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●映画「嗚呼 満蒙開拓団」(羽田澄子監督)

なぜ農民は侵略の手先となり また見捨てられていったのか

“満州移民”の映画といえば日中戦争のさなかに作られた豊田四郎監督の「大日向村」 が有名だ。長野県の大日向村を舞台に、山間の狭い土地から広大な満州(現・中国東北 部)に分村するために大勢の村人を送り出す内容で、彼らは希望に燃えていた。それが 戦後の映画では一転し、敗戦によって逃避行を続ける移民の悲惨な姿ばかりを描くよう になった。この大きな落差はどうしたことか。移民27万人のうち4万7000人が現地で兵隊に取られ、死者・行方不明者8万数千人とされる。

 この歴史の矛盾を羽田澄子が「嗚呼 満蒙開拓団」のドキュメンタリーで掘り下げて いる。今年83歳の羽田も満州生まれで、戦後の引き揚げ者の一人。ハルビン近くの方正 県に中国人が建立した日本人移民の公墓があると知って、なぜ、日本人に痛めつけられ た中国人が日本人の墓を造ったのかと疑問に思った。

 そこで羽田は、日本人の参拝ツアーに2度加わり、かつての残留孤児たちから当時の 話を聞き、孤児を拾って育てた養父の話を聞いて、移民の逃避行の実態を浮かび上がら せていく。同時に、時の政府が「王道楽土」をうたい文句に開拓団を募り、関東軍(日 本軍)が領土拡張のためにこれを利用し、敗戦になると軍人が真っ先に逃げ、戦後の政 府も「何もしない」と追及する。放棄された大量の遺骨は「開拓民も日本軍国主義の犠 牲者」とする周恩来首相の許可で、中国人の手によって葬られた。羽田は一人一人を訪 ね歩き、そのいきさつを明らかにしていく。これがいい。

 引き揚げ者の一人が、長野の山奥にある生家を訪れるシーンも印象深い。広大な大地 の光景を見てきた観客は、くねくねした細い山道をたどっていく先の一軒家のありさま にあぜんとしよう。「だまされた」とはいえ、農民が満州にあこがれたことも、よしとはしないがわかる気がしてくる。 (木下昌明/「サンデー毎日」09年5月31日号)

 *映画「嗚呼 満蒙開拓団」は東京・神田神保町の岩波ホールで6月13日から公開、全国順次公開予定 写真(c)自由工房


Created bystaff01. Created on 2009-05-25 07:17:30 / Last modified on 2009-05-25 13:02:57 Copyright: Default

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