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韓国:双竜車22番目の死、彼のそばには誰もいなかった | |
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双竜車22番目の死、彼のそばには誰もいなかった一か月に1人の死の行列
ソ・ドンヒョン記者 2012.04.03 20:22
3月31日、双竜自動車整理解雇者のイ某(36)氏の死亡の知らせが一歩遅れて伝え られ、多くの人々を悲しませた。2009年の双竜自動車整理解雇事態から22番目 の死で、今年に入って、すでに3番目だ。
▲昨年10月双竜車平沢工場の前で行われた17番目犠牲者労働組合葬[出処:金属労組双竜車支部] 金浦警察署によれば3月31日午前3時50分頃、故人が暮らしていたアパートの3階 から、上にあがる場面がCCTVで確認された。その後、故人の最後の足跡が同じ ビルの23階で発見さ、故人の遺体が発見されたのは31日午前9時15分頃だった。 22番目の犠牲者のイ某氏の死亡の知らせは4月2日夜、彼の死から二日後に世に 知らされた。 故人は1995年に双竜自動車に入社して15年誠実に働いたが、2009年に整理解雇 の対象者になり、工場から追い出される身分になった。その後、彼は整理解雇 に反対して77日間の玉砕ストライキに参加し、最後まで希望退職を拒否したが 結局解雇者になった。 故人ははるか前に父母と死別し、結婚もせず一人で生きてきたと言う。故人は 双竜自動車で働いていた時には工場の所在地の京畿道平沢で暮らしていたが、 生活苦に絶えられず、昨年家と車を処分して京畿道金浦にある賃貸アパートに 居住地を移した。 2009年の整理解雇以後、故人は求職活動をしてきたがいつも就職に失敗したと いう。金属労組双竜自動車支部によれば故人は2月に平沢にある双竜自動車支部 の事務室に来た時も、就職面接に行くところだった。 故人と同じ部署で働いていた知人は、「準備ができない状態で無防備に投げ出 されるのは社会的放置だ。一人で暮らし、周囲に話す人もなく、とても孤独だっ ただろう。(故人)一人で酒も飲み、海辺を歩いたと理解している。この人の3年 の歳月は大変だっただろう」と故人への残念さを伝えた。 1か月に1〜2回故人と通話していた彼は、現在無給休職者の身分だ。無給だから 収入はないが会社に所属する身分なので、求職活動もできない。やはり生活に 苦しんでおり日雇いと代理運転等で生計を維持するほかはない状況だ。 2009年8月6日の双竜自動車労使合意以後、1000日近い時間が過ぎたが、現在 工場に復帰した人は一人もいない。 双竜自動車労働者の20番目の死を迎えた1月、キム・ジョンウ双竜自動車支部長 は、「19番目の死の後、20番目の死を防ぐために希望テントを張り、2月末まで もうこれ以上の死が発生しないことを望んだ。だが1月が終わる前に、私たちの 根本的な希望と希望が破られたという事実がとても胸が痛い。21番目の死を 心配せざるをえない」と21番目犠牲者が出ないことを望んだ。 だが彼の望みと違い、残念なことに翌2月に21番目の犠牲者が発生し、3月には 22番目の犠牲者まで発生した。 民主労総は4月3日、論評で「すでに22番目の死だ。この恐ろしい数字をいつま で数えなければならないのか。生きて頑張る人々も生きてはいない。瞬間瞬間、 23番目、24番目になりかねない解雇労働者の手をとにかくつかまなければならない。 すでに遅いが、これ以上手遅になる前に韓国社会は今すぐ手を差し出さなければ ならない」とし、これ以上の犠牲を防ぐ社会的措置を要求した。 20番目の犠牲者は1月20日、21番目の犠牲者は2月13日、22番目の犠牲者は3月31日、 一か月に一回ずつ死の行列が続いている。新しい月が始まるこの瞬間、われわれは これ以上の死の行列が続かないよう切実に望む。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2012-04-05 06:13:43 / Last modified on 2012-04-05 06:13:59 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |