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韓国:私のメディア活動を叫べ | |
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私のメディア活動を叫べ[記者の目] 「客観的な言論従事者」.. ひどい矛盾だ チョスビン記者/ 2006年07月25日16時37分 例え固い鋼鉄も、水が入れば切断が容易になる。鋼鉄にも「隙間」が存在する からだ。「隙間」はとても微細な空間を意味するが、同時に物理学的には性質 変移の最大の原因の一つであり、小さな力による破壊を意味する示唆的比喩と してしばしば使われたりもする。もちろん、市場が熟知した戦略(?)の一つで ある「スキ間市場」はこれに値しない。 そのような理由で、隙間は集会、デモ空間でしばしば比喩される単語の一つだ。 「闘争」自体がいわゆる世の中を変えるための「隙間」を自任するのだが、そ の他の闘争現場の中にはまた異なる形の「隙間」を自任する人々と容易に会う ことができる。既成ジャーナリズムに対抗する独立メディアの活動家だ。
韓米FTAに関する世論調査結果とは反対の世論が優勢といった報せに接すると きは、改めて彼らの力を実感するが、それでも彼らの活動が保障されていると 思ったら、それは確実に誤算だ。彼らの活動は「民衆言論チャムセサンはどこ ですか? 何をする所ですか?」といった警察の言葉で無視されたり、「記者証 を提示しろ」といった方式で制限されるのが常だ。もちろん記者は、飛び抜け た美貌とともに(^^)静かに記者証を提示して「民衆言論チャムセサンはインター ネット言論です」と優しく(?)語るセンスも兼備(?)しているので運良く取材が 可能だったが、いわゆる既成ジャーナリズムには含まれない独立メディア活動 に対する無差別な弾圧が発生しているというのは、良く知られた事実だ。 12日の非正規/長期闘争事業場労働者たちの東亜日報一民美術館屋上占拠に関 し、当時の状況を撮影していた韓国独立映画協会傘下の韓米FTA阻止独立映画 実践団ムンソンジュン監督が警察に連行された事実が伝えられたことが出発点 になったが、事実、独立メディア活動への公権力の弾圧は、耳にタコができる ほど前から聞かされている。わずかに屈辱的な検問を含み、カメラを壊された り、ひどいときには強制連行されるケースまで、弾圧の形態もますます高度化 している。
1998年のメーデー記念行事を撮影していた起亜自動車映像班員のイムムンスン 取材部長が特殊公務妨害致傷罪という罪目で拘束されたり、2001年大宇自動車 全面ストライキ当時に撮影していた大宇自動車労働組合映像班のイチュンサン 解雇労働者が警察の暴力で擦過傷を受けたりもした。最近では5月4日と5日に 平沢の大秋分校への軍警合同作戦当時、RTVピープルパワーのホンソンマン・ アンカーが記者証がないという理由で連行され、48時間拘禁された。平沢、ファ ンセウル放送局のメディア活動家が連行されたりもした。 最近のムンソンジュン監督連行に関連し、警察庁の公式回答はない。しかし、 警察庁の立場の概略は聞いている。25日に警察庁広報室のパクサンギョン警監 はチャムセサンとの電話インタビューで「報道機関記者であることが確認でき れば取材を保障している」とし「報道機関への基準や警察庁指針はないが、通 常的かつ客観的に報道機関に従事する人の取材権を保護する立場」と明らかに した。基準はないが「通常的かつ客観的な」という曖昧な基準が存在はしてい る。こんな状況だから、ホンソンマン・アンカー拘禁や、ムンソンジュン監督 連行、あるいはその他のメディア活動家の拘束および暴行が相次ぐのは当然の ことでしかない。 パクサンギョン警監は「肖像権侵害の問題があるが、撮影は自由」とし、「そ れでも連行されたのはデモに加担した現場指揮者の判断に従った」と明らかに した。
警察庁には報道機関への的確な基準が存在するわけでもなく、メディア活動に 対する権利も保障されるのが正しいが、とにかくデモ加担者だという現場指揮 者の判断で連行できるという警察庁側の立場は、つまり独立メディアの権利に 対する統制を公然と乱発するのだという同語反覆に過ぎない。映像メディアセ ンターのキムミョンジュン所長が「市民ジャーナリズムの拡散によりメディア 教育してどうするのか、現場に行っても撮影できない」と抗弁する理由もここ にある。 これは、独立メディア活動という概念の没理解によるもので、最近MBCが携帯 電話の写真と映像で記事情報提供が可能なシステムを構築したり、インターネッ トで一般人が撮影した動画や共有されるなど、一般人のジャーナリズムあるい はメディア活動が日常化している状況で、独立メディア活動への警察庁の理解 が差し迫った要求になるポイントだ。 これと関連して、文化連帯メディア文化センターのチョンギュチャン所長は、 「ジャーナリストという資格は国家や協会が指定するのではなく、真実を暴く ための意志、そしてこれを知ろうとする社会が判断するもの」と主張した。 特に最近の浦項建設労働者による浦項製鉄占拠についての言論の誹謗および宣 伝が乱舞する中、また警察が撮影した映像が堂々とYTNに放映され、報道機関 と資本、政府の三角同盟の中に見える「隙間」をこじあける多様で独立的なメ ディア活動に、まだわれわれの社会は渇いている。 故に「通常的かつ客観的なマスコミ従事者」という基準は曖昧を越え、実に 没概念的ではないか!! 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2006-07-30 00:11:41 / Last modified on 2006-07-30 00:11:42 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |