本文の先頭へ
LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『科学者は戦争で何をしたか』
Home 検索
 


毎木曜掲載・第391回(2025/6/5)

警鐘を鳴らしつづける

『科学者は戦争で何をしたか』(益川敏英 著、集英社、電子版・693円)評者:大西赤人

 電子レンジは、家庭電化製品の中でも極めて高い普及率を誇る。1971年には僅か2%だったものの年ごとに上昇し、現在では90%台も後半、ほぼ100%に近い数字に達しており、�爛船鵑垢覘瓩箸良集修眥蠱紊靴討い襦�しかし、この道具に対して大西は昔から偏見を抱いていたため、かなり近年に至るまで電子レンジは家になかった。外部から熱を加えることなく、マイクロ波によって食品自体の水分子を振動させて摩擦熱を発生させるという仕組みが胡散臭かった(笑)ことと、そもそもが軍事目的の研究の副産物だったという話に抵抗を感じたからでもある。

「1945年に、アメリカ合衆国のレイセオン社で働いていたレーダー設置担当の技師、パーシー・スペンサーによって発明された」(Wikipedia)
「大日本帝国海軍は1944年(昭和19年)頃、海軍技術研究所と島田実験所(現在の島田理化工業の前身)にて、マイクロ波を照射して航空機などを遠隔攻撃するためのZ兵器の研究を行っていた」(同前)

 もちろん、このような例は決して珍しくはない。軍事目的での開発後に民生転用された技術(スピンオフ)をウェブ検索すれば、インターネット、パソコン、IC(集積回路)、GPS(全地球測位システム)、光ファイバーケーブルなどに始まり、携帯電話、デジタルカメラ、ティッシュペーパー、腕時計、缶詰までもが上がってくる。逆に民生目的が軍事転用される技術(スピンオン)も、合成繊維や鉄条網、液晶ディスプレイやスマートフォンなど様々だ。言ってしまえば、飛行機だって自動車だってAI(人工知能)だって物は使いようであるから、結果、民生にも軍事にも使える技術として「デュアルユース」という概念も生まれている。

 いずれにしてもそこでは、技術を生み出す人々――とりわけ科学者の存在が重要な鍵を握ることになる。2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英(1940-2021)による本書は、『科学者は戦争で何をしたか』というストレートな題名の示す通り、人類を繁栄へと誘うための技術を発明し得る・発明すべき科学者が、もしも自らの責任を十分に自覚していない、認識していないとするならば、その技術は人類を破滅に追いやる戦争の道具に堕してしまうかもしれないという危機感に基づいている。益川がノーベル賞受賞記念講演で「幼い時に経験した戦争に関する話」をしようと考えていたところ、それを伝え知った某教授から�猊垓狄気任△覘瓩箸糧稟修�届いたという。

「私のような幼い頃の一片の記憶であっても、戦争体験を語れる最後の世代として伝え続けなければいけない。それが私の責務だと思っています」

 結果、予定通りに講演で戦争体験を話したと記す益川は、続く第一章「諸刃の科学」、第二章「戦時中、科学者は何をしたか?」において、近代科学の発展と、それによる惨たらしい戦争のありようを歴史上の有名な科学者の姿勢とともに描き出す。このあたりは、今まで知らなかった内容も多々あり、実に興味深かった。ダイナマイトを発明したノーベル、放射能を発見したキュリー夫妻、毒ガスを開発したハーバー、核分裂反応を初めて制御したフェルミ……。彼らは純粋に学問を究めようとする者として科学に携わったかもしれないけれども、あまりにも大きな成果は、彼ら個々の裁量を超え、第一次世界大戦、第二次世界大戦、東西冷戦と次々に国家の思惑に左右されることとなってしまう。その最大の要諦は人類を破滅へと導きかねない「核」であり、アインシュタインやオッペンハイマーに代表される「核」を警戒し、警鐘を鳴らしつづけた科学者の行動が綴られる。しかし、益川は、ヒーローを目指すわけではない。

「人間は弱いものです。私も臆病だし、怖がりだし、できることなら自分の好きな研究だけに没頭していたい。
 しかし、それではどんな研究も科学者の自己満足で終わってしまいます。臆病でも弱くても、自分の研究がどんな使い方をされるのか、そこだけはしっかりと目を見開いて、本質を見抜かなくてはいけないと思っています」

 本書の後半は、ちょうど日米同盟強化、集団的自衛権の行使容認、解釈改憲、憲法九条改定など過激な政策を進めつつあった安倍首相(当時)に対する危惧と批判とが連ねられている。若い時から「研究をやりながら、必ず組合活動や社会運動に首を突っ込んで走り回っていました」「組合活動をやりながら、きっちりと研究もしました」「管理職ではあっても、隠れ組合員として、こっそり組合費相当のものを寄付していました」という益川にとって、安倍首相の姿勢はどうしても我慢のならないものだったのであろう。これらの安倍(政治姿勢)批判は、益川及び本書に対する一定読者の否定的評価を呼び招く要因ともなっている。出版から約十年、既に益川も安倍も故人となっている現在では、このあたりの訴求力は弱まらざるを得ないけれども、それでは、益川の危機意識が今や杞憂となっているかといえば、到底そうではあるまい。

「甘いと言われるかもしれませんが、私は必ず民衆が『それはおかしいよ』という声を上げ始める時が来ると信じています」

 その益川の希望はかないつつあるだろうか?
 そして、本書を読み終った大西の頭には、「科学者は戦争で何をしたか」との単純な対比とはなり得ないとしても、「文学者は戦争で何をしたか」という異なる命題が浮かび上がっていた。


Created by staff01. Last modified on 2025-06-06 09:45:50 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について