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LNJ Logo 韓国: #26:キャンドルのネットワークを越える政治プラットホームを待ちながら
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キャンドルのネットワークを越える政治プラットホームを待ちながら

[ワーカーズ26号]技術文化批評

キム・サンミン(文化研究者) 2016.11.23 14:49

[出処:ホン・ジノン]

11月12日の民衆総決起集会に参加していたとき、社稷洞のあるコンビニの前である中国人がぎこちない英語で私に話しかけた。 彼女はある程度英語ができるのだが、話すことが負担なのか、私が英語で答えるとまた自分のスマートフォンにある中韓翻訳アプリで質問するというような調子だった。 要するにどうすれば社稷洞の交差点から新設洞のホテルに行けるのかという質問だった。 私はスマートフォンの地図アプリを開いて道を見せながら、そこに行くためにはデモ隊を突き抜けて歩いていくか、地下鉄に乗って行かなければならないと話した。 何度も、彼女が宿舎に帰る方法を共に考えたが、私としてはタクシーに乗って大きく遠回りする方法しか教えてやれなかった。 しかし彼女はどの解決策にも満足できないかのように、ため息をつきながら背を向けた。

そして私はまた光化門広場の人波を突き切ってなんとか鍾路に向かい、両者の奇妙なコミュニケーションのことを考えた。 二人が3種類の言語を使いながら、スマートフォンのアプリの助けにより特別な困難なくコミュニケーションしたという点は、不思議な経験ではあった。 しかし静かに考えてみると、こうしたことは少なくとも二人の電話機がインターネットに連結していたからできた状況だった。 光化門広場一帯に入ると、スマートフォンのインターネットはまったくつながらなかった。 120万人も出てきた集会でも、私はスマートフォンがインターネットにつながらず、何もできないような無力を感じた。 まるで宿舎に帰れず、どうしていいか分からないあの中国人のように。

キャンドル広場のスマートフォン

その日集まった人々は誰もが片手にはスマートフォン、もう一方の手には「朴槿恵退陣」のプラカードやキャンドルを持っていた。 途方もない数のキャンドルを背景にしてセルフィーを撮ったり、プラカードを持った家族の写真を撮ってやったりもした。 どのようにキャンドル集会が進むのか、集会にどれほどの参加者が集まったのか、オンラインのニュースで確認し、 違う場所にいる同僚と合流するために携帯メールを送り、 集会現場の雰囲気を伝えるためにソーシャルネットワークサービス(SNS)に写真と動画をアップロードし、 友人たちがアップロードした情報を確認した。 散ったり集まったりしながら、デモ行進をして叫びながら、それぞれ、あるいは共にその瞬間を記録し、 一緒にその中にいることを、共に怒っていることを、あるいは共にしているということを喜んでいた。

私たちがまだ強く記憶している2008年のキャンドルから8年後、また韓国社会がキャンドルで訴える巨大な事件が起きている。 これまで保守権力が互いにバトンをやりとりしながら、あらゆる欲と不正と無能で国民の生活を疲弊させ、 不安定のどん底に落としこむ間にも、大小のキャンドルがあちこちで燃え上がった。 それらのキャンドルは力強く燃え上がったが、体制を変える力量で集結できない残念な叫びに終わってしまった。 セウォル号惨事以後、われわれは国民でもなく、市民でもなかった。 あえて言えば、国家を失った難民に近い生活を送っている。 だからわれわれはいっそ国家を捨てるべきではないかと悩みながら、これが国家かと問い直してきた。 8年経ったが、われわれは相変らず国家権力が蹂躙した国民主権を叫び、民主主義を復元しようと広場に出ている。 キャンドルは国家と社会の根本的な次元での再構成を要請している。

キャンドルネットワークの進化

2008年のキャンドルと今のキャンドルの間で、われわれはどんな違いを感じるだろうか? その間、多くの政治的、経済的、文化的、人口学的変化が起きたが、 上でみたような情報通信技術の発展は、私たちが経験するキャンドルをめぐる感覚的、感情的、あるいは身体的変化を即刻もたらしてきた。 今のキャンドル集会で、われわれは技術的な進歩と感覚的な進歩、さらに政治的な進歩の間にどんな関連性を発見できるのだろうか?

2008年のキャンドルは、女子中高生が触発し、ダウム・アゴラ、インターネット コミュニティ、個人ブログのようなオンライン空間を通じて組織され、拡張した。 キャンドルの主導者は一つに固まった群衆ではなく、各自自律的な個人で構成された「多衆(multitude)」とも呼ばれた。 当時のキャンドル市民は、広場にも、コンピュータの前にもいた。 ダウム・アゴラ、OhmyNews、アフリカのインターネット生中継が広場のキャンドルとすべての場所のキャンドルを繋いでくれた。 コンピュータの前に座ったキャンドル・デモ隊は、ノートパソコンを持って東奔西走しながら、 リアルタイム中継をするキャンドル・デモ隊にどの地点で何が起きているのかを調べてくれと注文し、 デモ隊はカメラがついたノートパソコンを持ってどこでどんな支援が必要なのかを現場中継した。 個人は自分のブログとコミュニティにキャンドル・バナーを付け、創意的でおもしろいさまざまな抵抗の方法を共有した。 直接キャンドル集会をリアルタイム中継したある人は、その経験をまるで自分がゲームのキャラクターのように動きましたと描写する。 家でキャンドル・デモ中継を見ていた彼らはゲーマーになり、カメラをただ中継者をゲーム・キャラクターとして活用し、デモに参加したわけだ。

2016年のキャンドルでは、もうそんな中継者は必要なくなった。 アゴラのような広場も今は特別な意味がなくなった。 この8年という時間にわれわれはスマートフォンとSNSという、以前はなかった革新的な道具を持ったためだ。 それぞれが手に持ったスマートフォンが自分を代表し、私たちすべてを繋ぎ、まとめる道具になった。 われわれはみんな片手にスマートフォンを持って、広場と路上と家と事務室と学校でキャンドル集会の現場を見ることができるようになった。 また誰もが手の中のスマートフォンで自分だけの集会中継ができるようになった。 さらには集会現場の情報は、ほとんどがツイッター、FaceBook、YouTubeに代表されるソーシャルネットワークを通じ、リアルタイムで急速に伝播する。 その上、報道機関のニュースが映さない所々の場面と知らせをあまねく表わす。

しかしスマートフォンとSNSの結合は、キャンドルを持った個人をネットワークで連結するのではなく、 彼らにそのネットワークを超過させる。 言い換えれば、キャンドル群衆の中の個人が記録して蓄積する各種の視点、携帯メッセージ、感覚のデータは、 互いに主体として連結しようとする熱望を超えた自分生活の記録の過剰としてネットワークにあふれ出す。 政治的な主体として持つ怒りと希望と熱望は、その過剰な記録の効果として発生するにすぎない。 スマートフォンとSNSはそのようなデータと主導者の沸き溢れる感情すべてを吸収し、 ある種の抽象的な傾向の流れを作りながら、雲の向こうの世界へと消える。 最近の米国の大統領選挙で敗北が確実視されたトランプ候補が当選したのは、 FaceBookを通じたウソのニュースの拡散と、その中でウソの信念に対する共感が一役買ったという点が指摘されている。 スマートフォンとSNSは全てを表わす代りに、その中での私たちの位置を、私たちが処した現実状況を忘れさせる逆説的な武器かも知れない。

代案的政治参加のプラットホーム

2010年の北アフリカのアラブの春から2011年のニューヨークのウォール街占拠、2014年の香港の雨傘革命に至るまで、 スマートフォンとSNSの結合は独裁の終末と民主主義の拡散をもたらすために大きな寄与をした。 それだけでなく、中東からヨーロッパに続々と押し寄せた多くの難民の手には、最後に残った希望のようにスマートフォンが握り締められていた。 それでもキャンドル市民の怒りと新しい秩序に対する強烈な熱望の中で、スマートフォンとSNSは何かの限界があるように見える。 われわれはそれを越えたもうひとつのオルタナティブなメディアが必要なのではないろうか?

崔順実(チェ・スンシル)のタブレットPC、チョン・ホソンのスマートフォンに保存されたデータは、 今この事態の核心的な証拠になる情報を含んでいる。 彼らが権力を乱用してコミュニケーションする方式は、私たちが抵抗して怒りを記録する方式とぴったり一致している。 この政権は大統領選挙のコメントアルバイトと国家情報院の介入により、そして今になって明らかになった青瓦台のイルベ(訳注:韓国の匿名掲示板サイト)管理等を通じて「作られた」政権だ。 これは私たちが日常的にSNSを使って私たちの政治的意見を交わし、対話する方式と決して違うものではない。 問題は、私たちが今のキャンドルを通じ、彼らの政治-技術的な道具使用の方式を大きく超えにはどのようにすべきなかという点にあるのだろう。

今、世界各国の代案政治勢力は、独自の市民政治参加と意思決定プラットホームを基盤として政治、社会システムの変化を試みてしている。 アイスランドの海賊党のエックスピラタ(x.piratar.is)、アルゼンチンのデモクラシーOS(democracyos.org)、米国のチェンジドットオルグ(change.org)、 台湾の零時政府(g0v.tw)、ニュージーランドで開発されスペインで使われているルーム・アイオー(loom.io)等、 多くのプラットホームは情報の透明性、反腐敗、直接民主主義などの旗じるしをかかげて新しい政党運動と結合し、大衆の人気を得ることにより議会に進出している。

世界のあちこちから聞こえてくる代案的政治-メディア・プラットホームのニュースは、 私たちに対して早くスマートフォンとSNSの単純な結合が持つ限界を越えるよう要請する。 もし私たちが今のキャンドル局面を打開できず、また民主主義と市民の政治を再構成することができなければ、 恐らくそれは市民が自分の民主主義を直接構成し、権力を形成する政治プラットホームをまだ作り出せないからということだ。(ワーカーズ26号)

付記
キム・サンミン-文化研究者、ソウル大講師、〈文化/科学〉編集委員。 メディア文化と技術美学分野の研究。 〈俗物と余剰〉共著、〈不純なテクノロジー〉共著、 〈デジタルセルフトラッキングの文化と技術〉著者。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2016-11-25 17:58:10 / Last modified on 2016-11-25 17:58:11 Copyright: Default

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