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よく病む権利、申し訳なく思わなくてもいい権利

[ワーカーズ] 「病気でも申し訳なくはありません」チョハン・ジニ インタビュー

ユン・ジヨン(進行)・キム・ハンジュ(整理)記者 2019.07.04 11:45

誰もが「病気」のためにつらく感じる。 私が病んだことで他人に迷惑をかけたようで、 同僚に荷物を預けたようで、またつらく感じる。 疾病は罪悪感というもうひとつの痛みを残す。 だが疾病は吸う息と吐く息のようなもので、私たちと出会い、別れる。 疾病はいつも私たちの生活の中で共存する。 誰でも病むこともあり、誰でも病まないわけにはいかない。 では「罪悪感」というもうひとつの痛みを作り出すよりも、 疾病を全て受け入れてはどうか。

チョハン・ジニ(バンダ)氏は、自分の本「病気でも申し訳なくはありません(チョハン・ジニ、トンニョック、2019.5.27)」で、 疾病権、「よく病む権利」を主張する。 疾病を悪と規定する社会。 病んだからだは敗北者として生きていくほかはないから、 自ら健康権を争奪しろと強要する社会。 このような暴力的な構造の中で、 チョハン・ジニ氏は疾病をながめる観点を変えようと提言する。 彼は疾病自体が悲劇なのではなく、 それを全て自分の人生として体験し抜くことができない時、悲劇だと話す。 では疾病を暮らすことで受け入れるためにはどんな事が必要だろうか。 チョハン・ジニ氏と会って話を聞いてみた。

[出処:キム・ハンジュ記者]

本の題名が「病んでも申し訳なくはありません」だ。事実多くの人が病気をすまないと思う。本人もそうだったのか?

当然だ。 2011年頃、私は立っていても倒れて、バスにも乗れないからだの状態になった。 2009年にパレスチナにいて3か月ほどから、からだが痛み始めたが、 状態がますます深刻化した。 当時、私はパレスチナ難民の家族の話を込めた映像の作業をしていた。 編集を80〜90%までした状態だったが、これでは死ぬと思って休職した。 本当にもっと働けば死ぬような気がした。 皆がその映像を待っていた時だった。 ムスリムで難民の家族がやっと出演を決めた映像だったためだ。 これを完成できないことに対する苦しさは相当だった。 また同僚に約束を守れない申し訳ない思いがつらかった。 私の休職で映像収入がなくなり、すぐに事務室の家賃や活動費の支払いにも問題が起きた。 複雑な気持ちでストレスが極に達した記憶が鮮明だ。

「幸せな人生は疾病を『克服』しなくても、 自分のからだを正常に矯正しなくても 自責感に苦しまずに尊重される社会において可能だ。」 (12ページ)

そしてしばらく疾病と戦ったと理解している。そのうちに疾病との戦いを止めたという。疾病と「戦う」人生と疾病を「受け入れる」人生はどう違うのか?

事実、ある程度健康が好転したので言える言葉でもある。 からだが痛かった数年間、私は決まったスケジュールで山道を歩き、 新鮮な物を食べ、昼寝をして、寝る前に足湯をした。 毎日毎日、すべての生活が健康に焦点が合わされていた。 こうして暮せば70代半ばまでは生きられるだろうと思った。 そんな人生で「現在の私」は存在しなかった。 その間、周辺の多くの友人が亡くなった。 疾病も死と同じように、人生の挫折ではなく生活の過程なのではないかと考えた。 死に対する恐れ、疾病に対する恐れを一つずつ振り払い、痛みを受け入れた。 「よく病む権利」を探して少しずつ社会に復帰し始めた。 健康を中心に暮らすのではなく、 自分の意志のとおりに暮らすと決心すると、人生が鮮明になった。 完治以後に延期された私の人生が戻ってきた。

痛いからだへの干渉と統制、つまり小言は当然だと認識される。干渉と配慮はどう違うのか?

韓国社会は審査と評価に馴染んでいる。 音楽、旅行、食物関連のテレビ番組はすべてサバイバルを基盤とする。 皆が審査委員、あるいは見張り役の位置だ。 対象が何であれ「統制」しようとする。健康もそうだ。 韓国で健康はスペックとして作用する。 病気の人はスペックを失った敗北者と見られる。 さらに干渉と統制の対象になりやすい。 病気だから「これはするな」、「ここまでやれ」、「はやく良くなれ」という言葉も似た脈絡だ。 審査委員、見張り役の視線ではなく、助力者の視線で痛むからだを見なければならない。

私には重症障害者の友人が1人いる。 私が体調が悪かった時、その友人に何かお願いしながら申し訳ないと話した。 すると友人が「君が申し訳なければ私は死ななければならないね?」と話した。 私の思考が「正常性」を基盤にしていたことから出てきた言葉だった。 それ以後、私が申し訳なくて迷惑をかけるような気がするたびに、 その友人の言葉を思い出す。 依存する人を我慢できないということ自体が特権的な考え方だ。 われわれは誰もが依存しながら生きていく人だ。 配慮はそのようにして始まる。

「差別のために疾病をいえない瞬間がきたり、痛い人がすまないと思う現実を目撃する時も痛かった。悲しみ、怒り、寂しさのようなものらがからだで渦巻いたし、一息入れるために静かにひざまずいていなければならなかった。」 (15ページ)

病気の人との関係はどう結ぶべきか? 病気の人の「よく病む権利」のためにどんな役割が必要なのか?

人々は私によく「大丈夫か」、「はやく良くなれ」といった言葉をかけた。 私は「大丈夫だ」という言葉しか言えなかった。 彼らはみんな善意でした言葉であることを私は分かる。 その後、フェミニズム ジャーナル〈イルタ〉に 「バンダの疾病貫通記」連載をしながら、 病気の人に対する干渉と統制文化を指摘した。 するとその後、人々は私の健康に沈黙で一貫した。 まるで性暴力問題で2次加害に対する自己検閲によって討論しないのと似ていた。 他の見方をすれば、別の悪い結果を招いた。 私の言葉は、病気の人もこうした人生を望む、 病気のためにできないことは迷惑ではないということが核心だった。 だから病んだ人にさらに「私にできることがあるのか?」といった 質問をすることが重要だという言葉でもあった。 私が病んだ人のためにどんな配慮ができるのかを知ることができるからだ。

韓国は特に健康に対する情報が多い。これは著者が話す「疾病を共有すること」とどう違うのか?

総編(総合編成チャンネル)に一日中、医師が出てきて健康の話だけしていた。 見ていると、疾病がまるで「悪」のように感じられたりする。 そしてTVの中で医師の言葉の通りに この疾病にはこれを食べて、あの疾病にはあの運動をする。 多くの人々が疾病という悪に勝つために多くの情報を吸収する。 こうした社会において健康関連の総編番組は、 人々に「健康ファンタジー」を植え付ける。 問題は、ここには健康に対する思考がないことだ。 健康というものが何を意味するのか、われわれは知らない。 まるで資本主義社会で努力さえすれば成功するという錯覚と似ている。 こうした背景から、健康は私たちの人生を担保にしている。 「健康植民地」において、われわれは多くのことを失って暮らす。 疾病を共有しようということは、 健康を脱ぎ捨てて疾病を着ようという言葉ではなく、 健康強迫を脱ぎ捨てて、からだを考えようということだ。

「最近は死に対する主導権をその死の主人ではなく医療が握っていると見られる。(…) 私たちがどう死ぬのかによって、死は生活の完成でありえる。 死を生活の一部にまた持ってこなければならない理由だ。」 (243ページ)

健康を強要する者は誰か?

資本と政府だ。 多くの人々が健康に気を遣えば使うほど、金になるからだ。 資本が主導する社会は、健康基準を毎年上げる。 基準から脱落した人々は「非正常」に含まれているという危機感で薬を飲み始める。 高血圧、糖尿も同じだ。 多くの人を患者の範疇に入れて、診断、処方、制約する。 しかし、やはり彼らのための賢い完治ではなく、管理・維持が目的だ。 医療資本の立場としては、一生薬を飲み続けさせることが利益だからだ。 政府の立場としても、国民が健康保険料を払い続けながら、 健康は個人がやってくれるのだからとてもうれしい。 疾病の個人化と悪魔化が国民健康保険に20兆の黒字を抱かせたわけだ。

社会は病名がない疾病を無視したり精神的な問題として片付ける。病暇を出す時も「病名」が書かれた診断書を要求される。韓国社会が「病名」を越えて疾病をどう受け入れるべきか

過度な医療化が呼んだ悲劇だ。 病名の付与は医療権力に病気だという状態を認めさせることだ。 だが医学で説明できない痛みは存在しないもの扱いされる。 医療の発展で生活の多くの部分が良くなったのは明らかだが、 発展による医療の権力化ですべての苦痛を証明されなければならないという問題が生まれた。 すべての科学は誤りの中で成長する。 私の痛みを科学が証明できないのは科学の限界だ。 なぜ科学の限界を私に問うのかと、逆に問わなければならない。

社会的弱者は疾病でどんな差別を受けるのか?

重症障害者の友人はあまり病院に行かない。 病院に言ってもちゃんと検査を受けられないからだ。 急に悪化すれば、大きな病院でCTやMRIのような精密検診を受けなければならない。 しかし私の友人はそれが出来ない。 車椅子を利用しているが、この装置に横になれる姿勢になれないからだ。 姿勢のために精密写真を撮ることができる部位は手首だけだ。 手首の写真では「給与薬」を得られない。 非障害者を中心に作られた医療体系は、少数者を毎日のように差別する。

女性は特に「よく病む権利」に脆弱だ。 女性はつらくてもケア、家事労働を休まない。 まさに女性が病んで見てくれる人が必要な時は、誰もいない。 だから女性が病気になると普段よりさらに忙しいという。 また疾病をめぐるシステム自体が女性のケアを基礎としている。 韓国の保護者看病文化がそうだ。 保護者看病文化が残っているのは韓国と台湾だけだ。 看病は基本的に病院がするべき役割だ。

「彼は疑い混じりの視線が一番嫌だ。 中高生の時期、月経痛で座っていることができずに養護室に行くといえば、 教師たちは仮病ではないかという眼差しを送った。(…) 自分の痛みを理解してもらえないという孤立感が大きな苦しみを与える。」 (101ページ)

自分のからだに対して、私の疾病をよく見るためには何が最も必要か?

からだ日誌を書くことが一番良い。 日誌を書くと自分のからだがいつ激しく反応するのか、 いつふらつくのかを確認できる。 私は時折、嗜眠症水準で倒れて寝込むが、 からだ日誌を確認すると排卵期間にこの症状が現れるという事実がわかった。 また自分のからだが天気、特定の感情に非常に鋭敏だということも発見した。 私の場合には、くやしいという感情に身体がとても激しく反応した。 こうした記録は疾病だけでなく、自分を知る上でも多くの助けになる。

著者が言う「疾病の言語」とは何か?

性暴力被害者の言語と似ている。 過去にある女性が好きな男性の家に遊びに行って強姦されたとすれば、 この女性は強姦を主張するのが難しかっただろう。 「性的自己決定権」という言語がなかったからだ。 この言語が生まれたため、 始めて「家に遊びに行ったのは、私がセックスしたいという意味ではない」 という説明が可能になった。 疾病も同じだ。 疾病の言語がないので、われわれは病気になると申し訳なく、 それでまたくやしい感情を複合的に体験する。 だから「苦しいとばかり言うのが苦しい」、 「つらくても申し訳なくはない」という言葉を説明する言語が必要だ。 疾病の言語ができれば、 われわれは疾病による申し訳ない思い、くやしさを分離して見ることができる。

著者はパク・ジョンピル追悼事業会執行委員長でもある。活動家の健康権を提案したというが。

7月にはパク・ジョンピル(映像活動家、2017年7月28日肝臓ガンで死亡、享年51歳)の2周忌になる。 誰もが劣悪な環境で社会運動をしているので、 多くが病気にかかり、若くして亡くなったりもする。 私の場合も2009年、パレスチナでの現場活動の過程で病気が始まった。 当時、私はパレスチナ平和連帯の活動家で、 ドキュインの映像活動家として連帯活動と映像作業のためにパレスチナに行っていた。 現場活動の中でからだが痛み始めると、数年間さまざまな疾病の診断を受け始めた。 原因がわからない異常な症状も多かった。 医療関係者は私がパレスチナにいた時、毒性物質に露出したようだと話した。 病気になってから周辺の活動家が募金してくれたり、 帰農した活動家が農産物を送ってくれて連帯を表わした。 すべて有り難いことだったが、いつまで活動家個人の良心に依存して暮らさなければならないのか、という悩みがわいた。

私だけでなく、多くの人々が社会運動をする過程で病気になる。 90年代から一緒に社会運動をしていた仲間たちを何人も疾病や死で失った。 運動社会では、活動家の健康と安全のための福祉体系は相変らず殆どないようだ。 福祉どころか、活動家自身が申し訳なく思って話すこともできない場合もよくある。 健康権、一方で「よく病む権利」を保障されないという意味だ。 だからパク・ジョンピル追悼事業会で活動家の健康権を打ち解けて話し、 「よく病む権利」についての議論を始めたい。

「人々にいつも話してきた。 疾病がからだの自浄の過程で発生するのなら、 われわれは今、疾病のおかげで生きているのかもしれないと。」 (375ページ)

最後に伝えたいことは?

労働者にこの本をたくさん読んでほしい。 別の見方をすれば、 労働者は健康を強要する社会の主な被害者だ。 労働生産性向上のために健康を管理され、 労働生産性を上げて労災にあうからだ。 社会を労働中心に見る人々が疾病権を議論してほしい。 労働者たちは労働強度が高くて病み、女性は性差別で病み、 障害者は「正常」中心社会に耐えて病む。 労働者、女性、障害者は分離されたアイデンティティではない。 ある存在の中のさまざまなアイデンティティと交差する現実を労働者の目で見て、 社会を変えるために疾病権が媒介として使われればうれしい。[ワーカーズ56号]

原文(ワーカーズ/チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2019-07-04 06:00:19 / Last modified on 2019-07-07 20:09:33 Copyright: Default

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