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松本昌次のいま、言わねばならないこと〜鶴見俊輔さんから学ぶこと | |
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鶴見俊輔さんから学ぶこと
鶴見俊輔さんのエッセイに「一つの日本映画論」というのが ある。六十数年も前、映画雑誌に発表されたもので、傍題にあ るように、川口松太郎原作・安田公義監督・長谷川一夫主演の 映画『振袖狂女』を論じている。これらのスタッフでも推察で きると思うが、『振袖狂女』は、鶴見さんが言うように、いわ ゆる「高級な映画」などではなく、大衆的な娯楽時代劇といっ ていい作品なのである。しかし鶴見さんは、映画の荒筋を丹念 に辿りながら、そこから現在わたしたちが抱える問題をひきだ し俎上にのせる。 それではどんな問題なのか。アトランダムに並べるとーー男 の卑劣なエゴイズム、無責任な計画性なき急進思想家、主人と 奴隷的家来の関係、観念でのみ思想を説く日本のインテリの男 たち、権力に屈従し理論を正当化する学者、天皇制という家元 制度をうしろだてとする実業界・政界・官界、そして「現代日 本における異端者の宿命、男が女をうらぎる仕方、伝統のうけ つぎかた」などへ及ぶのである。驚くほかないが、このように、一篇の娯楽時代劇映画からさえ学ぶことこそ、鶴見さんが思想家として生涯をつらぬいた姿勢であり、真骨頂というべきであろう。
花田清輝さんは、このエッセイについて、「みずみずしい感 動を語った鶴見の文章は、アンリ・ルソーの絵のように、わた しの心を打つ。」と書いた。滅多に心など打たれない花田さん にしては、最大の讃辞というべきだろう。そして花田さんは、 いわゆる職業的批評家は、「鶴見を、映画のわからない、おめ でたい人物」とか、「牽強附会の説にたっている老獪な人物」 とかいうかも知れないが、それはかれらが「一つの尺度」でし か映画を計らないからだという。いかに「一つの尺度」でしか モノを計らない文化人・知識人・社会運動家が多いことか。�豸� さんは書いている。「文化人たちと、好みの上でのへだたり を感じる。好みの上でのへだたりだけでなく、思想の上でも、 へだたりを感じる。」と。鶴見さんは、生涯、その「へだた り」の狭間を歩きとおした。
現在、安倍政権を打倒するために、いかなる組織にも属さ ず、個人として日夜、国会をとり巻き抗議の声をあげる人び とに期待し、それに先駆的に応援を惜しまなかった人こそ鶴見さ んといっても過言ではない。60年安保の折、政府に抗議して 都立大を辞職した竹内好さんに呼応し、直ちに東工大を辞職し た鶴見さん。そんな知識人・学者がいまどこにいるか。「一つ の尺度」にしばられる党派や進歩的集団を批判しつつ、生涯、 日本共産党に投票しつづけたという鶴見さん。 去る7月20日、鶴見さんは93歳の生涯を閉じた。その生涯 から学ぶことによって、憲法擁護の道を歩まねばならない。
Created by staff01. Last modified on 2015-08-02 14:23:27 Copyright: Default | |