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●映画『四つのいのち』
人間も動植物も…地球に生きる「いのちの連鎖」の“不思議”

 ミケランジェロ・フランマルティーノ監督の『四つのいのち』は、フィクションともドキュメンタリーともつかない不思議な魅力をたたえた映画だ。「いのち」といえば、人間か動物に限定しがちだが、ここではそれ以外に植物や鉱物なども加わる。つまり登場する主要(人)物は、人間では山羊(やぎ)飼いの老人、動物では山羊と犬、植物では樅(もみ)の大木とそれを焼いて鉱物化した炭、という4種類の「いのち」を指す。この一見無関係に思える命を、映画は巡り巡るサークルのように描く。

 舞台は、長靴の形をしたイタリア先端部にあるカラブリア地方の、都市から見離されたような辺境の村。山岳地の草原には山羊の群れと見張りの犬、うずくまった老人がせき込むシーンから始まる。老人にずっとカメラが寄りそっているため、彼が主人公かと見ていると老人は間もなく死ぬ。それを知ってか知らずか、山羊たちが彼の部屋にゾロゾロ。すると画面は山羊の出産シーンに切り替わり、子山羊が戯れている生態をとらえる。

 一匹の子山羊が群れから外れて山中をさまよい、樅の木の下で眠ると、今度はそのうっそうとした大木が大写しになる。やがて大木は切り倒され、村人たちの奇妙な祭りの主役に仕立てられる。祭りが終われば、大木は無残にも炭焼き業者に買われていく――映画は脈絡もなく展開しているようで、それでいて画面にくぎ付けにされる。

 それは一般の映画のように、人間を中心にした泣き笑いのドラマではないからだ。そこでの人間は、動物や植物や鉱物と同じ存在として扱われている。人間は世界の中心ではなく、他の三つの「いのち」によって生かされている「いのち」の一つでしかない、と。そうした「四つ」の深い関わりを描いた視点が斬新だ。

 犬が飛び回る9分間のワンカットシーンなど抜群におもしろい。思わぬ事故には誰もが爆笑しよう。また、日本にはない炭焼きシーンにも目を見張った。地球は、人間だけが生きているんじゃないんだ。(木下昌明『サンデー毎日』2011年4月24日号)

★追記 この世の中を観察するのに人間よりも動物、動物よりも植物、植物よりも鉱物の観点からとらえることが大切である。『四つのいのち』はこういう見方とかよい合うものがある。
 昔、わたしは庭の植木に愛情をそそいでいた庭師が、植物の観点から世の中をみていく喜劇映画『チャンス』を高く評価したことがある。人間は、狭量な人間中心のものの見方をやめなければ人間をも滅ぼしてしまうのだ。その好例が今度の原発事故である。人間中心の「想定」とは、いかに儲けるかが基準になっていて、そこでは動物も植物も鉱物も、いかに生かすかという観点が欠落してしまっている。その結果、自然だけでなく自らも抹殺してしまう。


Created bystaff01. Created on 2011-04-15 18:56:30 / Last modified on 2011-04-15 18:59:54 Copyright: Default

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