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「愛国心」がないと高校生になれない!?〜「伝統と文化を尊重」する態度の「強制」につながる都立高入試・「正答」

     塚田正治(「教育産業」関係者)

 マスコミでは全く報道されていないが、本年度(平成29年度)東京都立高校一般入試(2月24日実施。以下、都立高入試)において、「伝統と文化を尊重する」態度の「強制」につながる問題・「正答」が出題・発表されている。筆者が集会などで発言すると、「識者」から「あってはならない」「今後、他地域に広がる可能性がある」という批判・危惧の声が寄せられる。生徒の「内面の自由」の侵害につながる危険性は明白である。

●「伝統と文化を尊重」する態度の「強制」につながる「正答」

 問題になるのは国語の大問四・〔問い5〕である。大問四は食生活史研究の意義を論じた「論説文」(以下、「出題文」)を読ませる問題で、〔問い5〕の基本的内容は「国語の授業でこの文章を読んだ後、『食生活と歴史』というテーマで自分の意見を発表することになった。このときにあなたが話す言葉を具体的な体験や見聞も含めて二百字以内で書け(後略)」となっている(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2017/pr170224b/29k-toi.pdf。ゴジック、引用者。以下、同じ)。現在の入試ではよくある問題形式だが、問題は東京都教育委員会(以下、都教委)が発表した「自分の意見」の部分の「正答」である。都立高入試では例年、都教委が「正答」を発表しているが、該当部は次のようになっている(なお、他の部分については特に大きな問題はない)。

 「私は身近な料理を通して日本の歴史や文化の特質を学び、伝統を他の人に伝えられるようになりたいと思います。」(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2017/pr170224b/29k-kaitou.pdf

 ゴジック部は明らかに「伝統と文化を尊重」する態度に基づく「意見」である。周知のように「伝統と文化を尊重」する態度は現行教育委基本法第2条第5項で「教育の目標」とされ、昨年、決定された教育指導要領においても、教科化された「道徳」の「内容」において「我が国の伝統と文化の尊重」として掲げられている。都教委はかかる態度に基づく「意見」が〔問い5〕の「正答」であると発表していることになる。

 しかし、都教委はこの「正答」により「『伝統と文化を尊重』を尊重する態度に基づく『意見』には満点を与える」と、事実上の「お墨付き」を与える一方で、かかる態度に基づかない、あるいはそれが明瞭に読み取れない「意見」を採点上、平等に扱うのかを明示していない。[問い5」の採点基準は都教委発表の「出題の基本方針」(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2017/pr170224b/29k-houshin.pdf)・「採点のポイント」(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2017/pr170224b/29k-point.pdf)に示されており、概ね「出題文」の筆者や出題者の主張・意図を的確に読み取る「読解力」と、それと自分の体験などを適切に関連させ、「自分の意見」を論理的・効果的に伝える「論理的表現力」がチェック対象とされているとみてよい。この都教委の見解を額面通りに受け取れば、この二つの「学力」が一定の基準を満たしていると判断されれば、前述の態度とは無関係に点数がもらえることになる。

 しかし、本当にこれらの都教委の見解を額面通りに受け止められるのであろうか。そもそも採点は「ブラックボックス」であり、現実にどのように行われているかは不明である。例えば、前述のように「伝統と文化を尊重」する態度の育成は法制上の「教育の目標」とされている。仮に「読解力」「論理的表現力」に問題がなくても、このような「目標」に照らして問題があると判断されれば、高校生としては問題の部分があると判断される余地はないのであろうか。そして、その判断が高校生としての適性を判断する入試の採点に反映し、減点につながる可能性はないのであろうか。

 現段階ではこのような可能性は否定できず、このまま問題が放置されれば、塾などでは現行教育基本法や道徳の「内容」に即した記述指導が行われ、生徒はそのような答案を書かされるようになるだろう。すなわち、実際の採点にかかわらず、この「正答」は「萎縮効果」による生徒への「伝統と文化を尊重」する態度の「強制」につながるものである。また、実際にかかる態度に基づく「意見」が採点上、優遇されるとすれば、文科省が否定する「道徳」の「内容」の数値による評価になる。それが、点数という形で、生徒の一生を左右する可能性がある高校入試という場で行われるとすれば重大な問題と言うよりない。およそ、本来の意味の入試の「正答」とは言えない「正答」である。

●「愛国心」がないと高校生になれない!?

 また、「伝統と文化を尊重」する態度が、「我が国と郷土を愛する」態度−すなわち、「愛国心」−と極めて近い関係にあることも問題である。前述の現行教育基本法第2条第5項における「教育の目標」は「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度とされており、両者は言わば「一体」の形で規定されている。

 筆者が調べた限りでは「伝統と文化を尊重」する態度と直接、関わる「正答」を都教委が発表したのは今年度が初めてであり、「道徳」教科化を決定した新指導要領の制定に連動している可能性は濃厚である。とすれば、2018・19年度のその実施とともにさらに問題が拡大・深刻化していく可能性は高い。東京都においては「極右」と言うよりない野田数氏がトップに就いた「都民ファースト」が議会第一党という政治状況がそれに拍車をかける可能性があり、さらに東京都以外の地域に広がる可能性もある。

 とすれば、いずれ「愛国心」の「強制」につながる「正答」・入試問題が発表・出題される可能性は高いと言わざるを得ない。「愛国心」がないと高校生になれないーそんな日が来ることも決して杞憂とは思われない。

●入試と「愛国心」・「道徳」ー危険な「『考える力』の育成」−

 報道によれば文科省は(1)「道徳」においては「内容」ごとの評価はしない、(2)内申書では「愛国心」の評価は行わないように求めている、の2点を以て、入試(高校入試)における「愛国心」の評価の可能性を否定しているとされる(2016年7月23日付『朝日新聞』朝刊など)。しかし、この見解が全くの誤りであることは、今回の「正答」を見ても明らかである。

 かかる評価の有力な手段となり得るのが記述問題である。記述問題は「暗記脱却」「『考える力』の育成」の掛け声の下、国語に限らず各教科に導入されているが、そもそも一定量の文章を書かせる形式であり、容易に「内面の評価」に転用できる。「主体的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)などによりその導入がさらに拡大するとみられる現状は極めて危険である。

 しかし、例えば、いじめなどで孤立感を深め、「国や郷土を愛する」ことのできない生徒にとって、「愛国心」を持てないが故に志望校に受け入れられないとすれば、「いじめに遭うような人間は社会には要らない」というメッセージにならざるを得ない(当然ながら、子どもにとって学校は一つの「社会」と認識されている)。生徒の「内面」に介入する安倍政権の教育政策によって学校は今後、ますます子どもにとって過酷な場となることが予想される。今回の都教委の「正答」はまさにこの点を実証するものと言えよう。


Created by staff01. Last modified on 2017-08-22 18:14:58 Copyright: Default

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