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第9回・<緊急寄稿>2011年は中東民主化ドミノの年となるのか?

 2011年に入って早々、北アフリカ・チュニジアで23年間にわたったベンアリ独裁政権が「民衆蜂起」で崩壊したと思ったら、今度は隣の隣・エジプトでムバラク独裁打倒を訴えるデモが激しさを増している。

 市民が「打倒」の対象としているホスニ・ムバラクはエジプトがシナイ半島をイスラエルに奪われた第三次中東戦争後、空軍大将として壊滅状態となった空軍の立て直しに成功し、サダト大統領から副大統領に任命されて政治的立場を固めた。サダトはシナイ半島をイスラエルとの講和によって返還させるなど大きな政治的手腕を発揮したが、1981年、「イスラエル壊滅」を訴えるイスラム原理主義者の凶弾に倒れた。サダト暗殺直後、副大統領から大統領に昇格したムバラクは、イスラム原理主義の抑圧を口実に強権体制を敷き、あらゆる反対運動を弾圧しながら30年にわたって権力を維持してきた。首都カイロに住んでいるある日本人駐在員は、「外国人の目で見ても、(エジプト国民は)よく我慢しているなという印象を受けた」と商業メディアの取材に対して答えている。

今年、83歳となるムバラクの健康状態を巡っては、癌との噂、またドイツで胆のうの摘出手術を受けたのではないかとの噂が流れるなど、様々な憶測を呼んできた。30年というあまりにも長すぎる政権とあいまって、このところムバラクの求心力には急速に陰りが見えていた。2011年はエジプト大統領選の年でもあり、エジプト政治にとって激動の1年になることは新年早々から予測されていたが、それでも中東情勢に詳しい識者の多くはこんなに早くムバラク政権の危機が訪れるとは予想していなかった。現に、英フィナンシャル・タイムズ紙のルーラ・ハラフ記者は、「2011年、エジプトでムバラク時代は終わるか」との問いに対し「ムバラク一族の意向が通るなら、ノーだ」と答えている。

●頭をよぎった1989年の東欧ドミノ

 チュニジアで始まった「ジャスミン革命」はエジプトに影響を与え、イエメンでも民主化を求める市民のデモが始まるなど、押さえつけられていた政治的不満が新たな胎動を呼び起こしつつある。今、筆者の関心はただ1点に絞られている――2011年が1989年の再来となるのかどうかである。東欧諸国を抑圧していた「ブレジネフ・ドクトリン」が消失し、ソ連のくびきから解き放たれた市民が次々とスターリニズム独裁を覆した東欧ドミノ革命が、アラブ諸国でいよいよ再現されるのだろうか。

 それにしても、中東諸国は、こうしてコラムの題材にしているだけでもうんざりするような長期独裁政権ばかりだ。ムバラク政権30年、崩壊したベンアリ政権が23年。リビアのカダフィ政権に至っては1969年の成立から今年で42年目に突入する。あのスターリンでさえ、1922年の党書記長就任から53年の死去まで在任期間は「わずか」31年に過ぎないのだ!

 長期個人独裁でない国に目を転じても、アサド大統領が2000年に死去するまで「邪魔者は消せ」とばかりに敵対勢力の粛清を繰り返したシリア、シリアと競うように反対派の粛清が続いたサダム・フセイン政権下のイラク、選挙で国民が選んだ大統領の政策が選挙もされない「絶対不可侵」のイスラム聖職者たちによって次々に覆されていくイラン。そして、覆す以前に国会も選挙もなく、2005年にようやく「地方評議会議員の半分だけ」選挙が導入された絶対王政のサウジアラビア(そもそも、この国名自体が「サウド王家のアラブ国」という意味であり、王家による国家私物化を如実に示している)。

中東諸国の独裁がいかに異常で深刻な事態か理解できるだろう。そもそも、これだけの石油収入がありながら、国民になんの恩恵ももたらされない社会体制に対して疑問を持たない方がどうかしている。これら諸国では民衆の不満は頂点に達しており、いつ爆発するともしれない不穏な空気が漂っていたとしても不思議ではない。

●むかし衛星、今ネット

 エジプト危機の引き金を引いたチュニジアに関して、筆者は北アフリカの砂漠の国という他に、PLO(パレスチナ解放機構)の本部が置かれていたことがある国だという程度の知識しかなかった。そこで起きた民衆革命のことは「飛幡祐規 パリの窓から(14)「砂漠に種を蒔く」〜ジャスミン革命がもたらす希望」(http://www.labornetjp.org/Column/20110123pari)が詳しいので、そちらを参照いただきたいが、インターネットを通じた情報化によって人々がしなやかに結集していく様子が生き生きと描かれている。エジプトでも、反政府デモに参加している若者のひとりが「これはフェースブック革命だ」と叫んでいるのを見て、筆者は軽い衝撃を覚えた。

 フェースブックとは、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)と呼ばれる会員制ホームページサービスだ。実名で会員登録をし、プロフィールを公開して趣味や指向を同じくする同好者と交流を図る。実名で情報を発信することから、情報の信頼性は一般的に匿名性のサイトより高いといわれる。先行するSNSとしてはすでにmixi(ミクシィ)があるが、フェースブックはすでにミクシィを大きく超え、昨年までに全世界の会員数が5億人を超えた。

 チュニジアでベンアリ政権を崩壊させる市民集結のツールとしてフェースブックとツイッターは重要な役割を果たした。市民をつなげる情報ツールとしてのネットの力に驚愕したムバラク政権は、今頃になってネットと携帯電話を遮断する処置を取ったが、多数の市民が街頭に出てしまった後とあっては、もはや手遅れだろう。

 1989年の「東欧革命」では、体制変革に大きな役割を果たしたのは衛星放送だといわれた。西側諸国が衛星放送で東側に向けて番組を流し続けたことが、自由の価値を東欧の市民に認識させたというのだ。実際、東欧革命の端緒を作ったポーランド自主管理労組「連帯」のワレサ委員長(民主化後、大統領に当選)はこう語っている。「世界は衛星放送によってひとつになった。喜びも隠せないし悲しみも隠せない。兵器も隠せない。そしてもはや何も隠せない」。

 世界政治の大きな変革期には、変革を象徴する情報ツールが登場することが多い。そして、新しい情報ツールを駆使して下から広がる連帯の動きに対し、独裁者の対策は常に後手に回ることになるが、それは当然だろう。政敵や反対者を粛清し、イエスマンばかりに囲まれた「裸の王様」は批判されることがないから自分の頭で考えることもない。長期にわたってそんな状態が続けば、やがて考えること自体ができなくなり、想定外の事態が起きたとき対処できず、独裁支配は解体することになる。新たな情報ツールの出現によって民衆蜂起が引き起こされている現在の状況は、その意味でも1989年に酷似している。

●中東民主化で困るのは誰か?

 ところで、中東諸国が民主化した場合、最も困る国はどこかと尋ねられた場合、読者の皆さんはなんと答えるだろうか。筆者は「米国とイスラエル」だと答える。

 米国は第二次大戦後、あらゆる手法で中東諸国の石油を支配しようと試みた。それはあるときは成功し、ある時には失敗したが、米国を悩ませるほどの反米産油国がイランとベネズエラ程度しかない現在では、概ね成功しているといっていいだろう。

 米国から見れば、石油を支配するには親米独裁>反米独裁>親米民主主義>反米民主主義の順に都合がいい。反米独裁と親米民主主義は順序が逆ではないかといわれそうだが、反米独裁政権に対しては、米国はいつでも軍事力を行使して親米独裁に変えることができる(イラクが典型例)。政府の政策が「世論」に影響され、前の政権との間で締結された米国に有利な石油供給契約がいつ次の政権によって破棄されるかもしれない民主主義では、米国は枕を高くして寝られないのだ。特に、民主主義的に選出された政府が米国の開戦に強硬に反対する、イラク戦争当時の独仏のようなケースが米国にとって最も厄介な相手である。中東産油国の多くが独裁政権である現状では、米国は独裁者を援助で懐柔し、体制を保障しながらできるだけ有利な石油供給契約を締結さえすればよい。独裁者は長期にわたって交代しないから、この先何十年もの間、安く石油を買える契約が米国に対し保障され続ける。

 イスラエルにしても同様である。イスラエルの選挙制度は、かつて日本でも参議院の一部が採用していた全国を一選挙区とする拘束名簿式比例代表制だが、この選挙制度はパレスチナ人を国会から締め出すために最も好都合である。パレスチナ人を一定の狭い地域に押し込めて生活させているイスラエルでは、地域代表を個人名投票で選ぶ選挙区制を採用した場合、パレスチナ人の国政進出が避けられない。そこで、比例代表名簿に誰を搭載するかが各政党に委ねられている拘束名簿式比例代表制とすることで、ユダヤ人だけが比例代表名簿に載るようにしているのである。パレスチナ人には、ユダヤ人だけを候補者とする各政党のなかから自分の考えに近い政党を選ぶ自由が与えられているに過ぎない。

 もし、中東諸国で非アラブ人も含めて誰でも自由に選挙に立候補し、誰もが平等な投票権を持つ先進国並みの民主主義が確立するとしたら、それはイスラエルにも大きな影響を与えるだろう。中東諸国は自分たちの民主主義に自信を持つ。「腐敗した独裁政治に毒された2級国民はせん滅されても仕方がない」と、周辺諸国への無差別な武力攻撃を正当化してきたイスラエルの論拠は根底から崩れ去る。それどころか「非ユダヤ人を締め出し、ユダヤ人だけで民主主義だと寝言を言っているイスラエルと、奴隷が締め出され平民だけに選挙権が与えられていた古代ローマの“民主政”はどこが違うのか」と中東諸国から論争を挑まれた場合、自己改革を迫られるのはイスラエルのほうだということになる。

 筆者は、だからこそ中東民主化の最大のチャンスが巡ってきた今、一気に民主化を実現すべきだと訴える。民主化が実現すれば、米国は中東諸国から石油を買うため独裁者ではなく民衆を説得しなければならなくなる。イスラエルも自己改革を迫られる。そのことだけでも、途上国の犠牲の上に莫大な利益を上げている米国の多国籍資本に大きな打撃を与えることができる。中東和平の推進にも良い影響を与えるに違いない。

(黒鉄好・2011年1月30日)

*写真=カイロから生中継するアルジャジーラのサイト(1/30)


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