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韓国:労働者も経営できるぞ | |
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労働者も経営できるぞ[ワーカーズ]社会主義探求領域
カンフ 2019.02.20 10:12
![]() #1.国民年金が社会主義の尖兵?社会主義者よりもさらに「社会主義」にたくさん言及する人々がいます。 まさに保守右翼集団です。 「文在寅(ムン・ジェイン)政府が社会主義国家を作っている!」という調子の、 とても激烈な叫びは太極旗がはためく集会だけを見ても、 うんざりするほど聞くことになります。 今回は自由韓国党が出てきました。 ただの国会議員でもなく、院内代表の羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)と非常対策委員長の金秉準(キム・ビョンジュン)、 そして先日入党した朴槿恵(パク・クネ)政権の最後の総理、黄教安(ファン・ギョアン)までが出てきて、 政府が「社会主義的発想」をしていると非難しました。 問題の原因はいわゆる「スチュワードシップ コード」、 つまり国民年金が株式を保有する企業に対して積極的な株主権を行使すると明らかにしたためです。 彼らは「政府が国民の老後の資金を使って企業を手なづけようとしている」と声を高めて「社会主義」だと糾弾しています。 国民年金の株主権行使の強化はもともと文在寅政府の公約でした。 しかし最近になって、またこの問題が大きくなったの、まさに大韓航空のためです。 昨年、チョ・ヒョンミン専務のいわゆる「コップ投擲」事件を始め、 大韓航空総帥チョ氏一家のカプチル(パワハラ)と労働者への暴言・暴行、 さらに横領・背任などあらゆる犯罪行為が明るみに出て大きな議論を呼びました。 ところが国民年金は現在この大韓航空持分10%を保有している2大株主です。 筆頭株主は大韓航空が属する韓進グループの持株会社である「韓進KAL」という会社です。 国民年金は「韓進KAL」も8%ほどの株式を保有する3大株主に上がっています。 そして近付いてくる3月には韓進KALと大韓航空株主総会が開かれます。 ここで国民年金が株主権を積極的に行使して、 趙亮鎬(チョ・ヤンホ)会長を解任する案件を上程するのかどうかが争点になっているのです。 その上、今日ではKCGIという私募ファンドが露骨に経営権を狙って韓進KALの株式を大量に買収して2大株主になり、 実際に大韓航空と韓進グループの経営権をめぐる議論はしばらく続きそうです。 いわゆる「年金社会主義」の論議がおきると、青瓦台と政府は「誤解」だと一歩後退しました。 しかしもし国民年金が大韓航空と韓進グループの経営権問題に積極的に介入するにしても、 それが本当に「社会主義的発想」なのでしょうか? 極めて資本主義的な論理で接近してみましょう。 大株主が自分が株式を保有する企業の経営に参加するということは全く変なことではありません。 資本を所有する者が権利を持つこと、これが資本主義の至上命題ではなかったでしょうか? 一、二文でもなく、何と2大、3大株主の地位を占める国民年金の介入を「社会主義」だとして反発するのは、 資本主義の原理にも忠実ではない自己矛盾のように見られます。 結局「いかなる場合にも総帥一家の経営権に触るな」という強弁でしかありません。 #2.株主は総帥より進歩的か文在寅政府が推進する国民年金の株主権行使の強化は文字通り 「株主としての権利」に立脚しています。 徹底的に資本主義的原理に基づくものです。 総帥一家の専横を牽制するために大企業の株を多数保有する国民年金と小額株主の権限を強化しなければならないということです。 その一環として配当の拡大や株価浮揚などの積極的な株主還元をしろと要求します。 政府もスチュワードシップ コードの基準の一つとして、 配当率が低い企業をしっかり調べるといったことがあります。 では総帥一家がいなくなり、株主の利害関係によって企業を運営したり、 あるいは総帥一家が存在していても株主の力を強めれば、もっと企業経営が進歩的に変わるでしょうか? ひとつの例を見てみましょう。 国内大企業集団の中で総帥がいない所があります。 まさにKTです。 もともと公企業だった韓国通信を2002年に完全民営化して、 政府の株式をすべて売りました。 現在、KTの最大株主は国民年金です(持ち株比率約11%)。 そして持分の半分に近い48%を外国人資本が握っています。 KT会長をはじめとするCEOは他の財閥と違い、職位を世襲できません。 たいていは政権が変わるとそれによって更迭されたりします。 総帥がいないKTは、株主の利益のために最も先頭に立っているのです。 たとえば2017年基準、KTの当期純利益は4千6百億ウォンでしたが、 このうち半分を越える2千4百億ウォンを配当金として配りました。 その前にもKTは2010年代はほとんど毎年、少なくとも1千億ウォン、 多ければ6千億ウォンもの金を株主に配りました。 しかしKTの労働者たちは90年代後半に民営化作業が本格化して、 常時的な構造調整により現在までに4万人ほどが追い出され、 現会長の黄昌圭(ファン・チャンギュ)が就任した2014年だけでも 8千人が整理解雇されました。 公共財の通信網で利益を集め、経営陣と株主が祭りをしている間、 労働者と国民が得た利益は「1回」もありませんでした。 株主還元を名目として途方もない社会的な富が虚しく消えることもあります。 代表的なものがまさに自社株買入消却による株価上昇でしょう。 会社が自己株式を買い入れてなくすことですが、 こうなると発行株式数が減り、1株の価値は上がります。 何の社会的価値も作り出さないのに、既に株式を保有する株主は株式価値の上昇で利益をあげます。 また持ち株比率が少なく、経営権の維持と世襲が重要な総帥一家は、 これによって自分たちの持ち株比率を上げることができます。 自分たちが保有する株式数はそのままなのに、発行株式数の全体が減るからです。 そしてここに入る金は全て会社の金、つまり公金であり、 労働者が働いて貯めた利益です。 サムスンは2015年から2018年まで、何と60兆ウォンの金をこうして株式消却に使いました。 現代車も総帥一家の三代世襲の準備をするにあたり、 本格的な自社株消却を始めています。 昨年だけで約1兆ウォンほどを投入するといっていました。 株主が支配する会社だと言っても、労働者たちに親和的でもなく、 社会的利益を増進するわけでもありません。 むしろその反対のことが多いです。 先に言及した大韓航空の問題に戻りましょうか? もちろん労働者たちの基本権さえ剥奪して利益を享受してきた総帥一家を追い出すことは必要なことで、 何よりも労働者自らが切実に要求してきたことです。 問題は総帥一家がたとえ経営一線から追い出されても、 株主中心の経営体制あるいは専門経営者体制では特に良くなる状況を期待することはできないということです。 労働者のための、社会的利益のための企業統制は、どのようなものでなければならないのかという問題は、依然として残っています。 #3.社会主義にも社長がいるか国家が企業を所有したり、どんな形態であれ公的な株式を保有するからといって、 それだけで企業が民主的に運営されるわけではありません。 社会主義者たちは働く労働者たちが直接企業の運営を統制すべきだと主張します。 高位経営陣や企業主の独裁を労働者の民主的な決定構造に変えようということです。 もちろん、細々としたすべての事案ごとに労働者たちが全部集まって投票することはできないでしょう。 だが企業運営の主な職責を担当する人々を労働者が直接選出し、 いつでも召喚できるようにする方式で統制体系を作ることもできるでしょう。 「専門知識がない労働者がどうして企業を経営できるか?」と反問するかも知れません。 しかし今でもすでに企業運営で日常的な管理と会計などの業務は多くの管理職、事務職労働者たちが遂行しています。 すべての事項をいちいち経営陣や社長が決めるのではありません。 問題は会社の運営に重大な決定を経営陣が独占しつつ、 もしそれが間違った時の責任は労働者が抱え込むことになることです。 たとえば社会主義企業を一つ考えてみましょう。 部署ごとに労働者は代表者を選出し、彼らが一種の理事会の役割を果たす機構を構成します。 ここには該当企業の労働者たちだけでなく、企業の活動に影響される地域社会や関連産業からも代表者を派遣できるでしょう。 社会主義での企業の目的は、個別企業の利益創出ではなく、 社会的な必要を充足させることですから、企業の運営は該当企業の構成員に限られず、 関係のある共同体も参加できなければなりません。 この代表機構は必要なら専門家諮問を求めることもできるでしょう。 たとえば消費者の満足度をもっと上げるために、どのような点を補完しなければならないのかといった問題は、 企業外部の意見を聞く必要もあるでしょう。 ただし、重要なことは決定権を少数の専門家や特権を享受する高位幹部ではなく、 選出された代表者が持つという点です。 この代表機構が経営の全権を握るのではありません。 彼らは一次的に自分たちを選出したこの企業の労働者に責任を負います。 経営状況に対する情報はもちろん、重要な決定の内容と根拠、 その結果も労働者たちに公開して承認されなければなりません。 もし間違った決定をすれば、労働者たちはいくらでも反対意見を表出して決定の修正を要求する事もでき、 代表者を召喚したり交替することもできます。 もちろん特定の人たちがずっと経営管理業務を続け、別の差別的権力を享受する集団に変質するかもしれません。 これを防ぐための装置も必要でしょう。 たとえば今のように特定の職位にあるという理由で労働者とは比較できない程の報酬を受ける構造はなくなるでしょう。 彼らへの補償はどの程度責任をしっかり遂行するかにより、 労働者が社会的に合意する水準で決定できます。 #4.「誰に支配されるのか」を越えてこれまで個別企業次元で労働者たちの企業統制がどのような形式でなされるのかを簡略に表現してみました。 だが各個別の企業が自主的には労働者たちの民主的決定を保障するとしても、 やはり社会全体的には調整されないまま、 各企業の収益極大化を目的に運営されるとすれば、 結局資本主義企業に回帰するしかありません。 共同体全体の次元で社会的な必要による計画を樹立するのではなく、 個別企業が競争して各自生き残る体制が維持されれば、 利益をあげられない企業はつぶれ、 そのために経営の核心は収益創出に合わされるようになって労働者たちの意志決定構造は文字通り形式に過ぎなくなるか、 それさえ非効率的だと烙印を押されて消えることになるでしょう。 だから労働者たちが統制する民主的な企業は島のように存在することはできません。 該当企業の労働者がその一部でもある共同体全体の統制と有機的に連結しなければなりません。 社会全体の次元で企業が各自の収益性競争に追いやられるのではなく、 社会構成員の必要と欲求をさらによく充たせるように計画的に調整し、 さまざまな次元で組織された構成員の民主的代表体(地域評議会、産業評議会、全国評議会など)を通じ、 各企業がこの共同の目的によってきちんと運営されているのかを監督するでしょう。 ある人は、こうなればさらに多くの利益を追求する企業家精神がなくなり、 企業活動の誘引がなくなるだろうというかもしれません。 しかし逆に考えてみましょう。 収益を上げられなければ生存できないというくびきから抜け出す時、 企業と労働者たちは共同体の必要、労働者たちの欲求を充たすため、 さらに多くの創意性を発揮することができます。 労働者たちが暮らすためにやむを得ず、ただ言われるままに働く状態から抜け出して、 自分たちが直接企業運営の主体になり、自分たちの労働とその結果に統制権を持てば、 特権的なごく少数が決定権を独占する時よりもさらに躍動的なアイデアを提示することもできるでしょう。 そしてその結果、彼らが以前よりさらに多くの富を生産するようになる時、 それは企業主や株主の祝宴に捧げられるのではなく、 全てが労働者自身と社会構成員が享受することができます。 企業主や総帥の支配なのか、 さもなくば株主の支配か。 もうこの悪魔の二者択一から抜け出す想像力が必要な時です。(ワーカーズ51号) 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2019-02-20 20:27:52 / Last modified on 2019-03-04 20:05:38 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |