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韓国:乙支路の前世紀をつぶす再開発の旗 | |
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乙支路の前世紀をつぶす再開発の旗[ワーカーズ技術文化批評]清渓川、乙支路世運商街の技術と文化生態系の保存のために
キム・サンミン(文化研究者) 2019.02.19 18:11
▲1968年の世運商街(ソウル駅舎博物館所蔵) [出処:ソウル市] 昨年末、研究所の同僚と乙支路近辺で会議をしてから世運商街を探訪するために移動しているとき、 見慣れないが、なにかなじみのある風景に出会った。 金物屋や工具店、家具店などがびっしりと向き合った路地で、 いくつかの建物はすでに撤去中で、多くの店の閉じられた鉄の扉には 「団結闘争」や「再開発絶対反対」といった文字がスプレーで書かれていた。 この近辺の町はずいぶん前から「世運再整備促進地区」に指定されていたことを知ってはいた。 しかし真冬の鋭い寒さの中、半分ほど壊れた建物のスキ間で身をすくめていた野良猫の不安な目つきは、 そのような措置により誰かは昔からの生活の基盤から追い出され、 またどこかに追い出されなければならない状況だと話している。 世運商街と呼ばれるこの空間は、ソウル旧都心の鍾路から乙支路を通り、退渓路まで南北に長く位置する、 地図を見れば本当に「世の中の気勢が集まる(世運)」所ではないかと思ったりもする。 昌徳宮と昌慶宮、そして宗廟の南側から始まり、南山のすそまでまっすぐに続くこの特異な形態の建築物は、 まるで古い朝鮮の歴史が終わる所から、近代化された韓国の新しい歴史が伸びていくかのように見られる。 世運商街がある場所はソウルという都市の歴史でも、韓国の近現代史でも特別な空間だ。 世運商街は60年代末の朴正煕(パク・チョンヒ)時代に金玄玉(キム・ヒョノク)市長が推進し、 建築家キム・スグンの設計により建てられた韓国初の住宅商店複合建物だった。 ソウルの都心で住居と商業施設、公園と遊び場までが複合的に入り乱れ、 当時の理想的な都市建築物の姿を見せる事例であった。 言わば、開発を核心動力とした韓国の産業近代化時代の象徴であり、 ランドマークだったここは、 80年代以後スラム化し始め、今では低迷した地域に変わってしまった。 李明博(イ・ミョンバク)、呉世勲(オ・セフン)につながる民選ソウル市長は、 形ばかりの緑地と文化財復元を押し出して大規模な再開発事業を推進した。 そして朴元淳(パク・ウォンスン)市長以後には開発の論理以外に伝統と現代の美しい共生を夢見るような「都市再生」という概念が入った。 都市再生は人口減少、産業構造変化、都市拡張などで古びて捨てられた旧都心で多様な事業を行うことにより、 またそこに活気を吹き込むことを意味する。 再使用(reuse)やリサイクル(re-cycle)が役に立たなくなったのを役に立つものに生き返らせるように、 再生(re-generation)も役に立たなくなった空間に活気を吹き込んで生まれ変わらせることが目的だ。 再生なら、それは古い空間を完全に壊してその場所に全く新しい空間をたてる既存の再開発とは違い、 地域の住民の参加を基盤として都市空間を再概念化する事業であろう。 では世運商街周辺の都市再生はどうか? ソウル市はこれまで世運商街一帯を製造業の伝統を生かしながら 『4次産業革命』という新しい技術的革新を可能にする空間に作り直す計画をたてて、 さまざまな事業を進めてきた。 例えば2015年に推進した「建て直しプロジェクト」がそれだ。 「4次産業革命のプラットホーム」という誇張されたスローガンはともかく、 「メーカーシティ」という名称には世運商街の歴史的な意義と現在性、 そして未来の潜在力まで含むかなり具体的アジェンダが伺えたと評価できる。 世運商街一帯の職人が一生熟練してきた技術を若いスタートアップ創業者との協業により伝授したり、 多様なメーカーたちや芸術家が集まって、創意的な作業をできるのは、 この場所の歴史的な象徴性にも相応しい。 だが今の態度を見ると、こうした都市再生が単に旧都心の土建再開発に「文化」と「創意性」と「歴史保存」という糖衣をかぶせた名前でしかなく、 ジェントリフィケーションと何が違うのか疑わしい。 創業が必要な青年革新家と空間が必要な芸術家を、 地域の文化的価値と経済的潜在性を高める代理人として押し出しておきながら、 今度は彼らを追い出すつもりなのか? みすぼらしい世運商街のビルだけを残し、それをとりまく工具店や老舗、 多様な都市製造業の前哨基地を撤去して何十階の住宅商店複合アパートやオフィスホテルを作るとすれば、 いったい何が再生するのだろうか? 誰のための都市再生なのか? 逆説的なことに、韓国初の住宅商店複合ビルだった世運商街とその周辺の技術文化の生態系は、 土建再開発によるブランド住宅商店複合ビルができて消える運命に瀕している。 世運商街は技術と文化、事物と人間が相互作用することにより、 多様な分野の技術者たちが互いにつながり、協業することによって形成されてきた韓国近代技術文化の特徴的な場所だ。 外国の技術をコピーしたりリエンジニアリングする形で技術の習得を始めたが、 後になると独自のノウハウを蓄積して創意的なリバースエンジニアリングの方式で 本来の技術を越えることもあった空間だ。 現在、中国の技術の底力が生きている者この文化を経て、 宣伝(善戦)などの地で活性化したメーカー文化がその基盤だという点を考慮すれば、 世運商街のような所をこれまで荒れるまで放置しておいたことも、 突然再開発しようとすることも、たいへんな失策と見られる。 最近、反対の声が高まると、ソウル市が事業推進を中断して保存する方向へと整備計画を再検討すると明らかにした。 国家の製造業が没落していく状況で、霞をつかむような4次産業革命を叫ぶことは、 砂上の楼閣を積むことほど無駄なことだが、 霞をつかむようなシュプレヒコールをあげても長い間、 自然に形成されてきた技術と文化の生態系を守り、再生し抜きたい。 諸人ジェイコブスが「米国の大都市の死と人生」で指摘したように、 都市を生かすのは人々が互いに出会い、子供たちに学びの機会を提供する通りと路地、 そして公園だ。 都市、あるいは地域という生態系は、美観を害するという理由できれいにならした後で、 すばらしい高層ビルを作ったところでよみがえるものではない。 乙支路の路地の隅々に数十年間共存してきたみすぼらしい店や老舗の食堂に、 なぜ若者たちが熱狂しているのかをまず理解してみろ。 1月20日は龍山惨事10年目の日だった。 相変らず人々は生活の基盤から押し出されている。 清渓川工具店の閉じられた鉄の扉に書かれた文字がまた見える。 「竜山惨事を忘れたのか」。 過去をきれいに拭い去った空間で、どうして未来の花が咲くだろうか。[ワーカーズ51号] 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2019-02-20 20:27:52 / Last modified on 2019-03-04 20:04:03 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |