本文の先頭へ
LNJ Logo 韓国:ある平凡なAのMeToo
Home 検索
 


ある平凡なAのMeToo

[ワーカーズ・イシュー] Nice to #metoo (1)

キム・ハンジュ、パク・タソル、ユン・ジヨン記者 2018.04.02 14:42

事件概要

Aは去る2015年末、自分が所属する団体に性暴力事件を提訴した。 加害者は団体のボランティア活動家であった。 Aばかりでなく、さらに二人の被害者がいた。 団体は内規によって反性暴力対策委員会を設置した。 対策委は3人の被害者と加害者の調査を行った。 加害者は事件解決の過程で対策委要求に積極的に従うという同意書を提出した。 だが調査の翌日、加害者は突然対策委を信頼できないとして代理人を選任し、 第3の手続きを進めると立場を変えた。 一か月後には人権団体などにメールを送って被害者が性暴力を装って自分の人権を蹂躙したと主張した。 加害者が送った文書には、被害者の実名と身上情報が含まれていた。 翌年、加害者は被害者3人と共対委委員2人が自分の名誉を傷つける特殊脅迫、業務妨害をしたとし、4千万ウォンの民事訴訟を提起した。 被害者と共対委は韓国性暴力相談所の支援を受けて訴訟に対応した。 至難な法廷での争いが続いた。 そして1年8か月後。 ソウル地方裁判所は加害者の請求をすべて棄却し、原告敗訴の判決を下した。 判決以後、共対委は加害者に共対委活動復帰を要求する文書を送ったが、 加害者はこれを拒否するという立場を明らかにした。

事件の再構成1. Aの空間

団体常勤者のAは外部小サークル活動にも熱心だった。 中壮年の男性活動家二人がAに提案して作った小サークルだった。 Aは彼らの活動を尊敬した。 そして彼らが自分に小サークル活動を提案したことに有り難みを感じた。 Aは小サークルで実務を担当した。 イベント会場を交渉し、文書を整理し、イベントの時に知人に連絡した。 彼らより若いので、さらに多くの実務を引き受けることは変ではないと考えた。 Aは小サークル業務に多くのエネルギーを注ぎ、自らできることを探そうとした。 Aは彼らと会議をして、セミナーをして、後始末をした。 時々彼らは女性を指し示す時に「女」の字を付けた。 Aは彼らにそういう言葉は使わない方が良いと話した。 Aを卑下する意図ではなかったので、柔軟にやりすごせた。

ある日には、会議の場所が彼らの中の一人のオフィスホテルにした。 少し嫌な気がしたが、Aは自分の鋭敏さを恨んで不便さを消した。 彼らとは単純な男女、あるいは上下関係でない同志的関係だと考えた。

だがAがそこにさらに多く時間を投与するほど、さらに多く努めるほど、 彼らとの関係は少しずつよじれていった。 時々Aは彼らとぶつかった。 彼らは時には共同決定事項をAと相談せずに履行しないこともあった。 Aは日常的な問題提起が彼らによく効かないと考えた。 実務の業務が積もるほど、感情もまた少しずつ積もった。 人に恥をかかせる彼らの語り口も不愉快なものになり始めた。 今は彼らが生きていた80年代ではなかった。 冷たく、直接的で、相手を押すような彼らの語り口からは、 決起よりは無礼を感じた。 こうした方式では一緒にやるのは難しいと問題提起をすると、 「では、やるな」という軽い回答が戻ってきた。 Aはときおり眠る前、みぞおちから上がってくる熱い火を飲み込んだ。

その時、Aが働いている団体に加害者がボランティア活動家として参加するようになった。 加害者はAが団体で担当する分野を研究する研究者であった。 加害者の研究領域は小サークル活動分野とも似ていた。 Aは自分が活動している小サークルに加害者を招いた。 さほど経過せず、加害者は二人の男性活動家を「兄貴」と呼んで、気兼ねなくつきあった。 かなり昔からの知り合いのようにつきあう彼らを見ながら、 男性的組織文化の遠さをぼんやりと感じた。

事件の再構成 2.タイミングは存在しない

最初の被害が発生した時は2014年夏。 加害者が小サークル活動に参加してから3か月経った後であった。 被害場所は小サークルの討論会の打ち上げだった。 当時、Aは加害者の隣の席に座っていた。 人々と話している途中、加害者がAの太ももをぴしゃりと叩いてなで下ろした。 背筋が寒くなった。 突然の接触以後、重たい不快感が全身をぐるぐる取り巻いた。 Aは瞬間、いろいろと考えた。 私に呼応を望んでした行動であろうか。 だが明らかに他人が話しているところだったのに。 では大きなリアクションが必要な状況であったか。 そんな雰囲気でもなかったが。 Aは悩むだけで、加害者に問題提起するタイミングをのがしてしまった。 もしタイミングが合ったとしても、問題提起をしたという自信はなかった。 酒の席は雰囲気が重要だから。 ただ、そんなこともあるだろうと思えばやり過ごせる問題だから。 Aは今回も自分の鋭敏さを恨みながら、不快感を消そうと努めた。

二番目の被害はそれから1か月後に行われた。 今回も討論会の打ち上げだった。 席が終わった後にAと加害者が同時に椅子から立ち上がった。 その時、加害者のからだがA側に向かい、彼の右手が上がってAの胸を打った。 今回も刹那だったが、薄いTシャツの上から手の触感がそのまま伝わった。 驚いたAのからだが縮んだ。 加害者は平然とカバンを持って席を立った。 Aは今回も一人で考えなければならなかった。 やむを得ず手が触ったのだろうか。 だが彼と密着して座っていたわけでもなかったのに。 果たしてミスだったのだろうか、でなければ意図したことだろうか。 なぜ度々彼の行動が不自然に感じられるのか。 ミスなら、なぜ彼は自身に謝罪しないだろうか。 一瞬の後、再び混乱だけ残った。

Aは今回もタイミングをのがした。 いや、あるいはタイミングというものは存在しないのかも知れない。 彼の手が胸にさわった瞬間「不快です。謝罪してください」と話せる人がどれほどいるか。 家に帰る彼を追いかけて 「さっきあなたが私の胸を打ちました。謝罪してください」と断固として話せる人はまたどれほどいるだろうか。 偶然が繰り返されれば必然だという。 Aはこれまでの時間を探った。 考えてみれば、加害者はたびたびAの意思とは関係ない接触をしていた。 イベントの後に別れる時、彼はあえてAの手を一方的に捉えて握手をした。 酒でも茶を飲みに行こうと、話をさせることもした。 では加害者は今まで他の男性にも似た行動をしてきたか。 少なくともAの記憶には残っていなかった。

事件の再構成 3.私が知らない階層

Aは人関係でのストレスが一番大変だった。 Aは男女をはじめとする多くの関係の中で発生する権威に敏感だった。 何もないかのように、気さくなようにしてみても、 結局傷が積もって怒りになって出てきたりした。 加害者との日も、自分の鋭敏さが問題ではないのか、 なぜ当時、問題提起できなかったのか、 それでも不快なことは、なぜ大きくなるばかりなのかと心痛をした。

そんなある日、Aは友人Bに加害者との事を打ち明けた。 Bの口から思いがけない話が出てきた。 加害者と活動の動線が重なるBも似た経験があったという。 9月2日頃の討論会の打ち上げで、加害者がBの股を二度さわった不快な記憶があるということだった。 Bも女性だった。 Aはその時に始めて自分が特別におかしくないことを悟った。 変な側は、むしろ加害者だということも。 Aは加害者と距離をおかなければならないと考えた。

一か月ほど後。 加害者はAが働く団体が主催する討論会の発表者として出た。 Aは加害者の問題提起の内容が非常に不足だと考えた。 高学歴研究者の彼は、それでもさまざまな討論と研究をする場所であった。 打ち上げでAは加害者に強く問題提起をした。 問題提起というよりは怒りに近かった。 悪い手癖を持つ男性で高学歴研究者。 Aは自分の怒りがどこに向かうのかわからなかった。 それでただ加害者の不足な提案発表文に食い下がった。 Aが席を離れた後、小サークルメンバーの男性活動家は 「Aは加害者が好きなのではないか」と笑った。

Aはしばらくして、小サークルから脱退した。 もちろん契機はあった。 ある週末、小サークルの団体対話室で彼らの一人がAに業務を指示した。 外国でからお客さんがきたが、明日ワークショップの場を作ろうと思うので、 場所の交渉と連絡業務を引き受けてくれということだった。 Aは自分がなぜ上意下達の方式で業務に動員されなければならないのかわからないと問題提起した。 だがすぐ加害者にも他の業務指示があった。 Aはこうした方式の業務配分に同意しなかった。 これ以上、彼らとの関係は耐えられないと考えた。 Aは業務のコミュニケーション方式に抗議して、結局対話室を出た。 この事件はその後「Aが加害者が好きだったのではないのか」という、 もうひとつの黒色宣伝で潤色された。

事件の再構成 4.問題は鋭敏さでない

Aは加害者との問題をすぐに口に出すことができなかった。 最大の理由はAと懇意な友人が加害者と恋人関係に発展したからだった。 そんなある日、友人は加害者と一緒に会った席でAに驚くべき話をした。 「加害者が自分の友人に触った事実がある」というのだった。 友人は加害者に二度とそんなことが無いようにしろと繰り返し警告した。 加害者の手癖は思ったより深刻かもしれなかった。 同時にAは自分の鋭敏さが問題ではないと確信した。 被害事実を胸の中に閉じ込めておきながら、自ら叱責して加害者を恨む時間も終わらせたかった。 Aは勇気を出して、話を切り出すことにした。 自らが恥かしくないように遠回しに言って。 「あなたが私の胸と太ももに触った」ではなく、 「あなたが内からだに一方的に触ったことがあるので、二度と私のからだに手をつけないでくれ」と。 加害者は思い出せないといった。 続いて「自分の行動で不快だったとすれば、謝罪をするのが正しい」とし、 謝罪すると話した。 迅速で機械的な謝罪であった。 Aは分かったといった。 どうであれ、謝罪をしたのだからそれでいいと考えた。

だがそれから2か月後、再び似たようなことが繰り返された。 セミナーの打ち上げで、加害者は皿を移すAの手首をつかんで「重い」と言ってもう一方の手で皿を奪った。 Aは精神が混乱した。 この前「自分のからだに手をつけるな」と警告したのに、あえて手首をつかむ加害者の行動が分からなかった。 勇気を出した問題提起がただの軽いハプニングに置き換えられたことだけのようだった。 加害者の行動が普通ではなく、直らないだろうという不吉な予感も聞いた。 再び重く不快な日常が続いた。 記憶はいきなり浮び上がった。

そしてしばらくして、友人が加害者との結婚を準備しているという消息を聞いた。 Aは悩んだ末に友人に今までの事を打ち明けた方が良いと心を決めた。 Aは友人に加害者が自分の太ももと胸に一方的に触り、警告した後も身体接触があったという事実を告白した。 友人は意外に淡々としていた。 彼はAに「加害者は被害者の苦痛を知るのが難しいから、 直接加害者に話して気付かせるべきだ」と助言した。 友人の助言のとおり加害者に電話をかけた。 加害者はまた思い出せないといった。 前に警告しなかったかと聞くと「ああ、その時に謝罪したではないですか」と癇癪を起こした。 それと共に記憶はないが謝罪をするといった。 加害者の声は冷たかった。 Aが心苦しくなる程。

その日の夜、友人がAに話した。 「彼が小サークルの人から君が私の彼氏を好きなようだという話を聞いたそうだ」と。 小サークルの人々が笑っていた話は思ったより巧妙になっていた。 被害者は息が詰まった。 被害はそのままに受け入れられないまま、おかしな形に歪曲されていた。

事件の再構成 5.どんなバックラッシュがあっても性暴力は性暴力

2015年末。 Aは加害者を性暴力事件で提訴した。

被害を体験して約1年ほどだった。 提訴の決定的契機は侮蔑感だった。 提訴の一日前、加害者の恋人はSNS掲示物に加害者とAにタグをつけた。 その時、Aは初めて侮蔑感という単語を思い出した。 Aが苦痛と自責の中で過ごした時間が、恥かしかった記憶が、 彼らにはこれほど軽いんだなという。 被害の叫びが彼らには全く現実的に届いていないという事実まで。 Aはあるフェミニストの活動家に自分が体験したことが性暴力かどうかと諮問を求めた。 彼は性暴力だとし、慰労した。

Aが属する団体は対策委を設けた。 AとB、しかも他の被害者Cまで3人の被害者が集まった。 対策委は被害者と加害者を相手に調査を行った。 加害者は面談調査で、対策委の要求に積極的に従うことと、 被害者と対策委の構成員に精神的、物理的苦痛を引き起こさないという約束と署名をした。 だが翌日、加害者は突然立場を変えて、対策委は認められないという意思を通知した。 そして一か月ほど後、人権団体などの第3機関と周辺の人たちに自分の人権が蹂躙されたとし、事件に介入してほしいという文を配布した。 加害者はこの文で被害者の実名と私生活を暴露して人身攻撃をした。 対策委の構成員を人身攻撃する内容も多数のせられた。

その時、対策委は外部団体まで参加を拡大し、共同対策委に組織を再編した。 対策委は被害が発生した所だとし、加害者と被害者の双方が属していた小サークルにも参加要請書を送った。 だがAと初めて小サークルを作った二人の男性活動家はこれを拒否した。 彼らはAに「Aが拠論する発言は歪曲されていて、 こうした真実ゲームは全く興味がないので拠論するな。 小サークルの基本立場は議論禁止、厳正中立」と釘をさした。

そして2016年3月。 加害者は3人の被害者と2人の共対委委員に対して3千万ウォン相当の民事訴訟を提起した。 自分の名誉を傷つけたという理由であった。 翌年7月には特殊脅迫と業務妨害を追加し、 訴訟費用を総4千万ウォンに上げた。 加害者の妻になったAの友人が彼の代理人に名前を連ねた。

事件の再構成 6.#MeTooで私の声を聞く

加害者が人権団体に配布した文と裁判所に提出した訴状の内容は類似していた。 ほとんどが被害者に対する人身攻撃と私生活の暴露が中心だった。 加害者はAが自分が好きだという話を聞いて怒り、私的な感情で加害者の人格を攻撃し、 婚姻を破綻させるために事件を提訴したと主張した。 Aが自分がプレゼントした本を常にそばに置いていたし、 自分を何度も家に招いたし、 小サークル活動家の間で「Aは加害者が好きなのではないか」という話があったとも主張した。 確認されない歪曲された話が集まり、痴情劇になった。 小サークルでAが行った問題提起は「情緒が不安定な人」の極端な行動に置き換えられた。 加害者は主張した。 Aとの権力関係が全くないという点を考慮すると、意図的な性暴力ではなく偶然な身体接触だと。 Aが加害者に遠回しに話した不快さの抗議は、性暴力に対する問題提起とは見られないと。

あるいはAはぼんやりと予想していたのかもしれない。 加害者が加害の事実を否定することもあるということを。 だがこうした強度の人身攻撃と歪曲が続くとは思わなかった。 Aが事件を提訴するにあたり、一番恐れていたのは提訴の動機を理解されず 「変な女」と烙印を押されることだった。 当然、被害者が言い募る特に鋭敏で変な人、不純な目論見を隠している人、 精神的に問題がある人というイメージ。 Aが一番苦しかった時期、加害者の恋人になった友人と会った。 それで彼女と相談した悩みと日常が彼らに暴露の武器として活用されるという事実が最も恐ろしかった。

加害者は裁判所に多くの準備書面を提出した。 そのたびにAも反論資料を準備しなければならなかった。 被害者の歪曲された主張を毎回読まなければならないのは苦役だった。 被害者と共対委の構成員に対する人身攻撃で埋め尽くされた準備書面を読むたびに、 Aは血が逆流した。

それでもAは自分もしっかりした武器を持っていると考えた。 Aが助言を求めたフェミニズム活動家は彼女の代理人になっていた。 Aが属する団体も事件解決のために力を注いだ。 韓国性暴力相談所は独自の議論を経て、共対委に弁護士を支援した。 内部規定により、共対委に直接的に参加できない女性団体や人権団体は、 共対委活動の外部支援と連帯を約束した。 加害者によるもうひとつの被害事例も受付られた。 二人の女性活動家が共対委に参考人陳述書を提出した。 彼女らも事件を提訴した被害者と類似の被害を受けたと証言した。

共対委は裁判所で、団体規約により反性暴力対策委を構成した点、 被害者が対策委の調査で被害事実を話した点、 これは加害者と被害者が属している社会団体全体の公共の利益のための行為だという点を強調した。 また一般人が性的羞恥心を感じる部位を触るという醜行行為があって、 被害者が性的羞恥心を感じたとすれば加害者の意図を問わず、 強制醜行が成立するという点も強調した。

1年8か月間の困難な法的な争い続いた。 そして昨年11月、ソウル中央地方法院は、 加害者が請求した名誉毀損と脅迫、業務妨害は認めるのが難しく、 認める証拠がないとし、これをすべて棄却した。

Aは相変らず1年8か月の時間を反芻する。 自分の方向が正しいのか、その過程は避けられなかったのか。 十分に噛み締めて顧みる。 いくら考えても避けられなかったという結論に至る。 Aが望んだのは、ただ加害者が自分の態度に問題があることをはっきり認識することだった。 個人的な解決は難しいので公式な問題解決の過程を踏もうということだった。 誤った行動を認知して、謝罪する過程がこれほどつらいとは思わなかった。 Aが経てきた道は、思ったよりはるかに険しく疲れるものだった。 だがその道には思ったより多くの支持と連帯が一緒だった。 最近、MeToo運動が始まった。 Aは被害者から自分の声を聞く。 そしてその声がさらに多くの人々から流れ出ることを待つ。 特に有名でも、そして変でもない平凡な私たちのMeTooがさらに多く集まることを。 われわれはまだ語り切れない話があまりにも多く、 共に話をする人々もあまりにも多い。〈ワーカーズ41号〉

この記事は実際の事件に基づいて脚色した文です。

原文(ワーカーズ/チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2018-04-28 00:12:52 / Last modified on 2018-04-28 00:12:57 Copyright: Default

関連記事キーワード



世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ
このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について