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LNJ Logo 核実験〜ものごとは正確に「怖がる」べきである
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核実験と核拡散

実験後何が検出されたのか?
または、核実験の何を恐れるか?          たんぽぽ舎 山崎久隆

 まえがき

 2006年10月9日は、おそらく日本の歴史にとっても世界の歴史にとっ ても大きな事件として記録されるであろう。確認されているわけではないが、 とりあえず誰一人死んではいないが、日本版9.11事件ほどのインパクトが あるかもしれない。いや、今後これ以上の事件が起きてほしくはないので、こ れでひとまず終わってほしいと思わなくもない。
 歴史上、東アジアの平和と安全がこの事件を契機に良い方向に変わったと言 える未来を作るためにも、今しなければならないことは多々ある。そのための 一助にでもなれば幸いである。

 核実験確認?

 米国は10月14日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)核実験のものと見 られる放射性物質を確認し、あわせて9日に行われた「実験」で核爆発が起き たことを確認したと発表した。
 しかしこの「確認」の中身はいっこうに明らかにされていない。何がどれだ け検出されたのか。世界はそれを知りたがっているだろうに、明らかにしてい ない。

 核爆発により発生するのは、熱線と爆風、初期放射線、核分裂生成物やプル トニウムなど核分裂性物質の残りとそれによる残留放射線である。地下核実験 を探知する第一の手がかりは爆発に伴い発生する衝撃波で、これが地震波にな る。エネルギーの1%が地震波に変わると仮定するならば、マグニチュード4 とは1キロトン程度に匹敵するという。ただし、岩盤の密度や強度で、この値 は変化することは言うまでもない。あくまでも目安に過ぎない。

 地震波は近いところがより正確に観測できるので、中国牡丹江の観測点と韓 国の観測点が有利だ。その観測記録は最大マグニチュード4で、最小マグニ チュード3.5というから、概ねその範囲と見て良いだろう。日本の気象庁の マグニチュード4.9というのはよく分からない。何処もこんな値は採用して いない。CTBTOは4.0±0.3で1.5キロトンとしているので、この 程度が最大値となろう。

 ところが核実験を監視する国際機関CTBTO(包括的核実験禁止条約機 構)も述べていることだが、核爆発があまりに小さいときは、それが核実験で あるかどうかすぐには断定できない。その限界が核爆発威力で1キロトン、エ ネルギーでマグニチュード4あたりだと言われる。つまり、今回の核実験はま さしくその限界ぎりぎりの実験であったということだ。

 核爆発の威力

 核爆発に伴い中性子線やガンマ線など初期放射線が大量に放出されたが、地 下実験だと岩盤に遮蔽されて外部からの観測は難しかろう。ただ、核実験探査 衛星などが観測できたか出来なかったかの報道は見あたらない。日本の原子力 開発機構の測定も何も明らかにされていない。JCO臨界事故の時は当時の原 研那珂研究所(現在の那珂核融合研究所)が核分裂で発生した中性子量のバー スト(爆発的増大)反応を検出している。

 スーパーカミオカンデのような施設が稼動していれば何らかのデータが採取 できそうなものであるが、これはおもしろいことに、とあるブログに同じこと を考えて「東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設」に問い合わせメー ルを出した人がいた。その返事が掲載されていたが、要旨は「(核分裂によ る)低エネルギーのニュートリノはスーパーカミオカンデは測定感度が異なり 検出できないであろう。また、仮に検出できるとしても日本海沿岸に点在する 原発からのニュートリノと区別がつかないであろうという」ものであった。な るほど考えてみれば当たり前である。

 今回の核実験はどんなに多くても数十グラム(40〜70グラム)程度のプ ルトニウムが核分裂を起こした。原発は一基あたり100トン近いウランとプ ルトニウムを内蔵し、毎秒1グラムほど核分裂をしている。日本周辺の原発 50基以上だから、ほぼ1秒の原発の核分裂と北朝鮮の核実験が匹敵するとい うことになる。毎秒日本中の原発で北朝鮮の核実験を一回行ったのと同じ量の 核分裂が起きているといったら、どう思われるか。

 スーパーカミオカンデは、日本海沿岸の原発のニュートリノも北朝鮮の核実 験のニュートリノも区別できない。つまり観測していたとしても、JCO臨界 事故のときの那珂研究所の中性子のバーストのように、特定するだけのピーク が出るわけではないようだ。

 空中探査の結果は

 核実験の確認を行ったのは、米空軍のWC130で、C130輸送機を改造 した観測機である。嘉手納基地から飛び立ったが、相手の対空砲の届かない成 層圏付近を超音速で飛び抜けるSR71とちがい、大気圏内を亜音速で飛ぶ航 空機なので領空を侵犯することはしない。従って、この観測機が捕らえたとさ れる放射性物質は、日本海上空で採取された空気中に含まれる放射性物質で あったはずである。なお、地下核実験では核分裂生成物のほとんどは地下に封 じ込められ、漏れるとしても徐々に時間をかけてだろう。

 従って、高層大気ではなく地上風の影響を受けて拡散していく。つまり日本 海の上で低空飛行をして観測した方が捕まえ易いであろう。

 核実験により生ずる核分裂生成物は、セシウム、ストロンチウム、セリウム、 ヨウ素、キセノン、クリプトンなど多種多様にのぼるが、地下核実験だと、岩 盤の崩壊やクレーターの出現などの大規模放出がない限り、漏れてくるのは気 体状の物質に限られる。
 一番可能性が高いのは、半減期10.7年のクリプトン85(Kr85 )であ る。
 クリプトンとは原子番号36、原子量83.80の元素で希ガスと呼ばれる。 そのうちのクリプトン85はベータ・ガンマ線を出す放射性元素である。希ガ スとは、ヘリウムやネオンなど大気中の存在量が微量で、化学的に不活性な気 体の総称である。周期律表で右端に載っている元素で0族と呼ばれる。化学的 に不活性ということは、他のなにものとも反応しないので、いずれは岩盤の割 れ目などを伝わってそのまま大気中に出てくることになる。

 原発の核燃料中でも生成されるため、原発や再処理工場からも放出されてい る。特に燃料棒を切り刻む再処理工場では、イオン交換樹脂やフィルターなど で除去することが出来ない不活性ガスは、ほとんど全部大気中に放出されてい るのである。

 世界の大気中に含まれるクリプトン85は、大気圏核実験が始まったときか らその量を増やし、現在では北半球中緯度付近で約1.3〜1.5ベクレル/ 立方メートルという値になっている。大気圏核実験が行われなくなった70年 以降は、英仏と東海村の商業用再処理工場、軍事用プルトニウム抽出工場など からの放出に変わる。そして最近では日本の六ヶ所再処理工場からのものが加 わるようになった。

 つくば市で測定されているクリプトン85の濃度は、通常は1.3ベクレル /立方メートル前後であるが、同じ茨城県内の東海再処理工場が稼働している ときは2〜3ベクレル/立方メートルという値に上昇するという。ちなみにつ くば市と東海再処理工場は60キロメートルほどの距離である。

 核実験の「証拠」としてクリプトン85を検出したというのであれば、その クリプトン85に出身地を尋ねなければなるまい。本当に北朝鮮の核実験場な のか、最近稼動するようになった六ヶ所村の再処理工場なのか。

 再処理工場との奇妙な関係

 核実験の探知にも大きな悪影響を与える六ヶ所再処理工場は、10月9日 21時30分ごろから使用済燃料のせん断を停止した。
 アクティブ試験中だった六ヶ所再処理工場は、このときまで使用済燃料のせ ん断を作業を続けていた。その際に放出される主にクリプトン85などの放射 性物質は、核実験探知に重大な悪影響を及ぼす。8月9日以後、自衛隊三沢基 地から航空自衛隊T4練習機が空中の放射性物質を捕集する装置を付けて飛び 立っている。なぜか青森県から茨城県の太平洋沿岸上空を飛んでいる。飛ぶの なら日本海側であろうに。

 再処理工場は核実験の検出に悪影響が出るから、中止させられたと見るのが 妥当だろう。つまり、北朝鮮の地下核実験は、再処理工場が稼動していては検 出できなくなると恐れられるくらいの「微量」しか観測されないであろうと想 定されたのだ。

 この機体に取り付けられていた装置は、おそらく微小塵を採取する装置であ り、クリプトンなどの気体は採取されていないと思われる。
 大気圏核実験ではないので、気休めにもならないのだが、まさしく気休め だったのであろう。
 反論もあるだろう。「こういう姿を見ると、安心だ」「ちゃんと測定や監視 をすることが悪いわけではない」
 そのとおりかもしれない。日本が原発も再処理工場も持たず、アメリカの核 の傘(核兵器)に頼らない外交政策を採り続けてきたのだったら。しかし現実 は異なる。
 北朝鮮の核実験場から出ると想定される放射性物質に比べて桁違いに大量の 放射性物質が今六ヶ所再処理工場から出されている現実。そのことを一切報道 せず、一切問題にしなかった青森県などの自治体が、北朝鮮の核実験場から出 る放射性物質に危機感を持つ資格などないし、それを批判してさえ来なかった 人々にはそれを拒絶する資格もないのである。
 クリプトン85はベータ線を出す放射性物質であることは、六ヶ所再処理工 場からのものだろうと北朝鮮の核実験からのものであろうと何ら違いはない。 拒否するのであれば両方を拒否しなければ意味はない。

 何が本当に危険か

 核兵器の起こす核爆発は確かに膨大なエネルギーを出す。一瞬にして7万人 以上を死傷させた長崎原爆は、わずか1キロ足らずのプルトニウム239が核 分裂をおこし、21キロトンの威力のエネルギーを長崎市の上空に放出した。
 それだけではない、大量の放射性物質をまき散らし、その後の犠牲者を合わ せて死者は7万人を超えた。
 北朝鮮の核実験で核分裂を起こしたプルトニウムは、推定30から40グラ ム、多くても70グラムだと思う。爆発威力は1キロトンを下回るであろう。
 その比率であれば、核分裂生成物も十分の一以下になるだろう。しかもそれ はほとんど地下に閉じ込められている。六ヶ所再処理工場の希ガスや低レベル 放射性廃棄物中にあるセシウム、ストロンチウムのほうが遙かに膨大であり、 それが漏れ出す危険性よりも北朝鮮の核実験からの放射能汚染が危険だという 証拠はない。
 ものごとは、正確に「怖がる」べきだろう。
 北朝鮮の核実験で本当に怖いのは、それに誘発されて起きる東アジアの大軍 拡競争である。その中には当然、日本の核武装も含まれるのである。


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