〔週刊 本の発見〕『お砂糖とスパイスと爆発的な何か−不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』 | |||||||
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毎木曜掲載・第129回(2019/10/10) フェミニスト批評の知的快感『お砂糖とスパイスと爆発的な何か−不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(北村紗衣、書肆侃侃房)/評者:渡辺照子私なりに批評の定義づけをさせてもらうとすれば、批評とは、何が面白いか、なぜ面白いかを他者にきちっと言語化して伝えるワザだと思う。だから「得も言われぬ味わい」などという表現はきっと許されない。 さらに、表出されたものを通して、それが意味するものを解読する営みだと言ったら少しは批評の役割がわかるかもしれない。特に、本書は「フェミニスト批評」と銘打っている。長い歴史の中で、男性による創作、視点、価値観が普遍的なものだと思われてきた、その限界と偏りが解き明かされる。 男性性は、普遍的なものではなく、これまで欠落させてきた女性の、つまりフェミニズム的な視点が、批評をより豊かにしてくれる、という一貫した姿勢がどの文章にもうかがわれる。 私も、これまでの人生の中で小説を含む文学作品や、映画・演劇等の芸術にそれなりに触れてきた。だが、登場する女性の描き方にステレオタイプが多く、感情移入や自己投影ができない場合が多々あった。男性作家による名作とされる作品において、それは珍しいことではなかった。女性の人格設定が画一的で物足りないのである。大雑把に言えば、「聖女・母・娼婦」が女性に課せられた、わかりやすいキャラ設定だろう。さらには、「男を魅了し破滅させるファム・ファタル」であるオスカーワイルド作の「サロメ」のような極端なキャラだ。(本書にもこの作品は登場する。)だが、実際の人間模様はもっと複雑で多様なのだ。それを作品で描いてくれたらなら、解像度の大きい写真のように細部が鮮明になるだろうし、そのおかげで気づかなかったことが見えてくるだろう。 著者はロンドンで博士号を取得したフェミニスト批評とシェイクスピア、舞台芸術史を専門とする大学の准教授。一年に百本ほどの映画、同じく百本くらいの舞台を鑑賞し、260冊もの書籍を読了するという知的タフネスにあふれた人物だ。 サブタイトルが本書の内容を示すのだが、メインタイトルの思わせぶりな感じがわくわく感を誘う。なにせ「砂糖とスパイス」に加え「爆発的な何か」なのだ。しかし、著者はこう言う。「タイトルは、イギリスの古い童謡「男の子って何でできてるの?」の歌詞からとったもの。(中略)私はこの女の子が「ナイス」(nice、つまり「素敵」)なものでできているというのがどうも引っかかってイヤだなと思ったので、そこを変えました。私たちは別にナイスなものではできていないし、ナイスになる必要なんてないんだ、という意味をこめたタイトルです。」と。つまり、「男性が勝手に祭り上げた女性像には乗っからない」という宣言だ。 批評の対象は、「鉄の女、マーガレット・サッチャー」、「嵐が丘」のような女流英文学作品、どこがフェミニスト批評なんだろうと思わせる作品である映画の「ファイトクラブ」や「バニシングポイント」等々。シェイクスピア「十二夜」に登場の女性を「ツンデレ」と分析し、男性にも逆玉をねらう野心からプリンセスへのロマンがあると評するなど、新たな視点を与えてくれる知的快感がたまらない。 フェミニスト批評だから当然、ディズニー作品にも言及する。フェミニストには評判の悪い女性キャラクターの中にあって、「アナと雪の女王」だけは、女性同士の絆が男女の恋愛関係に優越するとして、フェミニスト的な物言いをする人たちからも好評だった。その「アナ雪」のヒロインを、世間が言うほど自由ではなく、その特殊能力(雪や氷を操る)によって社会貢献をするからこそのハッピーエンドだとの指摘で、限界性を解読した。「なるほどね!そう来たか!」と私ははたと膝を打った。この作品への世間のほめ過ぎに対する私の違和感の根っこを差し出してくれたようだ。 北村紗衣という人、大学勤務で多忙だろうが、町山智浩のような映画評論家兼コラムニストになって著作物をコンスタントに発表してくれないだろうか。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2019-10-12 09:17:56 Copyright: Default |