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サンシンブレーキ解雇1000日、「私たちが希望を作る」

1000日文化祭...使用者側の弾圧にも現場に変化の動き

チョン・ヨンギル記者 2013.09.13 11:25

「14年9か月と22日を働いたサンシンブレーキから自分の足で出てきたのではなく、 追い出された。その後、サンシンの現場が弾圧されるたびに『お前、しっかりしろ』 という言葉を聞いた。サンシンの鄭道��(チョン・ドチョル)会長と資本が 私を歴史の罪人にした。民主労組も守れない張本人になった。解雇以後、 工場の前に一度も行けなかった。法という枠の中で、また工場に行けないという 事実を知る。しかし私が生きていれば、サンシン資本と戦って勝てば、 解雇者4人を復職させられれば、死ぬまで戦う。鄭道��(チョン・ドチョル)、 お前は金で労組を潰したが、われわれは最後まで戦う」

2010年12月13日にストライキ座り込みを主導したことを理由に解雇された イ・ドグ前金属労組サンシンブレーキ支会長が解雇1000日をむかえ、胸の中の 恨を吐き出した。イ・ドグ前支会長を含む解雇者5人は、解雇1000日迎えて小さな 文化祭を9月12日午後7時、大邱市寿城区泛魚洞寿城ハイツの鄭道�逎汽鵐轡� ブレーキ会長自宅の前で肩を組んで復職のための再始動をかけた。

▲サンシンブレーキ解雇者で金属労組サンシンブレーキ支会組合員5人が肩を組んで文化祭参加者と「共に行こう、私たちのこの道を」を歌っている。左からイ・ドグ、キム・デヨン、チョ・ジョンフン、キム・ドンピル、チョン・ジュンニョ。[出処:ニュースミン]

国内最大のブレーキ製造業者のサンシンブレーキは、2010年の賃金団体協議で タイムオフ施行を控えて対立し、6月に労組がストライキに入ると、会社は8月 に職場閉鎖で対応した。

職場閉鎖の状況でも、管理職と離脱組合員により工場は稼動した。組合員への 個別の懐柔も始まった。不法ストライキ認定、配置転換同意、ストライキ不参加 を含む誓約書を作成すれば、現場に復帰できた。

2010年10月7日、ムン・ヨンヒ現サンシンブレーキ労働組合委員長が、228人の 組合員連名で総会招集を要求した。18日に使用者側は職場閉鎖を解除し、21日 には金属労組脱退を公約に掲げた執行部が当選した。当選した執行部は総会で 金属労組からの脱退を決めた。その後、使用者側は金属労組所属組合員5人を解雇した。

その後、組織形態変更無効判決、不当労働行為判決、職場閉鎖期間賃金支給判決 など、法の錘は解雇労働者側に傾いたが、使用者側は現在もびくともしない。

そんな時間が流れ、すでに1000日になった。

[出処:ニュースミン]

チョ・ジョンフン金属労組サンシンブレーキ支会長は「解雇者になって1005日、 入社してから解雇直前まで3865日、定年まで7774日残った。まだ通勤しなけれ ばならない日は多い。使用者側の弾圧より恐ろしいのは私たちの中の敗北主義 と冷遇だった。しっかりと戦えなかったという言葉に胸を痛めることもあった」 とこの1000日を回顧した。

チョ・ジョンフン支会長は「使用者側はずっと労働者をかたまらせないように する。現場労働者が解雇者と酒一杯飲むという理由で監視対象になり、一緒に サッカーをするという理由で監視された」とし、1000日がもたらした時間の重 さより大きな痛みを回顧した。

それでもチョ・ジョンフン支会長は明るく笑って話を続けた。労組が破壊され、 解雇者復職闘争委員会で1年、そしてまた解雇者5人で金属労組支会を設立して 屈することなく戦ってきた成果が現れ始めたのだ。

7月26日、企業労組のサンシンブレーキ労組と使用者側の賃金団体協議の暫定合意案が 組合員の投票で否決され、現場組合員が職場閉鎖期間の未払い賃金訴訟団に参加 することにも関心を見せ始めた。

▲チョ・ジョンフン金属労組サンシンブレーキ支会支会長[出処:ニュースミン]

チョ・ジョンフン支会長は「3年近い時間が流れたが、解雇者身分はそのままだ。 だが現場は変わっている。毎週火曜、木曜の宣伝戦のたびに迎えてくれる人が 増えた」とし「希望は誰かが代わりに作ってくれるものではない。私たちが 希望を作る」と話した。

ペク・チャンウク城西共対委(城西地域労働者住民基本権保障のための共同対策 委員会)共同代表は「熊が人になる時間も100日で良いのに、韓国は労働者が 1000日戦っても変わらない。サンシン労働者の労働を浅ましいものにする鄭道�� (チョン・ドチョル)会長を拘束しなければならない」と訴えた。

それと共にペク・チャンウク共同代表は「今日、送電塔反対でたたかっている 清道郡三坪里に才能教育の労働者たちが訪問した。2000日を越える戦いの末に 闘争で勝利して、連帯訪問のために訪問した。とても感激だった」とし「サンシン の労働者たちも闘争しながら生きていればきっと良いことがある」と話した。

キム・デヨン解雇者は「サンシンブレーキは、87年の労働者大闘争の後に民主 労組を作った。だが96年まで、1年に一回委員長が変わった。民主労組といえば すぐ解雇されたためだ。今まで解雇労働者が戻ってきたことはない。鄭道�邁馗� は『パイを大きくしなければ分け合って食べられない』と話したが、ブレーキ 業種1位になっても今まで復職した解雇者はいない」と鄭道�邁馗垢侶弍賃崚戮� 批判した。

40人が参加した小さな文化祭の間、鄭道�邁馗垢亮�宅があるアパートの住民から 抗議が入ってきた。抗議のために文化祭会場に来た住民は、鄭道�邁馗垢楼�い 人ではないのだから、ここでこんなことをせず法的に解決しろという趣旨の話を していった。

▲金属労組大邱支部事務局長をしているチョン・ジュンニョ解雇者。彼は「青年」という歌に解雇同僚の名前を入れて歌い、同僚と一緒に最後まで戦うという意を伝えた。[出処:ニュースミン]

チョン・ジュンニョ解雇者は「鄭道�邁馗梗�宅の付近で闘争をすると、地域の 住民はみんな良い人だと言う。不当解雇、職場閉鎖、不当労働行為、創造コン サルティングと結合した労組破壊...法的判決が出ても何一つ守らない」とし 「鄭道�邁馗晃朕佑�悪い人だというのではない。私たちが鄭道�邁馗垢鮃澗�し ろというのも、資本と労働者の不公平な関係を変えなければならないというこ と」と話した。

ファン・スンギュ統合進歩党大邱市党委員長も「区議員なので会社の社長とよく 会う。普段にはマナーもよく良い人なのに、最低賃金、労働者の話が出てくれば 変わる」とし「法的に正当な問題、進歩政治がすべき役割だ。そのような世の中 を作るのに一緒にする」と連帯の意を伝えた。

解雇者と共に連帯に来た労働者たちは、2時間の文化祭で気持ちを分けあった。 最近になって長期闘争事業場が多くなったとはいえ、1000日という時間はたい へんだっただろう。カン・グミョン ワリョンベウムト(教室)教師、シン・ジェ ファ大邱労働世の中事務局長は歌で解雇者の心に触れ、大邱一般労組は解雇者 にバラの花一輪を渡して連帯の暖かさを伝えた。(記事提携=ニュースミン)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可( 仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2013-09-15 04:11:23 / Last modified on 2013-09-15 04:11:23 Copyright: Default

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