安田(ゆ)です。MBC労組の「キム・ジェチョル社長退陣!」をかけて始まったストライキは、総選挙での野党敗北で出口が見えなくなったかに思われましたが、最近になってちょっと面白い展開になっています。何しろ、ストライキの主体は、報道では自他共に認める韓国でもトップクラスの記者たちです。彼らがインターネットという新しいメディアを使って、会社を追い詰めています。彼らのターゲットは、KBSのキム・ジェチョル社長。彼らがキム・ジェチョル社長の追跡を始めたのはストライキ突入直後からです。最初は「ホテル宿泊王」がテーマでした。彼らは社長との話し合いを求めて社長宅に行ったのですが、なぜか社長がいません。高級ホテルを転々としているというのです。そこでは会社の「法人カード」で宿泊料金やその他の経費が決済されていました。スタッフは「法人カード」の追跡を始めました。すると、ホテルだけでなく、全国各地で、あるいは海外で、女性用のブランド・バッグや化粧品、貴金属、日本のエステサロンの支払い、そしてMBCが主催するミュージカルのチケットまで、社長の法人カードで支払われていることが分かりました。自社が主催する公演のチケットなら、会社を通じて安く入手できるにもかかわらず。ちなみにそのミュージカルには、膨大な予算が投入されましたが、興行成績は振るわず、また内容的にも不評で、結局大赤字になったといいます。会社側は「法人カードは純粋に業務上の用途で使用した」というばかりで、詳しい内容については釈明はありませんでした。スタッフは当初、会社の公費で社長夫人の買物をした可能性があると見て、その女性を追跡したところ、社長夫人ではなく別の女性が浮上してきました。在日韓国人の舞踊家で、例のミュージカルを企画・主演した「Jさん」です。「Jさん」は、キム・ジェチョル社長が東京特派員だった時に日本で知り合ったとされ、その後、「Jさん」は韓国での活動を始めました。「Jさん」を追跡したところ、社長はそれほど有名でもない「Jさん」をMBCが主催するイベントや番組に出演させ、韓流アイドルを凌ぐ高額のギャラまで支払わせていたことがわかりました。それだけではありません。「Jさん」の実兄という人物に、実体のない中国の支社長の肩書きを与え、毎月報酬まで支払っていたことがわかりました。会社は「中国での事業に動いてくれる人が必要だった」と釈明しましたが、具体的な仕事の内容はないことがわかり、経費で購入した高級ビデオカメラも、そのカメラで撮影された映像はMBCにはありません。さらに調べてみると、社長の「法人カード」は「Jさん」が各地で公演を行った場所の周囲でしばしば使われていた上、会社からも自宅からも離れた「Jさん」の自宅周辺にある店で何度も使われていたことがわかりました。スタッフは「Jさん」自宅周辺で、夜に弁当を買って、法人カードで決済されていた記録も発見しました。食堂の店員は、社長と一緒にいた女性が「Jさん」であることを証言しています。しかし、会社側は「社長は北韓山によく登っていて、行き帰りに使った」と釈明しましたが、使われた時間は夜。そして北韓山はセキュリティ上の理由で夜間の登山が禁じられています。「Jさん」の自宅周辺で、夜、弁当を買って、社長はその後どこに行って何をしていたのでしょうか。こうした話が、労組がストライキ中に制作し、ネットなどを通じて配布している自主制作番組の「チェデロ・ニュースデスク」で伝えられ、それを見た市民から「社長がJさんと一緒に弁当を食べていた」という目撃情報が寄せられたり、公園をひとりで歩いている社長の目撃情報が寄せられたりもしています。労組は、社長を特別背任の疑いで告発し、その結果、社長は検察から調査を受け、またMBCの株主である放送文化振興会の理事会からこの件で呼び出されたりしています。労組のストライキに対しては、さまざまな告訴・告発をしている会社側は、労組が「チェデロ・ニュースデスク」などで流している「Jさん」がらみの情報については何の法的対応もせず、沈黙を続けています。労組側は「腕利きの調査報道チームに全力で追跡されて、社長は無事に逃げられると思っているのだろうか」、「もし自分が社長だったら、さらに悪事が露呈して恥をかく前にさっさと社長の座を投げ出すだろう」と言っています。こうしたキム・ジェチョル社長の追跡ストーリーが、ストライキ放送の「チェデロ・ニュースデスク」などを通じて、毎週、続々と新しい事実が公開されているのですが、その舞台裏を伝えているのがネットラジオの「寒〜い懇談会」という番組で、これまた毎週流されるのですが、これが面白いのなんの。「寒〜い懇談会」の司会は、MBCのドラマプロデューサーなのですが、彼がまさに韓流ドラマ仕立てで社長とJさんの話をリアルタイムで展開していくわけです。そして「実はこの調査を進める過程で驚くべき事実がわかりました、次回をお楽しみに」で終わるのですが、これが本当に並の韓流ドラマなんかより面白いんです。この調子で行くと、本当に社長は背任で起訴されるかもしれません。そうでなくても労組が暴露した社長らしからぬ私生活が既に与野の政治家をはじめ多くの関係者の間でも問題視されているそうです。MBCストライキの話をすると「キム・ジェチョル」という名前が出ると、政治家たちも失笑するというのですから完全に信頼を失っている状態です。そしてキム・ジェチョル社長の後ろ盾だった青瓦台さえレームダック化で、いろいろと評判が悪くなっているキム・ジェチョル社長を積極的に保護する動きはどこにもありません。会社側は、社長のカード使用や「Jさん」がらみの行動は正当な業務の範囲であると繰り返していますが、少なくとも「寒〜い懇談会」を聞いている限り、裁判になればまず通用しないでしょう。ちなみに背任の疑いでKBS社長を解任され、後に無罪判決を受けたチョン・ヨンジュ氏は、最近インターネット・ラジオの「ナコプサリ」に出演して「検察がきちんと仕事をすれば、背任は確実、本気でやれば横領も成立する」と言っています。余談ながらこの番組の司会はキム・ミファ氏で、ブラックリストに載せられてKBSやMBCへの出演を拒否された人で、今回のテーマは「公営放送は市民社会の未来だ」でした。労組側はどうやら、この「ドラマ」をハレンチ社長と正義の労働組合という構図で演出しているようです。このドラマの結末がどうなるのかはわかりませんが、これが韓流ドラマならすごすごと社長が去り、労組が凱歌をあげ、めでたくストライキが終わってハッピーエンドでしょうか。しかし問題は、キム・ジェチョル社長が絶対に辞任しないという態度を貫いていることで、また、検察もかならずしも本気で追求する気があるのかどうか疑わしいというあたりでしょう。また、残念ながらこの「ドラマ」は主流のマスコミでは伝えられず、もっぱらインターネットだけが頼りです。そのためいまいち広がりに欠け、インパクトにも限界があるようです。逐一、インターネットで伝えられ、日本で暮らすわれわれもこの「ドラマ」を楽しめる反面、韓国内でも地方に行くとほとんど知られていないそうです。社長を追い詰めているからか、一般の組合員の士気は相変わらず高いのですが、ストライキが長くなり組合員の生活も厳しくなり、会社側からの切り崩しもあって一部のアナウンサーなどが復帰するなどの影響も出ています。もしMBCの社長が退陣しても、KBSやYTNなども含む政権による編集権掌握という問題は解決しません。法改正などが必要になりますが、総選挙で野党が負けた上、現在、統合進歩党が内紛で分裂状態なので立法闘争は簡単ではないでしょう。統合進歩党の内紛がこじれると、民主労総も動きが鈍くなってしまいかねません。いろいろ難しい問題はありますが、それでもMBC/KBS/YTNなどの労組、そして組合員たちは「ここで退いたら、もう韓国には放送の未来はない」という覚悟でがんばっています。ここでいくらがんばっても、自分の給料が上がるわけでもなく、労働時間が短くなるわけでもなく、逆にストライキ中は無給で、下手をすれば懲戒だの解雇だの、はなはだしくは莫大な損害賠償に刑事告発の可能性もあります。この闘いで負ければこうした不利益を一身に受けるだけ、勝って彼らが得るものはすべての国民のための「公正放送」ひとつだけ、という闘いです。それだけ李明博政権下で、公営放送の破壊が進んだからなのかもしれませんし、それほどまでに異常なキム・ジェチョル体制で職場の不満が爆発したのかもしれませんし、MBCやKBSといった公企業だからできることかもしれませんが、それでも日本では絶対に考えられないようなストライキです。なお、最近、訪韓した早川由美子氏がMBCの組合員にインタビューした映像がYouTubeに上がっています: http://www.youtube.com/watch?v=ndxSOh2dc1E100日を超えるストライキを続ける労組の組合員の本音を聞くことができます。なかなかいいインタビューなので、興味のある方はぜひご覧ください。