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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『企業ファースト化する日本−虚妄の「働き方改革」を問う』
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毎木曜掲載・第100回(2019/3/14)

全体の構造がみえてくる

●『企業ファースト化する日本−虚妄の「働き方改革」を問う』(竹信三恵子、岩波書店、2019年)/評者:渡辺照子

 ニュースで定時に帰るだけの現象を「働き方改革のおかげだ」とはしゃぐ風潮をいぶかしく思っても、労働者、労働運動サイドに立ち、批判的に働き方改革に言及した書籍や言説は皆無に等しく、反論の根拠を探すことは簡単ではない。アマゾンで「働き方改革」をキーワードに書籍を検索すると人事・労務職向けの本ばかりが並ぶ。安倍政権が立て続けに打ち出す政策は全く労働者に資するものではないのに、その正体が見抜けない。「働き方改革」「同一労働同一賃金」「女性活躍」「一億総活躍」等、言葉だけを見ると直ちに反論することが難しい政策のラインナップに目がくらむ。例えて言うならば、お化け屋敷に入っても何を怖がって良いのかわからない苛立ちだ。その時期は長かった。しかし、やっとこの本が登場してくれた。私の苛立ちはなんとかなりそうだ。

 本書は、働き方改革の事実関係と全体像を示し、その共有化を目指すものだ。裁量労働制、高度プロフェッショナル人材へのアプローチに始まり、高校教師の長時間労働、決して同一にはならない「日本型同一労働同一賃金」、派遣法の改悪、官製ワーキングプア問題、水道民営化、外国人労働者等々、昨今、報道されるほとんどの事件やイシューを網羅している。そして、それらが総花式にはなっておらず、異種同根の問題として捉えられており、構造を示す点が秀逸である。各イシューが有機的に連関している論理が展開されているからだろう。「働き方改革」については新聞によって知るのが一般的だ。だが、新聞記事は実は労働法の基本原則を知らないと何が重要なのかを読み取ることはなかなかできない。新聞記事の性質上、紙幅の制約もあり仕方のないことだが、理解の不足を何かで補う必要がある。その意味でも本書は必携なのだ。政府関係者、当事者の言動、労働裁判、研究者等の見解等、あらゆる資料を巧みに織り交ぜながら全体構造を概観してくれる人は私の知る限り、本書の著者だけだ。

*レイバーネットTV 第81号に出演した著者

 特に私がうなったのは以下の点だ。安倍政権が「日本の再興戦略」で打ち出した「女性の力を最大限活かす」点において、女性の「労働力」「出生力」「消費力」という憲法に根拠づけられた権利が、国力増強のための資源とされていくと喝破した様だ。あたかもオセロの白の駒が次々に黒の駒にひっくり返されるように、安倍政権の言語のまやかしの恐ろしさを鮮やかに表してくれている。労働法だけを見ていては決して得られない見解だろう。

 安倍政権の言語のおかしさはエッシャーのだまし絵のようでもある。その絵画では人物は階段を上っているようで下っている。違和感を抱きつつも、どこがおかしいのか指摘できない。それを例えば著者は高プロに対し「『企業の雇用責任』から『働き手の自己責任』への転換」と明解に表す。思えば政府が、ホワイトカラーエグゼンプション案が成立しなかった失敗要因を「『残業代ゼロ法案』と命名されたことだ」と分析し、「高プロ」と看板の書き替えで「見事」通らせたことからもわかるように、ネーミングは商品に限らず重要だ。つまりわかりやすく、人の心に強く刺さる言葉が大事なのだ。その点においても著者の言語化のセンスは秀逸だ。「派遣の待遇改善封じ」、労働者の意見を聴かない「現場飛ばし」、生産性向上の名のもとに労働者の労働強化がなされる「生産性ワンダーランド」等々。外連味を排し本質を表している。そして第二次安倍政権(巻末の年表は第二次安倍政権発足から始まっている)の肝は「企業ファースト」なのだ。安倍政権の灰汁(「悪」でもある)を煎じ詰めたようではないか。

 既述したように著者は「共有化することに役立てて欲しい」と述べている。これはつまり我々労働者、活動する者が学習会や読書会をすることに他ならない。著者の本は良い意味で自己完結していない。次のページがどうなるかは私たちの言動にかかっている。今度は著者に我々の成功事例を書いてもらおうではないか。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。

〔関連情報〕竹信三恵子講演会(3/16)こちら


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