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太田昌国のコラム : ヤン ヨンヒが描く「家族の肖像」 | ||||||
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ヤン ヨンヒが描く「家族の肖像」私は、かの女のこれまでの映画をすべて観ており、著書も読み、出会いに恵まれた新聞・雑誌の記事にもだいたい目を通してきていると思う。私が2003年に刊行した『「拉致」異論』(太田出版。その後2018年に増補決定版が現代書館から発行されている)の核心のひとつは、歴代のDPRK(北朝鮮)政治指導部の路線に対する批判であった。その2年後、ヤン ヨンヒは最初のドキュメンタリー作品『ディア・ピョンヤン』(2005年)を発表したが、それは、大阪に住む、自らの父親を主人公にして、家族の肖像を描いたものだった。映画に描かれた父親は、DPRKの歴史を貫く、ただひとりの指導者に対する「個人崇拝路線」を微塵の疑いもなく信じる朝鮮総連の幹部としてふるまっていた。その政治的な頑迷さに、教条主義的イデオロギーの病を感じつつも、娘が向けるカメラを前に、ステテコ姿で酒を飲み、ときにポロリと本音を口にする姿は、否応なく親しみを感じさせるものだった。とりわけ、1959年に始まる「帰国事業」路線に忠実に、3人の息子をDPRKに「帰国」させたことに関して、「行かせなくてもよかったかもしれん」と呟くシーンには、教条と本音の裂け口が見えて、深く心に残った。DPRKとそれに忠誠を誓う朝鮮総連の本質を摑むためには、ヤン ヨンヒが複眼的に描く「家族の肖像」を見逃してはならない。そう、思った。 次の作品は『愛しきソナ』だった(2009年)。自らがDPRKへ赴いて、「帰国」した兄の娘、監督にとっては姪に当たるソナを軸に撮った「肖像画」だ。彼の地に生活している者も、外部から訪ねた者も、カメラを前に、何事にせよ率直にものを言うことは許されない体制の社会だ。いきおい、カメラは、誰にせよ沈黙の表情を捉える場合が多くなる。だが、沈黙もまた、物を言う――そう思わせる、すぐれた映像の連続だ。 そんななかにあってひとり黙りこくることがないのは、幼いソナである。DPRKでは電力不足で停電が日常的に起こるが、ある夜、電気が消えると、ソナは叫ぶ。「停電中のこの家はとてもカッコいいです。おお、停電だ。栄えある停電であります!」。誰もが、DPRKの、「首領様」を称えるあの有名なテレビアナウンサーの口調に重ね合わせて、見入ってしまうシーンである。 際どい表現を含む『ディア・ピョンヤン』を公開したことで、ヤン ヨンヒはDPRKへの出入りを禁じられる。家族の肖像をドキュメンタリーとして撮る方法を奪われたかの女は、自らシナリオを執筆して、フィクション映画『かぞくのくに』を撮る(2012年)。今回の書き下ろし『カメラを止めて書きます』はあくまでも実録として書かれているので、フィクションであるこの映画には、わずか一箇所でエピソード的に触れているだけだ。だが、ヤン ヨンヒとその両親が実際に体験したであろうエピソードがたくさん盛り込まれていると思われるこの映画もまた、想像上の肖像画として重要な意味を持つことには、もちろん、疑いはない。
そして、完成した『スープとイデオロギー』を初めてスクリーンで観たとき、切れぎれに伝えられてきたそれらの事前情報が、見事に昇華されて映画の随所に生かされていることを知った。映画だから、これ以上の言葉は要らず、観るしかない。 著者が本書の冒頭で行なっている「日本と朝鮮半島の歴史と現状を全身に浴びながら生きてきた私」という自己規定が、心に残る。著者は、そのようなかの女の作品が「人々の中で語り合いが生まれる触媒となってほしい」という。カメラと文章を通して、ここまで表現したヤン ヨンヒの望みに、及ばずながら、応えていきたい。 【追記】特集上映「映画監督ヤン ヨンヒと家族の肖像」が、来る5月20日から、東京・ポレポレ東中野で開催されるのを皮切りに、以後全国でも順次開催される。『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』『スープとイデオロギー』の3作品が、デジタル・リマスタリング版で上映される。 Created by staff01. Last modified on 2023-05-11 12:20:20 Copyright: Default | ||||||