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〔週刊 本の発見〕伊藤潔『台湾 四百年の歴史と展望』
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毎木曜掲載・第311回(2023/8/17)

「台湾人意識」はどう作られたのか

伊藤潔『台湾 四百年の歴史と展望』(中公新書、1993年) 評者:加藤直樹

「台湾有事」という不穏な言葉を伴って、保守政権と平和運動の双方で「台湾」という文字がしばしば登場するようになった。だがそこで語られる「台湾」は多くの場合、そこに住む人々の主体性への関心は薄いままだ。その一方で、「台湾スイーツ」や「台湾の食べ歩き」への関心は高い。この無関心と関心の偏在は不健康だ。

 本書は絶版になって久しいものであり、こうした場で紹介するべきではないのかもしれないが、数少ない優れた台湾史入門であるのは間違いなく、多くの人に読んでほしいと思う。

 著者の伊藤潔は、もともと台湾生まれの台湾人であった。強い台湾ナショナリズムを抱いていたが、どこかの時点で日本国籍を選んだ。その事情は知らない。だが本書には、80年代までの国民党独裁政権下で育ってきた台湾人意識、台湾ナショナリズムの原形が脈打っており、大国に翻弄され続けた台湾住民が、「台湾人意識」を生み出し、固めていく過程としての台湾史が、生き生きと描き出されている。

 特にこの本を推す理由の一つは、日本の侵略と植民地化に多くのページを割いているところにある。15世紀から20世紀末までの台湾の歩みを語る約230ページのうち、70ページがそれに充てられている。

 清朝中国の辺境の地であり、開拓民と開拓民、開拓民と先住民がぶつかり合う台湾は、清の官僚たちにとっても難治の地であった。住民たちは強烈な権利意識を持っていた。そこにやってきたのが、台湾出兵を皮切りについに日清戦争で「台湾割譲」を清朝に呑ませた日本の軍隊である。この外来軍に対して、台湾の人々は「台湾民主国」を宣言して苛烈な武装抵抗を展開する。

「(日本軍が)苦戦することになったのは、この地の移住民の多くが、すでに台湾を父祖の地、墳墓の地として、台湾で生きる決意が強く、それだけに抵抗も激しかったのである。抵抗の凄まじさについては、台湾の住民全員が兵士のごとくで、勇敢で決死の心意気に富み、婦女までも戦闘に加わっている、と日本の記録に残っているほどである」

 日本軍に殺害された台湾人は1万5000人という。

 伊藤は、植民地支配の下でも継続した武装抵抗、あるいは合法的な自治運動も詳しく紹介する。総督府が「有力者大会」と称して20数人の富裕者の御用会合を開かせれば、台湾人自治運動の側は「無力者大会」と名乗って数千人の集会を開くといった具合だ。

「台湾住民は…差別に苦しむなかで『台湾人』としての意識を強めて行った」

 日本が行ったインフラ整備については「植民地経営は『慈善事業』ではない」と批判し、それがあくまでも台湾というガチョウに「金のタマゴ」を生ませるためのものだったと切り捨てる。

 そうして日本の敗戦後、今度は外来勢力である国民党政権の独裁が始まり、それに対する台湾の人々の抵抗は民主化要求と「台湾化」要求が一体となったものとなる。国民党支配下の民主化闘争の過酷さも描かれる。

 今日の「台湾有事」問題は、依然として大国の思惑によって動いているが、一方でその台風の目になっているのは、自己決定権を求める台湾の人々の思いである。これはかつてないことだ。こうした台湾人意識が歴史の中でどのような必然性をもって育ってきたのかを本書は力強く伝えている。特にそれが、日本支配への抵抗に根を持つことを、私たちはよく理解しておく必要がある。

「台湾独立」とは、現在の「中華民国」体制を台湾の人々が廃棄して、憲法を変えて「台湾共和国」といった政体を選び取ることを指す。それをさせないことが中国政府の強い意思であり、一方、日米はこの問題を中国封じ込めのテコにしようとしている。本書には、井上毅がすでに1895年に書いた意見書で、沖縄―八重山諸島―台湾が大日本帝国にとって軍事的な要衝であると主張していたことを指摘している。

「台湾独立」について、それを「支持する」とか「支持しない」ということを、日本の私たちが言う資格はない。そもそもが「台湾」というアイデンティティーが生まれる最初のきっかけが日本の中国侵略過程で行なわれた台湾切り取りにあることを思えば、なおさらだ。しかし同時に、彼ら台湾人こそがそれによる日本の植民地支配の被害者であることを思えば、私たちが、歴史のなかで育まれてきた彼らの自己決定権を尊重するという態度をもつべきなのも明らかだろう。

 ややこしい意図=糸が絡み合う東アジアで、戦争と軍事的緊張・抑圧の深化を解体し、平和な地域をつくるにはどうすればいいのか。私たちの前には複雑な課題が置かれているが、各地域の人々の歴史を学ぶことは、それを誤りなく考えるために不可欠だ。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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