく、ソニー・フランスの社長が来るというので社員が自分たちの言い分を一言でも聞いて欲しいと続々と集まった結果、自然発生的に起きたものだという。

フランスでもグローバリゼーションが進むにつれて、人件費の安い国への移転や再編成などで多くの工場が閉鎖された。そうした工場閉鎖や大量解雇の際にじゅうぶんな労使交渉がなく、法に定められた条件が守られないケースも多い(むろん労働裁判所で闘えるが、それには長い時間とエネルギーを要する)。近年はとりわけ、大グループに組み入れられた多くの工場では、現場に姿を見せない経営陣がすべてを決定するため、労働者は顔の見えない指導陣に翻弄されているような印象をもつ。監禁は、その「見えない」指導者に具体的な顔と身体を与える行為だと解釈できる。そして具現することよって、責任を問いただしやすくなるという効果がある。実際、ほとんどの場合、監禁の後に解雇条件は改善されたのだ。

当然ながら、経営者団体やサルコジと与党は、監禁などとんでもない「違法行為」の暴力だと騒ぎ立てたが、市民の反応はけっこう好意的だ(ある世論調査によると、55%が監禁などの過激な行動を「正当だ」と答え、「正当でない」は39%)。解雇という現実が目には見えなくてもいかに大きな社会的暴力であるか、理解できる人が多いからだろう。過激な社会運動にはあまり関わりたがらない社会党でさえ、これは経済危機のまっただ中に見捨てられた従業員たちの正当で象徴的な行為であると擁護した。主要労働組合も表だっては応援しないが、監禁のケースにはすべてその企業の労働組合が関係している。経営者(とりわけ中小企業)の中にさえ、「従業員の怒りは理解できる。大企業の指導者たちが破廉恥に暴利を貪ったために、経営者全員がそうだと誤解されて困る」と嘆く声が聞かれるという。

最近、もうひとつ注目されるのは、フランス電気とフランスガスの配給会社の従業員による停電とガス停止だ。配給が子会社に再編成されてからの労働条件の悪化を訴え、賃金値上げを要求するスト運動の中で、役所やショッピングセンター、フランス電気のサービス店など一般家庭を外した拠点的な停電が短時間行われる。また、請求書を払えないために電気を切られた貧困家庭に電気を「回復させる」行動もとられている(これは弱者を助ける行為ゆえ「ロビンフッド」と呼ばれる)。停電をスト行為として使うことは長年避けるようになっていたのだが、ふつうのストやデモでは何の効果もない上、フランスガス・シュエズ社指導陣の給料のとてつもない増額が発表されたために、従業員の怒りがつのっている状況が影響しているようだ。

レイバーネットのMLで既に紹介されたように、4月6日からストが始まったフランス北部オナンのトヨタの工場では、16日の晩から20日まで開業以来初の工場封鎖が行われた。製造減少に伴う一時的休業(操業停止)の際、60% ではなく100%の賃金を払えという要求だ(労働者の給料は非常に低いので、生活に支障が生じる。トヨタは世界有数の金持ち企業だからこれを払う能力があるという理由)。トヨタ式経営をフランスにもちこみ、労働運動に対してさまざまな圧力をかけてきたフランスのトヨタで、生産ラインを断ち切るほどのストが起きたことは注目に値する。今回もスト参加者とそうでない者の分断、組合間の分断を指導陣は試みたが、スト参加者数は最初の60人から400人近くに増えたのである(全従業員数3250人中ブルーカラーは2700人)。そして20日、一時的休業の賃金75%を延べ払いにする、スト時の賃金カットも分散化する、組合員を罰しないなど、指導陣が組合側の要求にかなり歩み寄ったために工場の封鎖は解かれた。組合は今後も、派遣社員や短期契約社員の労働条件改善を掲げて闘うつもりだというが、トヨタ相手の労働争議としては画期的な勝利と言えるかもしれない。

これらすべての動向は、一部の労働運動、さらには社会運動の過激化の傾向を示しているようだ。その背景には、経済危機の中で私腹を肥やすことにのみ専念する大企業や銀行の指導者たち、その状況に無力な、あるいは加担している政府の指導者たちに対する、多くの人々の怒りがあるだろう。おまけに、二百万人を超える市民を動員した全国デモがあっても何も動かず、そうした怒りや不満をきちんと代弁できる政治的な対抗勢力がほとんど不在なのだ。既成左翼政党は弱体化し、大きな労働組合は消極的(次回の統一行動はメーデー)、新しい極左政党NPA(反資本主義新党)は結成されたばかりで市民運動との接点に欠ける。人々の不安や怒りを方向づけ、結集させる場や媒体がないのだ。怒りはいつか爆発して長期ゼネストなど大規模な社会運動が勃発するのだろうか? ある人々はそれを可能性として望み、他の人々は怖れているーーこのところフランスには、そんな奇妙な「待ち」の空気がよどんでいる。(2009.4.21)

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飛幡祐規(たかはたゆうき)さん略歴

文筆家、翻訳家。1956年東京都生まれ。74年渡仏。75年以降、パリ在住。パリ第5大学で文化人類学、パリ第3大学でタイ語・東南アジア文明を専攻。フランスの社会や文化を描いた記事やエッセイを雑誌、新聞に寄稿。文学作品、シナリオその他の翻訳、通訳、コーディネイトも手がける。著書:『ふだん着のパリ案内』『素顔のフランス通信』『「とってもジュテーム」にご用心!』(いずれも晶文社)『つばめが一羽でプランタン?』(白水社)『それでも住みたいフランス』(新潮社) 訳書:『泣きたい気分』(アンナ・ガヴァルダ著/新潮社)『王妃に別れをつげて』(シャンタル・トマ著/白水社)『大西洋の海草のように』(ファトゥ・ディオム著/河出書房新社)ほか多数。2005年5月〜07年4月、ウェブサイト「先見日記」でフランスやヨーロッパの時事を取り上げたコラムを発信。

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