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死の下請機械の中の人生

[ワーカーズ]技術文化批評

キム・サンミン(文化研究者) 2018.12.26 11:53

▲故キム・ヨンギュン氏が作業現場で直接撮影したベルトコンベア[出処:青年非正規職故キム・ヨンギュン市民対策委員会]

切られた指ながめながら、焼酎一杯飲む夜
がたんとがたんと機械の音が耳元に残って空をながめた(…)
自動機械が動くこのラインあのライン 独りでいた
母さんもこの若さもベルトコンベアにのせられて行く

90年代初期依頼、再び聞いたり歌うことはないだろうと思っていた歌を最近また聞くようになった。 民衆歌謡の作詞・作曲家のキム・ホチョルの罷業歌30年を記念して彼に献呈するレコードでだ。 このレコードの製作を後援してリワードとしてCDをもらったが、 80年代から続く現場労働者闘争の情緒があっという間に音楽を通じてよみがえった。 しかしこの情緒はとても落ち着かない。 その上、このCDというものを聞ける装置を探すのも難しい程、とても時代は変わった。 「切られた指」と「ベルトコンベア」は、 4次産業革命と人工知能アルファ碁の時代には想像が難しい古い産業時代の幽霊、 あるいは遺物のように見えた。 いや聞こえた。 機械に切られた指をどこかに埋めて戻る、 暗い夜にベルトコンベアにのせられて送る若い労働者のすぼめた肩のようなイメージは、 今の21世紀とはまったく似つわしくないように見えた。

ところでその幽霊に対する記憶を皆が忘れた時、 それがどこかに消えたという考えさえ忘れた時、 それはいつもそこにあったことを、 あるいは戻ってきたことを最も残酷な方式で私たちに知らせる。 今年、忠南道の泰安火力発電所の燃料供給用ベルトコンベア事故で亡くなったキム・ヨンギュン氏も、 2016年にソウルの九宜駅のスクリーンドアにからだを挟まれて死亡したキム君も、 その幽霊の犠牲者だ。 この幽霊はただ単純な反復作業をする労働過程、 あるいは誰もしないような苦しい肉体労働を意味しない。 作業場や機械装置の作動において、 労働者に特別な危険が存在するという当然の事実を意味することでもない。 その幽霊は資本主義的な欲望と盲目的な効率性の追求が示す人間性の忘却だ。 機械作動の効率性のために人間の労働と生活の価値を全て否定する道具的な効率性の中で、 突然恐ろしく現れるある種の呪いだ。

20世紀初めにベルトコンベアが発明され、真っ先に使われ始めたのがまさに炭鉱だった。 考えてみれば鉱夫が掘った石炭を手押車に入れて狭い坑道を押して出てくるより はるかに安全で効率的な方式だったことがわかる。 掘った石炭を入れさえすれば、機械が勝手に坑道の外まで運ぶので、 鉱山労働者にとっては救世主のようなものだっただろう。 そのうちに遠からずあの有名なヘンリー・フォードが自動車組み立て工場の設備に ベルトコンベアを導入する。

今ではベルトコンベアは労働者の力を節約させる道具ではなく、 労働者に絶えず仕事を持ってくる道具になった。 休むことなく回る機械のリズムに合わせて労働者の体を動かさなければならない。 チャーリー・チャップリンは映画〈モダン タイムズ〉で、 ベルトコンベアの機械的な運動が人間の固有な動きをいかに規定し、 抱き込んで命令するかをコミカルだが悲しく見せた。 その上、機械の中に吸い込まれてその機械の餌になる場面は、 工場の機械装置と人間の交合が作り出す美的アンサンブルのために息が止まる経験さえさせた。

危険が外注化された工場と人生が下請けに出された作業場

多くの労働者が単にその機械装置に宿った幽霊のために犠牲になったのではない。 韓国社会が多くの労働者の人生を絶えず正常な生活の外に押し出して非正規化して外注化することにより、 安い命にしてしまう悪循環を容認しているためだ。 ピラミッドのように、下へと無数に増える下請の下請の過程で、 労働の価値と労働者が生きることの価値をつまらないものにしてきた資本主義の歴史的展開がある。 ますます外側に追いやって、人間の生をゴミにしてきた政治経済的制度の歴史がある。 その人間の仮面をかぶった制度の歴史はしばしば新自由主義という名前で呼ばれ、 しきりに労働者の、いや人間の生自体を不安定な領域に追いやる。

下請と外注化で安く決められた青年たちの、単純労働者たちの、移住労働者の労働は、 その幽霊に対する恐れと危険、不安にそのまま露出する。 だが誰も面倒を見ない、誰もその安全と安寧に責任を取らないその安い命は 事故がおこって災害を装った殺人の犠牲になってしまう。 非正規職だからといっても人生までが非正規でなければならない理由はない。 単に安全義務規定違反で、あるいは過失致死容疑で会社の誤りを判決し、罰を与えても問題が解決できないだろう。 人生と労働の価値はますます安く決められて、 同時に見えない危険と不安の領域に追いやられている。 社会全体の反省による制度的改善が必要だ。

炭鉱で石炭を掘って効率的に運ぶために考案されたその機械装置が、 相変らず発電所で石炭を乗せて運びながら、エネルギーを生産している。 21世紀の工場と作業場が、あるいは石炭発電所のベルトコンベアが飲み込んで乗せているのはただの化石燃料だけではない。 そこに自分の人生が外注化され下請けされた人々がいる。 危険が外注化された工場と人生が下請化された作業場を直ちに止めて、 頼むからそこに誰がいるのかを見ろ。 彼らを見守れ。 社会が彼らの人生を責任を取れ。[ワーカーズ50号]

原文(ワーカーズ/チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2018-12-29 10:36:25 / Last modified on 2018-12-29 10:47:57 Copyright: Default

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