本文の先頭へ
LNJ Logo 韓国:利川冷凍倉庫火災の原因と健康不平等
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 1200647727841St...
Status: published
View


利川冷凍倉庫火災原因と健康不平等

[ソン・ミアのコラム]経済恐慌10年、健康不平等深化の歴史

ソン・ミア(江原大)/ 2008年01月14日16時18分

経済恐慌10年は社会不平等の深化、健康不平等の深化

連日起きる大事故は、ほとんどが人災だが、その発生様相が時代に遅れて、在 来的な災害の様相を示しており、私たちが今どの時代を暮しているのかわから ないような状況だ。利川のコリア冷凍倉庫火災もそうだ。狭く、火災の危険が 高い作業環境の中で、移住労働者、非正規職労働者たちが被害に遭った。

サムスン財閥の圧力でまだ調査もできないサムスン電子労働者の白血病死亡事 例も、すでに法で禁止されているベンゼンや有機化合物など、旧時代的な有害 物質にさらされたことで発生した従来型の死亡事故だ。

70年代以前に退歩してしまった労働現場の中で、資本家の旧時代的な暴力によ り労働者が殺されている。社会は急変し、発展しているのに、何も持たない人々 が暮す所はなぜこんなに旧時代的に退行するのか? 社会不平等の深化のためだ。

経済恐慌の時、金大中政権と盧武鉉政権は、「健康公平性政策」を中心政策に 掲げた政権だ。特に2002年度に盧武鉉政府は[国民健康増進合計画2010 Health Plan 2010]の最終目標を『健康公平性確保』に置いた。ところが健康 不平等は深刻化し、政府の政策はオウムの声よりも小さい。

このように、経済恐慌10年は社会不平等の深化と健康不平等の深化の歴史だっ た。健康不平等の深化は、メデューサの頭のように次第に姿を表わし、私たち を限りない悲しみと苦痛の状況に追い込んでいる。

健康不平等の深化、誰が最も苦しむのか

私たちがあきれ、怒る利川冷凍倉庫の火災死亡事故や、サムスン工場の白血病 死亡の事例は、韓国社会が全般的に健康不平等深化により病んでいきつつある ことを示す断面に過ぎない。2003年、盧武鉉政府があれほど自信を持って堂々 と掲げた健康公平性政策、最も重要な目標の一つが余命を延長させることだっ た。しかし現実はその反対に行っており、それも急速に行っている。

経済恐慌以後、余命の社会的な差は増大し、高い社会階級集団ではすでに目標 とした余命に達したが、低い社会階級の集団は高い社会階級集団と比べ、相対 的に余命は延びておらず、余命の社会的な差が次第に大きくなっている。

経済恐慌前後の1995、2000、2005年の余命の社会的な差は次の通りだ。社会で 旺盛に活動を始める年齢の30-34才を見よう。彼らの余命は男子の場合、1995年 を基準として、小学校以下の集団が34.6年、大学以上が48.4年だ。だが2005年 には各々36.8年、50.9年で、小学校以下の集団と大学以上の集団で余命の差は 1995年に11.8年、2005年になると12.7年と大きくなっている。一方、女性の場 合、1995年を基準として、小学校以下の集団が47.8 年、大学以上が53.6年だ。 だが2005年には各々48.6年、54.4年で、小学校以下の集団と大学以上の集団で 余命の差が1995年には5.9年、2005年になると9.5年と大きくなっている。

1995、2000、2005年の10年の間の推移が、低い社会階級の集団(無学、小学校) と高い社会階級の集団(大学以上の集団)の格差が大きくなっていることを見る と、今後その格差はさらに増大するものと予測される。2000年12月金大中政府 はIMFの時代が終わったと宣言した。ところが、それから5年、10年が過ぎても、 不平等はなぜ引続き深刻化しているのか?

不平等深化の原因は何か?

経済恐慌以後の韓国の歴史は、不幸にも新自由主義の歴史であった。ブルジョ ア政権は、誰が執権しても差異がない。金大中、盧武鉉政権10年間は『目を隠 す新自由主義』を開花したとすれば、李明博次期政府はその生まれさえ資本家 階級管理者であり、すでに親資本、企業優先戦略と民営化戦略であらわれるよ うに、『よどみない新自由主義』に行っているということ、それが唯一の差で しかない。では、経済恐慌の危機の中でいかに不平等が深刻化されたのか?

1997年末に勃発した韓国経済危機は、韓国で新自由主義、新保守主義戦略全面 化の契機になった(イウンスク、2003)。『金大中政府は世界資本主義で新自由 主義を主導する超国籍資本とその利害代弁体として機能しているIMF(国際通貨 基金)に『救済金融』を要請する代わり、彼らが要求する内容、つまり新自由主 義戦略に立脚した政策手段を大幅に受け入れることで韓国の経済危機を突破し ようとした(イウンスク、2003)。

盧武鉉政府はどうだろうか? 盧武鉉政権は金大中政権と同じ方向で進められた。 つまり、新自由主義政策の延長だった(キム・ミョンロク、2004)。このように、 経済恐慌10年は社会の不平等が深刻化する決定的な時期であった。新自由主義 を標榜する金大中政権と盧武鉉政権は、経済恐慌の時期に『独占資本の過剰資 本を国家機関による不良債権買収、金融資本の増資、預金肩代わりなどの方式 を利用して国家が責任を取り、これに必要な費用を社会全体に転嫁』させたし、 私的独占資本の失敗を民衆の所得で補償する役割を果たした。すなわち、国家 による過剰資本を最も反民衆的、親資本的に処理することで新自由主義経済政 策の極を走った(キム・ミョンロク、2004)。

また独占資本は、新自由主義構造調整は相対的過剰人口の創出、労働権の弱化 などで資本蓄積の条件を形成した。独占資本は『独占資本間の世界的な競争体 制により加えられる圧力を克服するために、工場の移転などを武器に労働権と 環境権、民衆の生存権を悪化させた。かくして、資本の世界的な競争の圧力と 資本の移動性の増加は、韓国の資本家に、すべての労働を地球上で最も劣悪な 労働条件に基準を合わせるようにし、結局、労働者集団の下降平準化に帰結し た(キム・ミョンロク、2004)。

現在の資本主義社会の問題は、生産の費用を考慮しないということだ。職業の 不安定、労働強度、災害などの危険を看過することで、全般的な生活の質が悪 化している。商品中心の経済体制では生活の質に関する費用が無視されている のが実情だ。この結果、生活が破綻し、労働過程の間の生活の質が過労の危険 と職業の不安定として悪化しているのだ(Robert Karasek、1999)。

では、経済恐慌以後、作業場の労働環境はどう荒廃したのか? 金大中政権の時 期の1998年に導入された[派遣労働者保護のための法、いわゆる派遣法]で、 全労働者の50-60%以上が非正規職に転落し、2006年の盧武鉉政権の時期に再び 労働法改悪により、今非正規職が固定した労働者が1年ごとに職場を転々としな ければならないのは50%は失業状態で、半分の50%は雇用状態の半失業労働者が 増加している。

つまり1998年以来の新自由主義構造調整は、大量の労働者の解雇と産業予備軍 の増加、および一部の産業予備軍の非正規職への吸収の過程だった。非正規職 労働者たちは、低賃金構造と強い労働強度の中で健康の荒廃を味わうことにな る。労働強度の強化の根源は低賃金構造だ。低賃金構造下での非正規職労働者 は、労働の密度を高めないわけにはいかず、長時間の労働をせざるをえない。 こうした労働強度を強める促進要因は雇用不安だ。雇用不安は正規職労働者の 縮小と本来の正規職人員よりさらに少ない人員で満たされる非正規職労働者か ら発生する。このように、正規職労働者の代わりに入ってきた非正規職労働者 たちは、クビを切られないために最善を尽くし、自発的に労働強度を強化させ るようになる。

つまり、低賃金構造と不安定な雇用構造が非正規職労働者に長時間の労働と労 働密度が高い労働により、強化された労働を強要しており、このような労働強 度の強化によって死亡事故、災害、筋骨格系疾患増大、職務ストレスおよび疲 労度の増大、日常生活での健康障害が増加しているのだ。

結局、経済恐慌以後の10年間、われわれは新自由主義構造調整、不安定労働の 増加、労働強度の強化、貧困深化、社会階級不平等の深化、健康不平等の深化 につながる悪循環の連結の輪の中にあった。

代案はあるのか:労働時間短縮運動-死の苦役のような労働からの解放

社会不平等の深化と健康不平等の深化、『死の苦役のような労働からの解放』 には、まず実質的な労働時間短縮闘争でなければならない。

労働者たちが一日中過度な労働時間に苦しんめば、自由な時間は唯一寝る時間 だけだろう。明け方と夜の時間も出退勤時間で奪われていないか? こうした状 態で、資本家階級による労働の実質的な抱き込みから労働者たちが抜け出すこ とはできず、資本家階級のイデオロギーに飲み込まれるしかない。それで特に 資本家たちが資本家どうしの競争で苦戦している時に、時々一部の労働組合で 絶対に和解できない資本家階級との和合と調和の時代をひらいたりもする。こ れはまさに労働組合の判断力を曇らせる長時間の労働時間が作り出した『後遺 症』ではないか? 特に、1997/8年に経済恐慌が発生した時、会社を生かすため に労働者たちがいかに血の汗を流したか? 長時間労働をすればするほど労働者 には何も得るものがない。むしろ身体が壊れて命を縮めるだけだ。

現在、金属連盟は製造業者労働者の12時間夜昼体面交代勤務を解消するために [昼間連続8時間労働]を主張している。ここで重要なことは交代制自体をどう 構成するかではなく、実質的な労働時間が短縮されなければならないのだ。労 働者階級は毎年生産力が増加した部分に対し、実質的な労働時間短縮のための 闘争をしていくべきで、資本家階級にはいかなる状況でも労働時間延長を許し てはならない。また他の労働者が長時間の労働をすることを許してもならない。

労働時間短縮闘争は、新しい変革運動の基本だ(マルクス、資本論、1989)。労 働時間短縮闘争は、資本の階級闘争に対する労働の階級闘争という性格を持つ。 一歩進んで、労働時間短縮闘争は、単なる労働時間の短縮だけでなく、その内 容も変わらなければならない。つまり労働時間の短縮が所得の保障および生活 水準の問題、そして失職の問題だけに関連させてはならず、私たちの24時間の 時間は今、労働-時間で支配されるのではなく、活動する生-時間に配置されな ければならない(コ・ギルソプ2004)。

今、労働時間短縮闘争を全社会的に拡散し、総資本に対抗する闘争に拡大発展 させる時だ。そして、労働時間闘争の議題を政治的、文化的、社会的課題の領 域に拡散させていかなければならないだろう。

今すぐ労働時間を今の半分に、つまり12時間の半分の6時間に減らそう!!

代案はあるか:労働強度低下運動-強力な労働に強力に抵抗しろ

『労働強度の強化』は美徳として賞賛されてはならない。われわれには過度な 労働への寛大さがあった。私たちの隣人は『一日に10時間以上労働しなければ ならない』と言わなければ認めてくれず、なぜ一日、朝ちょっと遅くなると働 きに行かなくてもいいのかと心配するということだ。私自身も10分遊んでいる と怠惰が押し寄せてくるのかと不安になる。またある人々は週5日勤務制以後、 時間はあっても金はなく、行くところもなく、閉じこもって家にいると死にそ うだという。これはすべて資本主義が作り出した私たちの自画像であろう。

社会的風土として過度な労働が推奨されるのは、私たちが資本のイデオロギー を疑うことなく受け入れているためだ。資本主義時代は労働による搾取が社会 の富の源泉となるので、資本家階級は労働者が働けば働くほどいいではないか? この社会で私たちが取るべきは、金より時間だろう。

私たちが賃金の代わりに、または所得の代わりに時間を稼ぐことは、この時代 ではむしろ賢明な選択だろう。稼いだ時間で、裸足で山や野原に走っていき、 周辺の仲間と会えば具体的な方法が生まれるだろう。世の中をどう変革しなけ ればならないかについての。

代案はあるか:社会変革運動-意味ある運動の時間を伸ばそう

時間が余っても、することがないだろうか? もし私に何もできない時間が与え られれば、初めの何日かは呆然とした状態で、そんな言葉が出てくるかもしれ ない。一生を資本家階級のための労働の中で過ごすなら、自分が何を望むのか さえ忘れてしまうからだ。

しかし、われわれは『他人のための私的労働』から抜け出して、私たちの人生 を組織しなければなるまい。そのためには本当に多くの時間が必要だろう。 われわれは今からでも第一歩を踏み出さなければならない。

〈参考文献〉
1. カール・マルクス. 資本論1989. キム・スヘン訳、ビボン出版社
2. キム・ミョンロク. 新自由主義6年と民衆生活の変化. 図書出版現場から未来を、2004.3月号96号.
3. コ・ギルソプ. ある少数者の理由. 2004. 文化科学社
4. ソン・ミア、コ・サンベク、講演者イウンスク、コン・ジョンオク、キム・ジョンス、ソン・ハンス、ムン・ジェヨン、ソン・ジヨン、チョ・ヘヨン、キム・ヒョンミ、ソン・ジャンウォン、チョン・ジョンヒョク、チョン・ウク、チン・ウンジョン. 非正規職労働者の健康権保障方案用意のための実態調査. 国家人権委員会人権状況実態調査研究用役報告書. ;2002

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳)に従います。


Created byStaff. Created on 2008-01-18 18:15:27 / Last modified on 2008-01-18 18:15:28 Copyright: Default

関連記事キーワード



このフォルダのファイル一覧上の階層へ
このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について