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韓国:プラットホーム資本主義? 人生と労働の新しい「場」を組む方式 | |
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プラットホーム資本主義? 人生と労働の新しい「場」を組む方式[ワーカーズ]技術文化批評
キム・サンミン(文化研究者、〈文化/科学〉編集委員) 2017.08.04 15:08
プラットホームは語源上、周辺より若干高いところにある水平の平面を示す。 駅で線路より少し高く、乗客が電車に乗り降りする場所としてのホームとしてわれわれはしばしば記憶する。 プラットホームは聴衆の位置より多少高いところにある演説者の舞台を示したりもする。 英語圏では選挙に立候補する政治家や政党が打ち出す政見や公約を意味したりもする。 しかし最近、私たちに一番おなじみのプラットホームは、デジタルメディアやネットワークを使うビジネスモデルだ。 カカオトークはメッセージ・プラットホームで、ヨギヨのようなアプリは食品配達プラットホームであり、カカオドライバーは代理運転プラットホームだ。 もちろん、私たちがしばしばプラットホームと呼ぶのは、それだけに限らない。 私たちが日常的に接するメディアプラットホームのYouTube、FaceBook、ツイッター、ウィキペディアから、 小売業会社のアマゾンやアリババ、オンライン公開講座のムック(MOOC)システム、 交通を仲介するウーバー、旅行や宿泊賃貸のためのAirBNBは比較的よく知られたプラットホーム中心企業とサービスだ。 こうしたおなじみの領域だけでなく、エネルギーや金融、医療と農業、自動車や重工業の領域でも、 産業形態と企業経営方式がプラットホームビジネスにより再編されている。 言わば私たちがプラットホームと呼んでいるのは、いくつかのメディア企業やモバイル アプリケーション事業に限らず、 産業と経済活動の全般的な変化を追求している。 恐らくまさに私たちが日常生活をする過程で、プラットホームの影響下にないものはなくなるかもしれない。 では、プラットホームは全ての「場」を変える何かだと考えてみよう。 プラットホームという新しい「場」の登場プラットホームはどんな特性で新しい「場」を組む媒体になっているのだろうか? 基本的に、プラットホームには生産者が工場や事務室の中にいないという点を上げられる。 その言葉は企業が生産者、あるいは労働者を雇用する必要がないという意味だ。 プラットホーム企業の外部の生産者は、やはり外部の消費者とプラットホームを通じて相互作用し、 それぞれが望む価値を創出したり目的を達成する。 プラットホーム企業はプラットホーム(モバイルアプリかもしれず、企業の経営形態や新技術でもある)を用意して、 その「場」を開くことにより、誰もが消費者あるいは生産者として参加する機会を提供する。 そうなると、プラットホーム企業はまず内部の生産者、つまり労働者を直接雇用しないことにより、 四大保険のような各種の付帯費用と雇用主としての多様な責任を免じることができる。 労働者が集まって仕事をする場所を用意する費用も節約でき、 労働環境改善や賃上げを要求する労働組合を心配する必要もない。 生産者や消費者の立場としても、損をすることはないように見える。 余裕のある時間にアプリを使って自分の労働力や技術が必要な場所で働き、相応の代価を受け取れる。 サービス購買者あるいは消費者の場合にも、必要な時間と場所ですぐに商品やサービスの購買が可能だ。 このプラットホームというシステムの中では、まるでどこの誰も負けないファンタスティックなゲームをしているようなものだ。 しばしばユートピアと呼ばれる、完璧に自給自足ができる、ある理想的な共同体の「場」が実現されているかのように見える。 プラットホーム資本主義においてクラウドワーカーとして存在することこのように、生産と消費が一つの開かれたシステムの中で解決される理想的なガバナンスをプラットホームの「生態系」と呼ぶという点は、 あるいはその「場」の実体を明らかにするためのヒントかもしれない。 もちろんこの時、プラットホームの「生態系」は餌の鎖ではなく「価値の鎖」で複雑にからまっているため、 その鎖は循環する構造として形成されているが、 相変らず捕食者と被食者の関係、エネルギー(あるいは価値)生産者と消費者の関係が維持される。 一面自由に見えるプラットホーム生態系内の多くの生産者個人の労働は、 価値の鎖の一番根本的な段階でプラットホーム全体を食わせ、生かす役割を果たす。 構成員すべてがウィンウィンのように見える構造の中には、 実は物理的に(時には非物質的に)生体的な労働が、その構造全体を持続させるために捕食(搾取)されているわけだ。 この「場」で被食者の労働者あるいは生産者の位置は危険なことこの上ない。 プラットホームの形式で経済全般が運営される「プラットホーム資本主義」の中で、 労働者は「クラウド・ワーカー(crowd worker)」になる。 名目としては現代社会の自由な産業予備軍だが、 実質的には非正規職および失業者に該当する。 こうした「クラウド・ワーカー」の存在は、韓国では配達労働者や代理運転手に分かれる。 食品配達でも車両運転でも、需要がある所に適時に供給されるようにクラウド・ワーカーはプラットホームアプリを装着したモバイル機器(スマートフォン)を所持したまま、 あちこちに散った群衆のように動く。 プラットホームを通じて直接あるいは代行業者を経て注文(コール)が入ってくれば、 彼らは自分がいる場所を中心として注文を受け、その注文を「遂行」する。 顧客はプラットホームアプリを開いて注文の内容と場所を入力し、支払いをしさえすればよい。 プラットホーム業者はアプリを常にアップデートして、 顧客の評価とクラウド・ワーカーに対する点数だけを管理すれば良い。 しかし消費者(顧客)にサービスを提供するだけで、どこにも所属したり雇用されることなく、 ひたすらモバイルプラットホームアプリを通じてのみ付与される業務を遂行するばかりなら、 良いクラウド・ワーカーは労働の過程で必要になるすべての付帯費用を自分で払わなければならない。 プラットホームが私たちの経済を「枠」にはめ、新しい生活の「場」を組む世の中では、 まるで誰もが指で何度かクリックすれば(プラットホームと相互作用だけで) サービスと商品の取り引きを完了することができる単純ですっきりと自動化された「生態系」が成立するかのように見える。 だがプラットホーム資本主義の下で、われわれは誰もクラウド・ワーカーの運命を避けられない。 いや、われわれはすでにプラットホームが提供する「枠」の中でクラウドとして存在し、 単純ですっきりしているが危険な非正規の生活を送っているのではないのだろうか。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2017-08-17 18:29:35 / Last modified on 2017-08-17 18:29:37 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |