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「済州海軍基地、現場制圧へ」

[インタビュー]コ・グォニル 江汀村海軍基地反対対策委員長

済州=チョン・ジェウン、ユン・ジヨン記者 2011.09.25 12:46

9月2日以後、クロムビ海岸などの海軍基地工事現場はフェンスで囲まれ、海軍 は本格的な工事を始めた。村の住民は今、一日中クロムビ岩が砕ける声を聞か なければならず、海軍の行政代執行の警告に常に緊張して暮らしている。

それだけ難しい状況だが、住民と活動家はまだクロムビ海岸を懐かんで、海軍 基地反対闘争をしている。また彼らの戦いに政界と市民社会も賛同しているよ うだ。4年半もの時間、白旗を揚げなかった彼らが作り出した成果だ。

9月2日、公権力の投入と共に、中徳三叉路の櫓に上がった江汀村海軍基地反対 対策委のコ・グォニル委員長も、これまで粘り強く戦ってきた。紆余曲折が多 く、長い時間を耐えなければならなかった闘争だが、相変らず彼にはこの戦い に希望がある。たとえ今、クロムビ海岸がフェンスで囲まれても、みんなの気 持があふれる日、またクロムビ岩を踏めるという希望だ。もう一度、みんなの 力を装填しているコ委員長に会って、現在の状況と今後の計画を聞いた。

▲コ・グォニル対策委員長

9月2日の明け方、公権力が投入された時に櫓の座り込みに突入した。櫓に上がっての闘争はどんな気持だったか、櫓座り込みを解除するまではどんな過程があったのか。

櫓にいた時、一番切実だったのはトイレだった(笑)。トイレに行きたくて、一 日中大変だった。幸いムン・ジョンヒョン神父に、話があるから少し降りてこ いと言われ、その時とてもうれしかった。

事実、そこで櫓を死守し続けるかと考えた。だがその決定は容易ではなかった。 当時、カン・ドンギュン村会長も連行された状況で、私まで孤立すると村の人々 との意思伝達がうまくできないという部分があった。またその時は私に逮捕状 が発行されたといううわさもあり、緊急逮捕するという話もあった。警察も、 直接『降りてこなければ逮捕するほかはない』と警告していた。

自由な会議もできず、現場で闘争もできなかった。だからここに居続けてはい けないと思い、身動きの幅を広げるために出てきた。刑務所も行った人は分か るが、私は拘禁された時間がたった25日だったので刑を受ける気持ちはよくわ からないが、覚悟はしている。国政期間中、できるだけ政治、世論をする。

▲9月2日、警察が強制的に中徳三叉路にフェンスを打っている。特に中徳三叉路は文化財発掘地域だ。海軍と警察は文化財発掘地域にもフェンス工事で杭を打ち込み、鉄条網を打った。

▲9月2日明け方、警察を投入して中徳三叉路に最後のフェンスを打ち、人々を強制連行した時、コ・グォニル委員長は中徳三叉路の櫓に上がって座り込んだ。

9月15日に国会を訪問して国会議員と面談した。面談で村の住民は△追加尽力投入中止△即刻工事中断△予算執行中止、事業全面再検討△拘束者釈放を要求した。政界の反応はどうだったか

民主党国防委所属の議員には軍出身者もいて、軍事施設には『無条件支持』の 立場の人もいる。特に江汀村海軍基地が盧武鉉政権の時に決定したので民主党 としても政治的な負担が大きい。それで「済州海軍基地問題は1993年の金泳三 時期から進められていたので、原罪はハンナラ党にある。また、国民参与党と 民主党がこの問題に終止符を打たなければならない。民主党が動いてくれ」と 要求した。民主党側も快くこれを受け入れた。

政界の動きが海軍基地工事中断にどれほど成果をあげられると期待するか

事実、政権が変われば民主党がこの問題を解決すると言うが、われわれは半信 半疑だ。現在の野党が言う論理は、政権が変わった後も有効なのか、私たちの 立場としてどこまで信じられるか分からない。特に安保問題は政権が変わると、 その政権の好みの方向に変化する。その渦中で国防部は武器開発、武器導入、 基地建設などの強硬な立場を最後まで固守する。政権が変わっても期待できな い理由だ。

だから何よりも安保に対する国民の合意が必要だ。国民大討論会が起きるほど 海軍基地問題が熱く広がり、そして国際的な問題に昇華させて解決しなければ ならない。国民的合意により、国防、外交政策を定立しなければならない。そ のためには、世論化の作業が一番重要だと思う。特にマスコミでは事案の一つ 一つを見ようとするのではなく、問題の根本核心が何かを最後まで追跡する 集中分析をしてほしい。

野党は民軍複合型基地ではなく海軍基地建設で強行されていると問題提起をしている。結局、民軍複合型基地建設のための工事中断と全面再検討を要求しているわけだが、これについての立場はどうか

寄港地は補給のためだけの港だ。莫大な敷地を使う必要がない。もしクルーズ が入るだけの接岸施設を設置するのなら、今の規模の1/3程度だ。済州外航より 少し大きいだけだ。だが基地ではなく寄港地だとしても、江汀に入る理由はな い。既存の港でも十分だ。特にもし寄港地なら、海軍が出てきて作らなかった だろう。観光美港の推進自体がまったくおかしい。

工事強行だけでなく行政代執行にも対応しなければならない状況に置かれた。対応方法があるか

市民社会団体と住民だけの戦いなら困難があるだろうが、現在は宗教界と政界 も参加し、政府も力で強引に押し通しすのは難しい状況だろう。また、いくら ハンナラ党が勝手にしようとしても、少数野党だが、彼らを難なく押し通せな いだろう。行政代執行を延期する理由も簡単に野党に手を出せないからだ。

行政代執行が実施されてサイレンが鳴れば、住民、活動家が非常体勢に突入し、 共に防ぐというのが合意した事案だ。その状況でなければ、できるだけ世論戦 を展開し、政界を動かす方法を考えている。平和バスと平和飛行機の持続的な 作業で、重要な世論を作り出す時だろう。

現在、工事が強行されている状況で、これを防ぐには住民と活動家の自発的な 動きが一番重要だ。もちろん警察の不法連行と拘束があるので萎縮するかもし れず、行動を決心するまでに時間がかかると予想する。器から水があふれるよ うに、人々の気持があふれ出す時、みんな現場に入るだろう。21日に三人の住 民と活動家がクロムビ岩に入ったのも同じだ。今、そんな人たちの力が集まれ ば、小さな動機でも私たちが現場を制圧することができる。

海軍基地建設によるテチョン洞発展計画も問題になっているという。住民をはじめコ委員長の立場は

発展計画ては、ばかばかしい話だ。特別法で、別に法律を制定して特別な財政 が別に出てくるのではない。積極支援するというが、予算は済州島の予算で、 場所だけを変更した。本当に発展計画なのかといえば、結局は面目だけで本来 使われる金だ。特に政府の発展計画は何でも開発が中心だ。農民の人生を破綻 させようとする。ウ・グンミン済州道知事は『済州島は農業の割合が過度に高 い。15%以内に減らさなければならない』と言った。農民の生存権と食糧主権を 放棄して、軍事主権は渡すという。いくら発展計画がよく作られ、うまくやっ たとしても、海軍基地ができればどうせ軍事都市になる。

7500人が常駐する海軍基地だと言うが、そのためには今の事業敷地はとても小 さい。われわれは明らかに海軍が施設を広げ、江汀村の住民の生活の場所が小 さくなると思う。海軍基地ができれば発展計画であれ何であれ、何一つ意味が なくなる。軍事基地ができる以上,保護区域設定、交通統制、高度制限、窓方 向制限、開発制限がかかり、自由に家をこわすこともできなくなるが、どんな 意味があるか。

江汀村海軍基地の戦いは、もう4年半になる。反対闘争で一番大変だった時期はいつか

昨年9月から11月まで、人々がまったく集まらなかった時期だった。活動家は全 くおらず、住民の参加も少なかった。その3か月間、1人デモをしたが、その時 は本当にこれで終わるかと思った。最初の1か月は来る人がいなかったが、以後 チョンファンさんが毎日マッコリを買ってきてくれ、キョンボも参加した。マッ コリチームができたわけだ。年配の方は通りがかりにつらくないかとマッコリ を買って、酒代も出してくれた。その過程で、少しずつ力を得た。

動力がない状況で、残る方法は江汀村に活動家を引き込むことだと考えた。 チェ・ソンヒ氏が江汀村事態を徹夜で翻訳して外国に知らせ、私と一緒に3か月 一人デモをした。市民社会団体にも連帯を要請した。幸い平和と統一を開く人々 が、昨年末から江汀村問題に参加し始めた。当時、村の住民には外部勢力を引 き込むといって、おかしな人だと扱われた。

今年の1月、開拓者たちが訪問し、2月には生命平和決死隊が江汀にきた。私た ちが100日巡礼を江汀でしてくれとお願いした。それから3月1日、生命平和決死 隊が村で100日巡礼をした。開拓者も3月にまた入ってきた。平統サは、4月から 常駐を始め、最後まで一緒に行くと話した。全国の団体を結集するには、ちょっ とした実務専門担当チームが必要で、平統サが担当した。

4月にはムン・ジョンヒョン神父に連絡をした。ムン神父が自分は負ける戦いし かしたことがないと極力遠慮した。電話を切った後、とても泣いたといった。 自分を必要とする人がいるのに、体調が悪いことを言い訳に休んでいいのかと 悩んだと理解している。結局ムン神父が7月に来た。その時は本当に感動したし、 今も考えると涙が出る。一瞬一瞬が峠で、全く前が見えない時期を通ってきた ようだ。

▲10月1日。平和飛行機、平和バスに乗って来た人々が江汀村海軍事業記者団向かい側の運動場に集まって大規模な平和イベントを開く。

10月1日、2次平和飛行機が飛ぶ。済州道民と全国の国民に平和飛行機の参加を要請するメッセージがあれば

江汀を守ることが平和を守ることだ。2007年12月、江汀村を生命と平和の村と 宣布し、生命と平和を救う運動をしている。誰かが平和を『皆が一つの場に座っ て飯を分け合って食べること』だといった。韓国社会が平和な社会になるため、 ボロを着て迫害された者たちが『一つの場』にくる。われわれは平和のために 戦っている。そのために江汀問題は江汀海軍基地だけの問題として扱われる戦 いではない。強者も弱者も、皆が一つの席でご飯を食べられる社会を指向する 運動で、これがまさに江汀を守ることだ。国民に平和飛行機、バスの賛同を訴 える。『江汀を頼むから助けてください』(メディア忠清、チャムセサン合同取材 チーム)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-09-26 00:35:17 / Last modified on 2011-09-26 00:35:24 Copyright: Default

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