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韓国:サムスンソウル病院はなぜ成均館大付属病院ではないのか | |
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サムスンソウル病院はなぜ成均館大付属病院ではないのか[ワーカーズ8号 イシュー]医療営利化と大学付属病院
ソン・ジフン記者 2016.05.06 13:38
成均館大は、サムスンが所有する大学だという後光で、1990年代後半から教則な成長を見せてきた。 特にその中心には医科大学があった。 サムスンが成均館大の運営に参加して莫大な投資をした理由が医科大学の養成だったという事実は、 サムスンの成均館大の運営への参加が決定した時点から公然と知らされていた。 国内「ビッグ5」と言われるサムスンソウル病院を教育機関とする成均館大医科大学は受験生から人気を得た。 サムスンは成均館大医大出身の優秀な人員をサムスン病院に使用する基盤を用意した。 同時に医療業界の後発走者だという弱点を医科大学教授職という魅力で補完した。 カルテルが広がる医学界で、教授職責の保障は病院の地位を評価する時、小さからぬ上昇要因だ。 しかし成均館医大が設立された1997年から2010年まで、成均館大には付属病院がなかった。 「ビッグ5」の総合病院というソウル江南のサムスンソウル病院は、今も成均館大の「協力病院」でしかなく、 実所有はサムスングループの後継者、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長が理事長をしている「サムスン生命公益財団」だ。 医科大学を設立するためには「基準を満たす付属病院を直接持っているか、その基準を満たす病院に委託して教育に支障がないよう実習させる」(大学設立運営規定4条3項)と規定する。 成均館大も、医大設立の認可を受ける時に、サムスンソウル病院を付属病院とするという付帯条件をつけた。 しかし10年経っても成均館大は付属病院を指定せず、新しく建設する計画も見せないため、 教育部は2007年末、成均館医大の定員を削減すると明らかにした。 成均館大は2010年、一足遅くあわてて付属病院を指定した。 サムスン病院の地方ブランチ病院である慶南道昌原のサムスン昌原病院だ。 サムスン昌原病院は、サムスンソウル病院の3分の1の規模にあたる700病床規模の2次医療機関で、上級総合病院ではない。 サムスンと成均館大サムスンが成均館大の運営に参加したのは1996年だ。 成均館大を運営していたポンミョン財団が親会社k不渡りで財団to撤収した後だ。 官選理事が入った成均館大は、サムスン側に財団に参加するよう強く要請した。 サムスン側としても、成均館大と関係を結ぶのは悪くなかった。 サムスンは1990年代初期に江南と江北にサムスン病院を開院し、本格的に医療事業に飛び込んだ。 その後、忠南道儒城に医大を作る計画を教育部に提出した。 医大の設立で病院の地位を高め、医師の受給を円滑にするためであった。 しかし教育部は大学ではない私企業の医大新設に否定的で、不許可と決定した。 自主的に医大を設立することが難しくなったサムスンは、医大設立認可を目的として成均館大財団への参加を選択した。 1996年12月、成均館大のチョン・ボムジン総長は、教育部からサムスン病院を教育病院とする医大設立認可を受ける。 そのため当時の李仁済(イ・インジェ)京畿道知事が政府に推薦書を出し、全国の儒学者たちも嘆願書を提出する方式で動員された。 刻苦の努力の末に成均館医大の設立が認可された日、サムスンは成均館大財団に参加する意思を公式に発表した。 しかしサムスンの成均館大の経営参加は世間に知られたようには電撃的になされなかった。 サムスンは別途の財団を設立したり学校法人を買収する形態ではなく、数人のサムスンの人物が法人理事会に参加する形態で学校運営に関与し始めた。 「学校法人成均館大」はそのまま維持された。 しかし成均館大法人理事会には、サムソン系列社の現職社長とサムスン電子の現職役員が入ってきた。 法人事務局の責任を持つ常任理事は、サムスン電子専務で、事務局職員もサムスン電子常務だ。 会社次元でサムスンが学校の運営に直接的な責任を負わないものの、実質的な主導権は捉えているわけだ。 部属病院だけは避けろ成均館大は、サムスン医療院の1か所を成均館医大の付属病院に転換するという条件で医大設立許可を受けたが、 成均館大には2010年まで付属病院がなかった。 サムスンソウル病院の付属病院指定どころか、新しい付属病院の建設も議論されなかった。 サムスンソウル病院は、成均館医大の協力病院という緩い関係で、成均館医大の学生の教育を担当した。 他大学出身でサムスンソウル病院に採用された医者には成均館大の「臨床教員」という名前で教授職責を付与した。 結局、教育部は2007年、設立条件を履行しなければ毎年定員を10%ずつ削減して、2010年までに履行しなければ閉科するという脅しをかけた。 しかも2007年には監査院の調査でサムスンソウル病院は、協力病院の医師は医大教員を兼職できないという法に違反しているという事実がわかった。 不法地位の教員に私学年金、退職手当て、健康保険料などの国庫補助金が流入していたという点も摘発された。 監査院と教育部は、これまでサムスンが不当に取得した国庫補助金を還収しろと指示した。 成均館医大の設立許可が取り消され、数百億ウォンの金も支払うことになったサムスンとしては、協力病院を付属病院に転換せざるをえない瞬間だった。 サムスンソウル病院や江北サムスン病院を付属病院に転換すれば、医大設立認可問題はもちろん、 教員兼職問題、国庫補助金不当取得問題も一気に解決することができた。 しかしサムスンと成均館大の選択は違っていた。 サムスンは2010年、昌原のサムスン昌原病院を無償で成均館大法人に譲渡する。 同時に200床規模の小さな地域病院だったサムスン昌原病院に、追加で318床を追加で拡張した。 医大設立認可基準が500床の付属病院だからだ。 サムスンは付属病院を昌原に作ったが、相変らず成均館医大生はサムスンソウル病院で教育を受けている。 現在、成均館医大に在学しているある医大生は 「とても短い時間昌原に行くだけで、4年間ずっと実習はサムスンソウル病院で受ける」と述べた。 サムスンは成均館大に無償で病院を譲渡して、追加で金を投入して病院を増築し、付属病院の地位を得たものの、まさに付属病院の役割は果たせない。 サムスンの関係者は、サムスン昌原病院が付属病院の役割を果たせないという指摘に 「2013年から大々的な設備投資をしていて、近い将来、昌原病院も3次医療機関になるだろう」と答えた。 水原にある成均館医大学生の教育機関として昌原の病院は不適切ではないかという質問には 「蔚山大をはじめとする他の医大の学生も、協力病院のうち最大の病院で実習する」とし 「重要なことは、付属病院がどこにあるかではなく、どの病院がより良い教育を受けられるかだ」と話した。 教員兼職問題は、教科部が適当に解決してくれた。 協力病院の医師が医大教員を兼職するのは不法なので、不当に取得した国庫補助金を払えと言った教科部は、 2011年に突然立場を変えて私立医大の教員が協力病院で兼職できるようにする内容の私立学校法改正案を国会に提出した。 市民団体はもちろん、監査院さえ教科部の態度の変化を批判した。 全国保健医療産業労組も「金儲けに血眼になっている協力病院が、教育病院としての役割を遂行するつもりなら、付属病院に転換しなければならない」と指摘した。 しかし、これに対する教科部の回答は 「世界的な流れと国公立医大との公平性を合わせるための決定」というサムスンの主張と正確に一致していた。 李在鎔のサムスン、医療営利化に備えよサムスンが無理をしながらも当初の約束を守らず、協力病院の地位を維持するために努力するのは一般的ではない。 保健医療団体連合のウ・ソッキュン政策委員長は 「普通は付属病院の地位を得るために努力するが、どうにかして付属病院を避けようとするサムスンの態度は常識的ではない」と評した。 しかもサムスン医療院はやっと1990年代に出発した後発走者だ。 ウ・ソッキュン政策委員長は、サムスン医療院の地位について 「規模の面では順位を争うが、まだソウル大病院や牙山病院と比べて病院として不足しているのは事実」だと説明した。 学閥カルテルが広がる医師の社会で安定した教授職位保障が可能な付属病院を敬遠する理由はないという指摘だ。 ではなぜサムスンは付属病院を敬遠するのか? 付属病院は大学に所属する機関を意味する。 付属病院の会計も、学校の校費会計に従属する。 学校法人に所属する教育機関なので、医大、看護大生の教育課の教授の研究、専門医の修練を目的とする。 しかし協力病院は、根本的に大学と緩い関係を維持する。 大学が教育のために外部病院と協力協約を結べば、その外部病院を教育協力病院、協力病院と呼ぶ。 サムスンソウル病院は、成均館大の協力病院で、仁川のキル病院、ソウル牙山病院なども付属病院ではなく協力病院だ。 協力病院は大学機関ではないので協力協約が終われば大学とは完全に「他人同士」になる。 教育機関でなく、病院本来の業務に戻るのだ。 サムスンの「常識的ではない態度」はここに起因すると見られる。 大学講師教員支援回復と大学教育正常化闘争本部は、 サムスンと成均館大をはじめ、現代と蔚山大など、財閥所有の医大協力病院が付属病院への転換を避ける理由を 「付属病院になれば、医療営利化が認められた後に営利病院に転換できないから」だと主張する。 付属病院は大学法人に所属する機関なので、今後、営利病院の設立が認められても営利病院への転換はできないが、 大学法人と直接関係がない協力病院は営利病院への転換ができるという主張だ。 実際にサムスンは、医療営利化に備えるために相当な力量を注いでおり、こうした主張に信憑性を加える。 現在は医療法上、すべての病院が営利を目的とすることはできないが、 本格的に医療営利化が施行されればほとんどすべての医療行為が行われる病院、 特に営利目的の病院は医療産業から発生する収益モデルの総体になる。 サムスンが各方面で推進しているHT(Health Technology)産業は、病気の治療という狭義の医療を健康管理という広義の概念に変えることを核心とする。 これに伴い、医療は遠隔医療と保険、ケア、療養、予防医学、食生活、社会的な病気にまで範囲を広げることになる。 こうした広義の医療行為が行われる病院は、今の入院と治療、手術などの収入の他に莫大な収益創出が可能な「大儲」だ。 サムスン経済研究所が2010年に出した「保健医療産業先進化方案研究報告書」は、 「国内の医療サービス市場は病院中心の大型化方向で構造が変化」していて、 「大型病院を育成したり特定の治療と診断領域に特化された病院を支援し、病院経営の成果を向上」するべきだと明示した。 医療営利化が実現すれば、大型化された病院を中心として遠隔医療と新薬の製造と販売、臨床試験、先端医療機器の使用と販売すべてができるようになる。 この報告書の「HT産業領域区分表」でも、HT産業が病院を中心とする医療サービスを強調していることがあらわれる。 医療情報システム事業と医療保険はもちろん、農食品や医療機器、医療用品も医療サービス産業を通じて消費者に渡る。 2012年に医療機器事業部署を新設してHT分野に本格的に進出したサムスンは、 グループ次元で5大「新樹種事業」の一つとして、HT分野のバイオ製薬と医療機器に約3兆3000億ウォンを投資している。 李在鎔体制で再編されたサムスンが新樹種主力事業のHT産業で莫大な収益をあげるには、 営利病院、特に国内で一番多くの患者が押しかける大型営利病院がぜひ必要だ。 匿名のサムスン関係者は「医療営利化に備えるために、サムスンソウル病院を協力病院として維持するということは憶測」だが 「サムスンがHT分野に総力を傾けていて、さらに広範囲かつ多様な事業を準備していることは事実」と明らかにした。 サムスンはグループ内で「解決者」と呼ばれるサムスンSDSのチョン・ドンス社長をサムスン電子医療事業部長に任命するなど、企業内部の力量を医療事業に集中している。 サムスンの実弾ポケットサムスンの立場としては、資産規模が1兆に達するサムスンソウル病院を渡すことは気に入らないことだろう。 サムスンは付属病院を設立するために、成均館医大にサムスン昌原病院を無償で譲渡した。 サムスンソウル病院を付属病院にすれば、年間売上が1兆を超え、純資産も1兆に達する病院を放棄することになるだろう。 しかもサムスンが相当影響してはいるが、比較的緩い支配構造の成均館大法人に比べ、 李在鎔副会長が理事長であるサムスン生命公益財団の所有としてサムスン病院を置いておくほうが時々刻々変わる情勢に迅速に対応しやすい。 サムスンソウル病院を所有するサムスン生命公益財団が、サムスングループの経営権継承の過程で重要な役割を担当していることも、 サムスンがサムスンソウル病院を簡単に手放せない理由と見られる。 サムスン生命公益財団は、後継者の李在鎔サムスン電子副会長の「実弾ポケット」だ。 公益財団は系列会社の株式の5%までを相続贈与税が免除され、誠実公益財団として指定されれば10%まで免除される。 サムスンはこうした点を利用して、以前、李秉��(イビョンチョル)会長から李健煕(イ・ゴニ)会長へと経営権を渡す過程でサムスン文化財団などの公益財団を相続税回避の手段として活用した。 李在鎔副会長も、父親が使った方法をそのまま使った。 サムスン生命公益財団は、李健煕サムスン電子会長の妹婿である李ジョンギ前サムスン火災会長が持つサムスン生命の全株式にあたる936万株、持分の4.7%を寄付された。 「李会長の借名株式」疑惑まであったこの株式のうち、500万株が2014年6月に売却されて5000億ウォンになり、この金はサムスングループ支配構造の頂点であるサムスン物産の持分を買いとるために使われた。 李健煕会長が倒れてから2年経っても継承問題で頭を痛めている李在鎔副会長としては、いつでも実弾ポケットになってくれるサムスン生命公益財団の資産規模の縮小がうれしいはずがない。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2016-05-11 02:57:32 / Last modified on 2016-05-11 02:57:33 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |