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韓国:[イシュー] 2010年から2012年まで、民主労組運動破壊の記録 | |
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イ・チェピル前雇用労働部長官、裁判所が釈放してやった労組破壊専門家[ワーカーズ・イシュー] 2010年から2012年まで、民主労組運動破壊の記録
パク・タソル、ユン・ジヨン記者 2018.08.06 10:11
去る7月4日、裁判所は二大労総破壊工作の疑いを受けているイ・チェピル前雇用労働部長官の拘束令状を棄却した。 現段階では犯罪の疏明が不足しているという理由であった。 イ前長官は2011年に雇用労働部次官に在職していた当時、 国家情報院が第3労総の国民労働組合総連盟(国民労総)に1億ウォン台の資金支援に関与した疑いを受けた。 彼が2011年5月に雇用労働部長官に昇進したのも、国民労総結成という功労が認められたからだという話も出てきた。 検察によれば彼は次官在職時期、国家情報院に国民労総の設立と初期運営資金を要求し、 1億ウォン台の特殊活動費を受け取って国民労総に渡したという。 これにより検察は先日、定款について自宅押収捜索と召喚調査を経て、 去る2日に特定犯罪加重処罰などに関する法律違反容疑で事前拘束令状を請求した。 だがイ前長官に対する拘束令状が棄却されたことで、 裁判所が唯一、労働弾圧事件にだけは寛大なのではないかという批判があがっている。 民主労総は声明書を発表して 「イ・チェピル前長官に対する裁判所の拘束令状棄却は、 サムスン電子サービス労組瓦解疑惑について検察が請求した拘束令状13件のうち11件を棄却したことの延長」だとし 「まだ司法積弊勢力がうようよしている裁判所が資本と権力の労組破壊犯罪を露骨に庇護したのであり、 拘束令状棄却は犯罪者の証拠隠蔽を助ける決定」だと批判した。 特に労働界ではイ・チェピル長官の「国民労総支援疑惑」は、彼が行った民主労総破壊工作のきわめて一部でしかないという情緒が強い。 2011年5月から2013年3月まで彼が長官に在職していた時期は、 労組破壊が猛威を振るっていた時期だ。 果たして労働者の権益保護のためだという雇用労働部とイ・チェピル前長官は、 民主労組運動をどのように破壊して瓦解させたのだろうか。
▲2013年国会環境労働委に出席したイ・チェピル前長官[出処:キム・ヨンウク] イ・チェピル、イ・ドンゴルの雇用労働部2011年5月、イ・チェピル雇用労働部長官の内定に批判の声があがった。 彼はすでに労働界で悪名高い反労働的人物と知られていた。 彼は2002年に国際労働機構(ILO)が主催した国際討論会で 「労組の幹部が労働運動の経歴を積むために逮捕、拘束されているのが現実」だと発言して物議をかもした。 2010年の国会環境労働委員会会議では 「労働三権行使すべてを使用者が保障する必要はない」と話し、議論を呼んだ。 労働権と労働運動に対する脆弱な認識を持つ人物が雇用労働部の首長としての資格があるのかについての甲論乙駁が続いた。 特にイ前長官は2003年に雇用労働部総務課長に在職していた当時、 総務課民願室の公務員から金品を受け取った疑いにも苦しんでいた。 だが多くの批判と疑惑にもかかわらず、 彼は雇用労働部長官に任命された。 李明博政権が執権3年目をむかえた2011年5月だった。 そして2011年11月2日、国民労総が雇用労働部に設立申告書を提出し活動を本格化した。 労働界では雇用労働部が国民労総の「後見人」役をしているという疑惑が続いた。 実際に国民労総加入労組のうち一番大きかったソウル地下鉄労組は労組の規約に違反してまで民主労総からの脱退を強行し、国民労総に行った。 裁判所でも民主労総脱退は無効という判決を下した。 だが雇用労働部は担当責任解釈でソウル地下鉄労組の民主労総脱退を助け、 国民労総設立申告を受け入れた。 ソウル地下鉄労組の民主労総脱退は、李明博政権の作品だった。 最近の国家情報院内部監察の結果によれば、 李明博政権の時に国家情報院がKT労組とソウル地下鉄労組を民主労総から脱退させようとしたという情況が発見された。 国民労総は創立前から「親政権」、「親企業」を標榜して保守指向の政治色を打ち出した。 労働界は政権と資本に支えた労働組合なので、運動的な土台を成長させるのは難しいと展望した。 実際に初期の国民労総に合流すると言われていた現代重工労組など大企業労組の動きが表面化せず、組織力に困難を経験した。 労働界では2万3千人程度の微弱な規模の国民労総を「子供労総」だと皮肉った。 だが政府と労働部は腕まくりして「国民労総押し」を始めた。 政府は国民労総創立から5か月で、各種政府委員会に国民労総の席を用意した。 最低賃金委員会と勤労時間免除審議委員会に配分されていた韓国労総の労働者委員席の一部が国民労総の人物で代替された。 2012年の国政監査では、雇用労働部が国民労総に予算を与え、全方向から支援したという事実が明らかになった。 当時、韓貞愛(ハン・ジョンエ)民主党議員によれば、 雇用労働部が国民労総2012年全予算の74.7%(4億ウォン)、 政策事業費の97%(1億 2千万ウォン)が国庫から支援されたことが明らかになった。 最近、イ・チェピル前長官と共に二大労総破壊工作の容疑を受けている人物は、 イ・ドンゴル前慶南地方労働委員会(慶南地労委)委員長だ。 検察は彼がイ前長官と共に国民労総設立に関与した容疑があるとして去る6月27日に彼を召喚した。 イ・ドンゴル前委員長は韓国通信(KTの前身)労組の委員長出身で、 イ・チェピル前長官の政策補佐官を歴任した。 彼は2009年12月に江原道リゾートで開かれた国民労総推進勢力のイベントに参加し、 雇用労働部の支援と関心を積極的に要請した。 その後2010年7月〜10月まで、雇用労働部労使関係先進化実務支援団室で働き、 タイムオフの実態点検など二大労総事業場に対する広範囲な規制を加えた。 イ・ドンゴル委員長は2010年7月、民間人不法査察事件にかかわって長官政策補佐官職を辞任した。 だが彼は辞任から二か月ほどで慶南地労委委員長に任命された。 当時、彼と慶南地労委委員長席をめぐって競争した人物はキム・ジュモク労務士だ。 彼は労組破壊コンサルティング業者として知られる創造コンサルティングでシム・ジョンドゥ労務士と一緒に労組破壊を共謀した核心的な人物だ。
▲2013年国会環境労働委双竜車支部執行部[出処:キム・ヨンウク] 国民労総は氷山の一角、実体は「創造ゲート」イ・チェピル前長官に対する拘束令状が発行される一か月前の6月初め。 イ前長官は自動車部品メーカー(株)マンドを訪問した。 彼は企業労組の幹部と会社の関係者を集めて講演を開いた。(株)マンドはイ・チェピル長官在任時、 労組破壊で複数労組ができた事業場だ。 現在、企業労組が多数労組の地位にあり、金属労組マンド支部は少数労組に転落している。 イ・チェピル前長官が在任していた2012年は、労働界に悪夢の時間として記憶される。 いわゆる「労組破壊シナリオ」が水面上にあらわれた時期だ。 その年の7月。 自動車部品業者SJMとマンドに用役投入と攻撃的職場閉鎖が断行された。 そして使用者側が主導して複数労組が設立され、既存の民主労組無力化の試みが続いた。 これを始め、ボッシュ電装、コンチネンタルなどの事業場にも一連の労組破壊過程が繰り返された。 労組破壊シナリオのモデル事例は2010年のヴァレオマンドだった。 その年、KECと相信ブレーキも同じ過程をたどった。 2011年にはユソン企業がターゲットになった。 労組破壊シナリオの下絵を描いたのは労組破壊コンサルティング業者とされる創造コンサルティングだった。 そして実際労組破壊シナリオを稼動し、これを共謀したのは政府と労働部だった。 実際に2010年のヴァレオマンド職場閉鎖当時、 雇用労働部が製作して配布した会議資料が創造コンサルティングが製作した文書と同じだったことが知らされて論議がおきた。 大邱地方労働庁浦項支庁が作成した該当文書は、 会社の職場閉鎖および用役投入の正当性を裏付ける内容だった。 職場閉鎖の直後、労働部と検察などの関係機関は慶州地検で該当文書で対策会議まで開いた。 創造コンサルティングがユソン企業にコンサルティングした提案書には、 労働部と青瓦台、国家情報院などの「関連機関」とのホットライン・リストが含まれていた。 創造コンサルティングは提案書で、彼らがこうした関連機関との円滑な協力体制を強化したと明らかにした。 創造コンサルティングが公職出身の要人を迎え入れ、労働委員会とのコネクションを作る、決定に影響を及ぼす事例もあった。 創造コンサルティングのキム某専務は、2008年から1年間、地労委の審判課長として働き、その前には4年間、中労委調査官として働いた。 慶南地方労働委員会で働いたチェ某氏も創造コンサルティングに籍を移した。 シム・ジョンドゥと一緒に労組破壊に核心的な役割を果たしたキム・ジュモク創造コンサルティング専務も 中央労働委員会調査官とソウル地方労働委員会審判2課長を歴任した。 2010年1月から2012年9月まで、金属労組に所属する10か所の労組破壊事業場の事業主が創造コンサルティングに入金した金は何と57億にのぼる。 労組破壊事業場は労働部に不当労働行為で陳情をしたが、いつも黙殺されるか隠蔽された。 金属労組マンド支部の関係者は 「労組破壊工作当時、労働部が会社に対する調査を実施するべきだったが事実上、手をこまねいていた」とし 「労組が労働部に不当労働行為陳情を出してもひとつもまともに決定されなかった」と説明した。 ユソン企業労組破壊事件も2年間の時間をかけただけで、2013年はほとんどが不起訴意見で事件を検察に送検し、議論を呼んだ。 検察の不実捜査と事業主の甘やかしも「労組破壊」の犯罪解決の悪材料になった。 金属労組のチャン・ソグォン報道担当者は 「2012年、ユソン企業、ヴァレオマンド、ボッシュ電装、相信ブレーキ、コンチネンタル、SJMなどの労組破壊事業場が不当労働行為で事業主を告発したが、 翌年すべて不起訴処分になった」とし 「2014年に抗告したが、検察はこれを棄却して裁判所に裁定申請をした。 ユソンとヴァレオマンドの場合、裁判所が裁判の必要性が認められるからといって裁判が進められた」と明らかにした。 再判決でユソン企業の柳時英(ユ・シヨン)代表理事は1年2か月の懲役刑を受けた。 ヴァレオ電装のカン・ギボン代表は労組破壊から7年後の昨年、 懲役8か月を宣告されたがこれを不服として控訴した。 これ以外に相信ブレーキとボッシュ電装は罰金200〜500万ウォンの軽い処罰に終わった。 労組破壊を共謀した雇用労働部などの関連機関に対しては調査もされなかった。 青瓦台が致命打を与えた発電労組、被害復旧は皆無労働部は公企業の労組弾圧にも関与した。 2016年、大法院は発電産業労組が東西発電を相手に提起した損害賠償訴訟の上告審で、 使用者側の不当労働行為を認めた。 イ・ギルグ前社長とパク・ヒソン前労務チーム長に各々7千万ウォンと3千万ウォンの賠償判決が下された。 だが判決以後、パク・ヒソン前労務チーム長は社長職務代行を経て現在も戦略経営本部長職を維持している。 しかし青瓦台が指示し、労働部が協力して瓦解させた発電労組は、ほとんど形骸化している。 2010年に1325人だった組合員はMB政権を経て2013年3月には246人に減った。 使用者側は既存の発電労組を瓦解させる目的で御用労組設立を支援した。 だが当時は複数労組制度が施行される前だったため、 会社は企業別労組が合法労組の地位を得るのは難しいと予想した。 これにより「労働組合設立畢証早期受領」を強調して各種のロビーをすることにした。 文書によれば「労働部(江南支庁)がその気になれば『設立申告返戻無効訴訟』を大法院まで引きのばすこともある」ため、 「最大限、事前協議(ロビー)で1審以後、必ず申告畢証受領」して 「青瓦台労働秘書官を通じた圧力行使」をすることを計画した。 使用者側の予想通り、雇用労働部は労組法第7条第1項が禁じる複数労組に当たるという理由で設立申告返戻処分を下した。 だが企業労組は訴訟を行い、労働組合設立申告返戻取り消しの決定を受けて、 2011年6月使用者側と団体協約を締結した。 そして7月から複数労組法が施行され、企業労組は現場の主導権を完全に掌握した。 当時のイ・ヨンホ青瓦台雇用労働秘書官は、ヨンポラインの核心人物とされている。 イ・ギルグ東西発電社長は嶺南大出身でヨンポラインのグループと身近に接していたことが伝えられている。 イ・チェピル雇用労働部長官とは嶺南大先後輩の間柄だ。 イ前長官は労働部内部のヨンポラインの行動隊長と呼ばれた。 特に彼は「複数労組許容、専従者無賃」関連条項を作るために決定的な役割を果たし、 次官から長官に栄転した。 労組瓦解作業に成功したイ・ギルグ社長は、2012年の機関長評価でA等級を受け、 同年雇用労働部から労使文化優秀企業に選ばれた。 公企業最初無罷業宣言、無争議賃金団体協議締結などが雇用労働部から認められた功労だった。 イ・ギルグ社長は以前の社長と違い、2011年9月、連任に成功した。 連任が確定した後、不当労働行為に対する調査も龍頭蛇尾に終わった。 過度な支配介入で検察からメールサーバーを押収捜索されるという公企業初の事態も体験したが、 担当指揮検事が突然交替されて証拠不充分で無嫌疑が決定した。 去る6月には発電労組がイ・ギルグ前社長などを労働組合業務妨害の容疑で刑事告訴した事件が大法院で棄却された。 労組からの脱退を勧める不当労働行為は認められるが、 組合員の自由意志を制圧するほどの威力だったと断定することはできないという理由であった。 一方、2009年に解雇されたナム・ソンファ前発電労組霊興火力支部長は 「私のような解雇者はまだ放置されている。 労組破壊に賦役した者は清算しなければならないが、人的革新がなされていない」と批判した。[ワーカーズ45号] 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2018-08-04 09:28:19 / Last modified on 2018-08-20 10:16:57 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |