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LNJ Logo 映画紹介 : セルゲイ・ロズニツァ監督『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』
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●映画紹介『国葬』『粛清裁判』『アウステルリッツ』(セルゲイ・ロズニツァ監督の3作品の同時上映)

「群衆」をとらえる視点―ドキュメンタリーって何でもありと思わず唸った

      笠原眞弓

 上記3本の映画は、セルゲイ・ロズニツァ監督が、近年発表したスターリンの死とスターリンの行った粛清、そして現代ドイツの人々の3作品を「群衆」というテーマで括って一挙に上映される。彼は20本ほどのドキュメンタリーと4本の劇映画を持つ国際的に知られた監督だが、日本では初紹介となる。

●『国葬』は死してなお主役のスターリンの葬儀


ⒸATOMS & VOI

 レーニンの盟友にして事業の天才的後継者、共産党とソビエト国民の賢明な指導者「1953年3月5日午後9時50分、ヨセフ・スターリンの心臓は鼓動を止めた」との号外から、レーニン廟に一旦は安置され、さらに改葬されるまでの記録。スターリンの葬儀は、全国200人カメラマンによって撮影されていた。そのフィルムが発見されたことから監督の目を通して再現された葬儀の様子である。

 労働組合会館円柱ホールに安置された遺体に最後の別れを告げられる人は一体どんな人なのだろうかと想像するのも楽しい。赤いバラで埋められた棺をはじめ、彼の写真が置かれた各地の広場のすべてで赤い花輪が積みあがっていくのだ。

 シベリアの奥地や少数民族の住む地域にも、工場の中にも徹底的にカメラが入り、人々は言葉少なに冷え込む野外に整列している。何を思って? 動員? 参列者のちょっとした表情、しぐさに、何か意味を感じて目を凝らす私。棺の横で泣いているスターリンの息子、それを支える妹がいて、そのわきでひたすらデスマスクの制作をしている画家や彫刻家たち。さすが芸術の国である。 

 興味深いのは、各国からやってくる弔問客を迎える飛行場。誰が誰だかの字幕もないが、写真で見たことのある人、覚えのない人がタラップを降りてくる。あの時代に詳しい人ならわかるが、人物紹介の字幕さえない匿名性、つまり「群衆」が、この映画の製作意図なのだと思えるのだ。

 レーニン廟での追悼会のトップに弔辞を述べるために長々しい肩書とともに紹介されたのは、ゲオルギー・マレンコフ。「スターリンの事業は時を越えて生き続け、我々と同じく子孫も感謝してスターリンの名を称えるだろう」というのだが…、実際は?

 全編に流れる弔辞が内容的にはあちこち引っかかるとはいえ、朗読者のトーンとともに、日本語字幕も抒情詩のように美しいことを、記憶にとどめたい。

●『粛清裁判』1930年暮れのインテリを対象とした事件


ⒸATOMS & VOI

 「大粛清」の前触れ的な事件で、労働者たち「群衆」の経済政策への不満を鎮め、インテリ層の国家忠誠を求めるために政府が仕組んだ事件だが、あまりに非人間的なやり口である。

 インテリ出身者たちがありもしない「産業党」を結党し、国家転覆を謀ったと8人が裁判にかけられる。彼らはみな一流の学者たちだ。ここで興味深いのは、彼らは全く身に覚えのないでっち上げだったにもかかわらず、まるで本当にそれらを実行したかのごとく、事細かに供述し、堂々と死刑判決を受けたこと。その裁判の実写フィルムなのだ。

 裏約束の有無は映画では不明だが、その後獄死した人もいたが彼らは恩赦を受け、「忠実な技術者」として勤め上げたらしい。

 経済がひっ迫して労働者の生活が苦しかった時期、インテリ層はそれなりに尊重されていた。彼らがいないと先進国の技術に学び、産業活動を活性化させなければ、世界から遅れをとることは明白。そのジレンマの中での粛清だったということらしい。

 その時の彼らの気持ちは? その判決を聞いて喜ぶ外の群衆は? と、興味は尽きない。

●『アウステルリッツ』戦争遺跡の中で人々は


ⒸImperativ Film

 この作品は、前2作とは違い、現代のドイツの戦跡の1つザクセンハウゼン強制収容所の撮りおろし映像である。しかも、なんか不思議なカメラワークなのだ。つまりカメラを動かさず「建物を撮っている。たまたまそこに人が通った」という感じなのだ。そうすることで人間を客観視しているともいえる。

 残酷な行為が行われた建物から出てきた人々は、思いおもいに休憩し、人をつるしたという柱の前でそのポーズの記念写真を撮る。入口の撮影スポット「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」の前では自撮りをする。

 負の遺産の前で、リゾート風の衣装で人々はどんな表情、行動をとるのか。なかなか奥が深く、感性が鍛えられるものだった。

 それぞれの時代のマスとしての彼らはどう生き、反応していったのだろうか。また、いま日本の群衆を構成する自分は……。

 モノクロの映像の持つ力をも感じさせられる作品だった。

*『国葬』135分、『粛清裁判』123分、『アウステルリッツ』94分/11月14日〜12月11日、シアター・イメージフォーラムにて3作一挙公開、他全国順次ロードショー


Created by staff01. Last modified on 2020-11-15 08:22:04 Copyright: Default

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