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韓国:8・15 75周年、完全な光復はこなかった | |
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8・15 75周年、完全な光復はこなかった[朝鮮半島縄跳び]暗い歴史の痕跡を消す者は誰か
チャン・ヒェギョン(社会変革労働者党政策委員長) 2020.08.22 08:54
歴史は痕跡を残す。 それが肯定的であれ否定的であれ、同じことだ。 今から75年前の8.15光復とその後に展開した歴史も同じ格好だ。 清算されない親日の歴史は、 最近ペク・ソンヨプの顕忠園埋葬とキム・ウォヌン光復会長の光復節の祝辞をめぐる議論を通じ、 過去ではなく「今」の問題として召喚された。 また8.15解放以後に分断、朝鮮戦争へとつながった歴史は、 「53体制」という53年停戦(協定)体制の中で南北、 そして米朝の対立につながっている。 ![]() 日本戦犯企業の強制徴用賠償判決不履行、進行中の日韓対立韓日関係も同じだ。 昨年噴出した韓日対立は、相変らず解決されていない。 日本の経済報復は撤回されず、日本戦犯企業の強制徴用賠償の履行はまだなされていない。 強制徴用戦犯企業である新日鉄住金(現日本製鉄)が強制徴用賠償者に対する賠償を履行せず、 韓国大法院は今年の6月に新日鉄住金の韓国財産差し押さえの実行に対する公示送達を決定した。 すると新日鉄住金は抗告状を提出して粘っている。 日本の安倍総理は8月15日の終戦記念日(日本が呼ぶ名前)に 日帝侵略の象徴であり太平洋戦争のA級戦犯が合祀された靖国神社に供物を捧げ、 安部政権の閣僚は靖国神社に参拝した。 日本と韓国(朴正煕(パク・チョンヒ)政権)が締結した1965年の韓日協定が 日本の植民地支配に対する免罪符を与えた結果だ。 1965年の韓日協定締結によるいわゆる「65体制」は、「53体制」とともに 1946年の解放以後、朝鮮半島-東北アジアの秩序を形成する基本構造になり、 これは2020年の今も朝鮮半島に大きな影響力を行使している。 したがって、8.15光復75周年を迎えた今、 解放後の韓日関係、進んで韓米日関係を決めた「65体制」が何なのかを再確認する必要がある。 65体制形成の基礎、韓日協定65体制は1965年に韓国と日本政府間で結ばれた韓日協定から生じた。 韓日協定を通して韓国と日本は国交正常化を実現したが、 問題は韓日協定が日本の朝鮮に対する植民支配を明らかに認めなかった点だ。 韓日協定第2条は 「1910年8月22日およびそれ以前に大韓帝国と日本帝国間で締結されたすべての条約および協定は『すでに』無効であることを確認する」としたが、 「どの時点での無効か」という問題をめぐる韓日間の立場の違いを狭められなかった。 韓国政府が「すでに」を1910年8月22日の韓日併合条約以前と解釈して併合は不法だと主張したが、 日本政府は「すでに」の起点を1948年8月15日の大韓民国政府樹立と解釈して併合を合法だと主張した。 解放後、韓日両国は韓日国交正常化のために1952年から何回かにわたり会談を行ったが、 争点を狭められず1965年まで国交正常化を果たせない状態だった。 両国間の最大の争点はまさに「日本の朝鮮併合が合法か不法か」という問題だった。 韓日協定は第2条の文言について、 韓日政府が自分たちに各々有利に解釈できる余地を残すことにより、 韓日間の最大の争点を縫合し、国交正常化の障害を除去した。 言いかえれば、韓国は日本の植民支配に対する謝罪と認定を受け取らないまま、 韓日国交正常化に合意した。 韓日協定の付属条約である韓日請求権協定(韓日財産および請求権解決と経済協力に関する協定)も同じだ。 「日本は韓国に対して朝鮮に投資した資本と日本人の個別の財産を放棄して、 3億ドルの無償資金と2億ドルの借款を支援」とすると合意したが、 無償支援3億ドルは植民支配に対する賠償の性格を持たなかった。 その結果、日本政府は韓国に提供した資金が独立祝い金、 経済協力資金という論理を取り続けている。 「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、 権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が(…) 完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」という文句も問題だ。 これは請求権問題に対する完全かつ最終的な解決に釘をさし、 強制徴兵・徴用および慰安婦被害者などの個人請求権を封鎖する 日本政府側の主張を裏付ける基盤になった。 結局、韓日協定はきちんと日帝植民支配に対する謝罪と認定を受けられないまま締結されたことで、 韓日対立の根元になった。 韓日協定の根元、51年サンフランシスコ講和条約しかしここにはさらに深い根元がある。 1965年の韓日請求権協定は、1951年9月8日、 日本とアメリカをはじめとする連合国が締結した 「サンフランシスコ講和条約(第二回世界大戦の終了のために連合国と日本が結んだ平和条約)」に根元をおいている。 サンフランシスコ講和条約の特徴は、米国の主導下に 「日本に対して太平洋戦争に対する責任だけを問い、 植民支配に対しては免罪符を与えた点」だ。 つまり、条約は 「日本が戦争中に日本により発生した被害と苦痛に対して連合国に賠償をすべきだ」 と規定したが、賠償を要求できる国家の範囲を第2次大戦中に日本が侵略した国に制限した。 また、朝鮮(韓国)は日本に合法的に併合されたので 韓国を講話会談の調印国に参加させてはいけないという日本側の主張を米国が受け入れ、 韓国は対日戦戦勝国の地位を持てず、講話会談の調印国として参加できなかった。 結局、韓国はサンフランシスコ講和条約で日本の植民支配に対する責任と補償を要求する権利を剥奪された。 日本の植民支配に対する賠償問題も請求権問題 (二国が分離することによって生まれた『財政的、民事的債務-債権関係』) に転換された。 米国が主導したサンフランシスコ講和条約が1965年の韓日協定の基本の枠組みを規定したわけだ。 1951年に米国が日本の植民支配に免罪符を与えたのはなぜだろうか? 1949年の中華人民共和国の誕生と、1950年に勃発した朝鮮戦争は、 第2次大戦以後の米国による日本占領の焦点だった「非軍事化」と「民主化」を変更させた。 すなわち、米国の対日政策は対社会主義圏封鎖を目標として 日本を米国の対アジア政策の前進基地にすることに変化した。 そして、これがサンフランシスコ講和条約に集約された。 1952年4月、サンフランシスコ講和条約が発効した日に日米安保条約が締結されたのも、 こうした脈絡にある。 結局、過去の植民支配を謝罪しないという日本の利害と、 日本を対社会主義圏封鎖の下位パートナーにしようとした米国の利害がかみ合い、 65年の韓日協定体制の根元になったサンフランシスコ体制が誕生したのだ。 1965年に締結された韓日協定も、 米国の支持と経済開発に必要な資金が必要な朴正煕(パク・チョンヒ)政権の利害と、 植民支配という荷物を片づけてしまおうとした日本の利害がかみ合った結果とだけ見るのは難しい。 まさに対社会主義圏封鎖のために韓米日同盟を構築しようとした米国の介入の下になされたのだ。 したがって、韓日協定で形成された65体制は、 戦後の歪んだ韓日関係を作った基礎で、 韓米相互防衛条約と日米安保条約を媒介とする米国の主導下に作られた 「韓米日三角同盟体制」の別名でもある。 日本の自衛隊が国連軍旗を持って朝鮮半島に上陸することも1965年を起点として形成された韓米日同盟は、 今でもその性格を変えながら維持されている。 社会主義圏封鎖を目標にした韓米日同盟は、2000年代に入ると 「対中国封鎖」同盟にその性格が転換された。 中国封鎖のための韓米日同盟体制を維持-強化しようとする米国の戦略は、 安部政権の普通の国家化(戦争可能な国家化)に対する黙認と協力の下に、 オバマ政府の「アジアへの帰還」とトランプ政府の「インド・太平洋戦略」 (日本、オーストラリア、インドを核心同盟勢力として、 極東からホルムズ海峡に至るまで中国を包囲する戦略)の一環として推進されてきた。 これは、米国の2015年の韓日慰安婦合意推奨、 2016年のGSOMIA(韓日軍事情報保護協定)締結の圧力になってあらわれた。 昨年、日本が韓国に経済報復をしても腕組をしていた米国は、 韓国政府がGSOMIA終了宣言をすると直ちに「深い失望と憂慮」を表明した。 今年の8月にも米国務部はGSOMIAが米国安保に重要だとし、 GSOMIAを続けなければならないという立場を明らかにした。 米国の利害を守る韓米日同盟の一軸である韓日同盟が 過去の問題でこわれることを心配して韓国を圧迫しているのだ。 米国が日本を育てることについてはさらに踏み込んでいる。 米国(国連軍司令部)は昨年からUN司令部を中国を牽制する東アジア版NATOに成長させる可能性まで模索している。 それとともに、UN司令部戦力提供国の資格を 「国連会員国ならどこでも」に変更し、 日本をUN司令部に正式に挿入しようとしている。 すでにUN司令部は日本に国連軍後方司令部も置いている。 UN司令部は朝鮮半島有事の際に戦力提供国の兵力と装備を日本のUN司令部の後方基地に集結させてから韓国に送るようにして、 日本が介入する通路を開いた。 米国はここからさらに一歩踏み出して、 日本を公式的な戦力提供国に包括しようとしているが、 これは朝鮮半島有事の際に日本が国連の軍旗を掲げて朝鮮半島に進出することを意味する。 結局、米中対立が激化すればするほど、米国は韓国を韓米日軍事同盟にさらに深々と編入させることであり、 韓国は巻き添えになるだろう。 また日本帝国主義の復活を目撃する境遇に追いやられるだろう。 完全な光復はこなかったしたがって、完全な光復はこなかったのかもしれない。 親日未清算の歴史が韓国政治に暗い痕跡を濃厚に残したように、 65体制は過去の植民支配に対する謝罪なく国交を正常化した歪んだ韓日関係と 米国の東アジア覇権戦略を維持する構造物として作動している。 8・15をただ記念してばかりはいられない理由がここにある。 では希望はどこにあるのか。 昨年、日本の経済報復を呼び起こした韓国大法院の強制徴用判決は、 65体制の問題点を天下に表わした。 この判決を引き出した主役は日本の裁判所での訴訟に敗訴しても、 韓国で訴訟を敢行した強制徴用被害者、そして彼らと連帯した人々だ。 したがって、朝鮮の植民地化、解放後の親日未清算、 解放後の歪んだ韓日関係という歴史の暗い痕跡を作った当事者が支配勢力なら、 暗い歴史の痕跡をきれいにして歴史を正しく立て直す者たちは、 その歴史が誤っていることを認識する人々にならざるをえない。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2020-09-04 21:36:24 / Last modified on 2020-09-04 21:36:25 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |