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裁判対応だけが重要なセウォル号国政監査証人船員と123艇長

「心の余裕がなかった」、「死んだ事務長に退船命令を出した」、「思い出せない」

キム・ヨンウク記者 2014.10.16 20:03

10月16日の国会農林海洋水産委員会国政監査にセウォル号惨事の時に退船命令による救助で最も重要な位置にいた123警備艇の キム・ギョンイル艇長、カン・ウォンシク一等航海士、キム・ヨンホ2等航海士、シン・ジョンフン見習一等航海士が証人に出てきたが、 見守る遺族と国民の怒りが燃え上がった。 与野党の議員はすべて証人のこうした態度を強く叱責した。

船員は全般的に当時、真実究明より裁判で自身に不利になる質問にはほとんど思い出せないという回答を続けたり、 すでに犠牲者になった事務長に責任を転嫁する陳述を続けた。

特に真っ先に救助に行った123警備艇のキム・ギョンイル艇長は、 当時、退船命令を出さなかったことについて 「心の余裕がなかった」という回答ばかりを続け、 自分が潜水教育もきちんと受けない一般職員であることを強調して積極的な反論を展開した。 キム・ギョンイル艇長は惨事現場に到着した時、 300人以上が船から抜け出せなかったという事実を知っていたが、 とても船が傾いていて、船内に進入できなかったと話した。 船から抜け出した人々から救助していて、退船命令を出すことを考えられなかったという。

キム・ギョンイル艇長は安孝大(アン・ヒョデ)セヌリ党議員が 「窓の中で救助を要請しているのを見なかったか。 123艇がもっと積極的に救助をしていれば、被害を最小化することができた」と指摘すると 「私と乗務補助員がみた人員はみんな救助したし、 見えなかったので救助できなかった」とし 「123艇の乗務補助員13人は当時の状況としては最善の努力をしたと思う」と明らかにした。

セヌリ党のキム・ジョンテ議員も 「ガラス窓を破っても救わなければならなかったのに、それができず非難されている」と指摘すると、 キム艇長は「私たちはセウォル号のような事件は初めてで、あわてていた」と答えた。

辛正勲(シン・ジョンフン)新政治連合議員が 「123艇が到着して、真っ先にすべきことは何だったか」と尋ねると 「断定するが、同時に退船放送指示をするべきだが急いでいてできなかった」とし 「その時は心の余裕がなく、とても忙しくて、考えられなかった。 不十分な点があった」と再度答えた。

李仁済(イ・インジェ)セヌリ党議員の 「船内に300人内外の乗客が大量に残っていると知っていたか」という質問には 「知っていた。 セウォル号に到着して、船内に人がいるということだけを考えて、 見える人から救出をした」と答えた。

キム艇長は進入を試みなかったことについても 「船がとても傾いていて、私たちの安全が確保できず、 慣れていないのできちんと指揮ができなかった」とし 「脱出作戦のために操舵室に上がって、傾きが60-70度になったので滑ってできなかった」と明らかにした。

彼は崔圭成(チェ・ギュソン)新政治連合議員が 「木浦海上警察がまた 『沈着に放送して反対方向に飛び降りろ』と指示をしたが、 いくら心の余裕がなくても上部の作戦指示を履行しなくて良いのか」と指摘し、 やはり「状況が緊迫していて心の余裕がなかった。 その部分をのがしたようだ」と話した。

キム艇長は一部の言論インタビューで退船指示をしたと主張したことに対しては 「その時は心の余裕がなく、あわてていて退船指示をしたといった。 それで事が大きくなった」と答えた。

これに続いて船内に進入することを試みもしなかったという指摘に 「私たちは潜水装備もない一般職員で、経験もなかった」とし 「船の傾きも激しくて、潮流が押し寄せて安全が確保できず、 指示ができなかった」とまた繰り返した。

▲キム・ギョンイル123警備艇艇長が答えている。

キム・ヒョンジュン珍島VTSセンター長も最善を尽くしたと強調した。 尹明熙(ユン・ミョンヒ)セヌリ党議員が 「セウォル号に積極的な退船命令を出さずに処理しろという調子でしたのは、 職務遺棄ではないのか」という指摘に 「VTSの基本業務は衝突と座礁事故対応」とし 「そのような事故を認知すれば、退船指示まではできるということであり、 今回の事故のように船舶の転覆で現場の状況が分からない状態では脱出の指示をすることはできない」と反論した。

キム・ヒョンジュン センター長は 「当時、直接脱出の指示をしなかったが、 VTSでできる最大限の内容をした」とし 「ライフジャケット着用の指示や航空機、警備艦の到着時間などを知らせたのは、 船舶にすぐ脱出に備えろという強力な勧告行為であった。残念だ」と明らかにした。

船員には退船命令を出さず、自分たちだけが脱出した過程に対する質問が多かった。 カン・ウォンシク一等航海士は 「船長は、私がいる方向に向かって事務長に退船指示をしたが、 送信だけしたが返事がなかった」と主張した。

これに対して李鍾培(イ・ジョンベ)セヌリ党議員は 「死んだ者は何も言えないのでそう答えているのではないか」とし 「退船命令をしなかったことについて、死んだ者にすべてをかぶせているのではないか。 退船命令を聞いた人はひとりもいないのに、どうして何度も退船命令を何度も主張するのかわからない」と声を高めた。

辛正勲議員は 「セウォル号船員の証言を見ると、 不利なことについていっそ黙秘権をするならば理解する。 不利な話にはわかりもしないような弁解をして、有利な話にははっきりと話す」と指摘した。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-10-18 03:12:32 / Last modified on 2014-10-18 03:12:33 Copyright: Default

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