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18歳の少年チョンダウリ、江汀村漂流期

[インタビュー]最年少の江汀村守備、4か月の記憶

済州=チョン・ジェウン、ユン・ジヨン記者 2011.09.28 18:01

18歳の少年チョンダウリ氏が『海軍基地反対』を主張して江汀村で約4か月暮ら した。海軍基地反対のために全国各地から集まった活動家のうち最年少だ。

最年少の江汀村守備だが、取材は最高に難しかった。インタビューでは遠回し に話したり、形式的な話をする人がいるが、チョンダウリ氏は自己検閲なしで 率直な話を吐き出した。少し感傷的な質問をすると、つらいと言って身を震わ せた。

彼がインタビューの間、頼んだことは『率直なインタビュー記事』を書いてく れということだった。また必ず自分が送った顔写真を入れてくれという要請だっ た。そういえばまだ彼は思春期の少年だ。18歳の少年が江汀村で漂流し、4か月間、 何を感じて行動したのか、率直な話を構成したい。

写真とギターが好きな18歳の少年、訳もなく江汀村に

チョンダウリ氏は5月18日、江汀村に来て荷物を解いた。済州島を一人で旅行し ている時、『一度江汀村に行ってはどうか』というお父さんの勧誘のためだっ た。海軍基地をはじめ社会問題にはあまり関心がなかった彼は、とにかく江汀 村を訪問した。計画になかった訪問なので、これほど長くここで暮らすことに なるとは思わなかった。

[出処:チョンダウリ]

「済州島を自転車旅行をしていると、両親から一度江汀村に立ち寄れと言われ ました。お父さんが牧師で、江汀村で活動している牧師さんとも親しいのです。 私は本来社会問題に関心はありませんでした。海軍基地問題もよく知らなかっ たし。それで何も考えず一度きてみました。それなのに、こんなに長くなりま した」。

そんな彼が一人で4か月も江汀村にいた理由を尋ねた。返事は簡単だった。

「とにかく家を出たことが楽しかったんです。ここには教えてくれる人も多くて...」

4か月間も江汀村にいれば、その年齢のほとんどが通う学校はどうしたのか気に なった。予想通り、チョンダウリ氏はすでに学校を止めていた。その代わりに 旅行をして、一人で勉強をして、写真を撮る。特に英語の勉強をしているという。 だから外信記者とよく基本的な意志疎通をしていた。

「学校が自律的でないのが嫌でした。だから先生とは仲が良い方ではありませ んでした。中学校の時に学校を止めました。そうして2月にフィリピンを旅行し て、『生命ヌリ』という団体と2か月間インドで奉仕活動をしたりもしました。 子供たちと共に放課後の活動をして、幼稚園や小学校子供を集めて踊ったり、 カード遊びをしたりもしました。

普段は勉強もして仕事もします。朝起きるとまず英語の勉強をして本を読みます。 小説が好きです。そして午後には農作業を手伝います。お父さんは牧師ですが 農作業をしています。英国の音楽が好きで、趣味でギターも弾きます。サッカー も好きですが、主にプレミアリーグを見ます。そして最近、一番関心があるのは 写真です」。

写真が好きなチョンダウリ氏は、4か月間、江汀村の人々と事件をカメラに収め た。インタビュー中ずっと元気がなかった彼は、写真の話が出ると自然に言葉 が多くなった。写真を見せてくれというと、カフェにアップロードした写真を 次々と見せてくれる。色感と雰囲気が良い写真だ。5か月間、江汀で記録してき た話だ。

江汀村で見た『人々が生きる世の中』...5か月をいさせた力

訳もなく江汀村を訪問した翌日、紛争が起きた。クロムビ海岸のハルマンムル 食堂を撤去するため、警察が押しかけた。当時現場にいた8人が連行された。初 めての光景で衝撃が大きかった。まだ江汀村に居着く前に発生したことだった。

「とても驚きました。人が連行されるのは初めて見ました。それを見てとても 興奮しました。私が見ても、ああして連行するような状況ではありませんでした。 ここでは毎日こうなんだと考えました。その後も工事する人々と毎日戦いました。 私は海軍基地工事を防ごうとする人々を後で助け、場面を写真で撮りました」。

[出処:チョンダウリ]

8月24日、カン・ドンギュン村会長をはじめ3人の住民が連行、拘束され、9月2日 には大規模な警察兵力の投入で、35人が連行された。チョンダウリ氏は現場で 全てを見ていた。社会問題には何の関心もないと思っていた彼に、『社会』という 生々しい現場が近付く契機だった。江汀村の人々の怒りがそのまま彼の怒りになった。

「8月24日にカン・ドンギュン会長が連行された日、一人で工事現場で泣きました。 説明はできませんが、何もわからないまま涙が出てきます。その時、多くのことを 感じました。住民が暮らしている土地に海軍基地が入ってくるわけでしょう。 それなのに住民の同意も受けていません。工事で自然も破壊され、生命も皆死にます。 いくら民軍複合型寄港地でも、江汀には絶対作らせることはできません。

大韓民国の国民もバカです。いくらここが小さな島でも、自分のことでなけれ ば関心がないのです。海軍基地ができた時のさまざまな問題が、そのまま自分 の事にならないので、その深刻性がわからないのでしょう。ひどいと思います」。

チョンダウリ氏は今ますます他の人々の人生を見ることができるようになった。 他人の生と自分の生がからまり、それがまた社会と呼ばれるということも悟っ た。『奉仕』ではなく、江汀村のでき事に住民と同じように怒り、彼らの生に 入りこんで暮らし、君と私が『私たち』になった時間が彼の悩みを深めた。 同じ年頃に比べて早い経験だ。

「本当に多くのことを学びました。他の人の事には全く関心がなく、私の事に だけ関心があったのに、警察と海軍がすること見て、こうして暮らしてはいけ ないと思いました。映画に出てくるような場面や話が発生し続けるのに、本当 に社会にこんな部分があるんだなと感じます。

社会の矛盾した部分も見ました。済州島が世界7不思議選定のために大騒ぎして いるのに、まさに海軍基地を作って自然を破壊しています。それは本当に矛盾 していて狂っていると考えます。みんな、考えているのかわかりません」。

また江汀の地を踏む日を待って...

「またくる時は全てがそのままならうれしい」

チョンダウリ氏とのインタビューから一日後の9月21日、村会館に緊急ニュース が伝えられた。誰かが一人で江汀入り江から泳いでクロムビ岩に到着したとい う知らせだった。フェンスで囲まれていて、陸地からは行けないクロムビ岩。 そこに入るために泳いだという人と会うために、江汀入り江の現場に到着した。 泳いだのは誰かと聞くと『チョンダウリ』だと言われた。

9月22日はチョンダウリ氏が江汀を離れる日だ。こちらを離れる前にクロムビ岩 を最後に踏んでみたかったのだ。

▲江汀入り江でクロムビ岩まで泳いだ後、よろこぶチョンダウリ。

20日のインタビューの途中、チョンダウリ氏は動画を作るのに忙しかった。帰る 前に住民と活動家にお土産にしたいと言う。村の住民をはじめ活動家約100人の 写真一枚一枚を編集していた。帰る前日の夜、キャンドル集会で上映する動画だ。

「帰るのはさびしいです。ここにきて、人々とつきあう方法も学び、とても仲 よくなったのに... 特に拘束されたドンウォンさんが出てくるのを見られずに 帰るのでとても気がかりです。それでも内部の事情もあるしし、ソウルでもっ と勉強もしたいし、一応帰ります。でもきっとまた戻ってきます」。

帰る前夜のキャンドル集会。チョンダウリ氏は住民と活動家に映像を上映して、 ギターを弾いて歌った。彼が選んだ歌は『岩島』と『君に私は、私に君は』だ。 クロムビ岩と共にした人々を思い、苦労して選んだ歌だ。

そうしてみんなとの最後の挨拶をしたが、チョンダウリ氏はまた江汀村に戻る と決心している。特に写真をがんばって勉強し、戻ってきた時は変わりのない 江汀村を美しく写したいという。

「家に戻ったら写真の勉強を熱心にするつもりです。また江汀村に戻り、もっ と素敵な写真を撮りたいです。済州島の方言をあまり習えなかったのでさびしい。 とてもぎこちなくてできません。練習しなければ...

そしてまた江汀に戻った時は、ここの姿や人々がどうにか変わらなければいい ですね。それなら本当に良い写真が撮れそうなんだけど...それが私の願いで す」。 (メディア忠清、チャムセサン合同取材チーム)

[出処:チョンダウリ]

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-09-30 07:01:23 / Last modified on 2011-09-30 07:01:24 Copyright: Default

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