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以下は「ぎゃらく」08年10月号「岩本太郎の青春18メディア紀行」に掲載されたものです。関係者のご厚意で、本欄でも紹介します。

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労働運動もメディアである!
「レイバーネット日本」が生んだ「ユニオンチューブ」の可能性

                   岩本太郎(ライター)

 労働組合や市民団体が自らの主張を世間に訴えていく場合の手段といえば、や はりストライキやデモ、集会などが今も真っ先に思い浮かぶところだろう。とり わけ一九六〇〜七〇年代の“政治の季節”を経験している世代であれば、街路を埋 め尽くす赤旗の隊列、眼前を通り過ぎていくシュプレヒコールの波――といった光 景を想い起すだけで血が騒ぐような人も結構多いらしい。

 とはいえ、そうした運動スタイルが日本では七〇年代後半以降に社会的な影響 力を失い、急速に衰退していったことも御承知の通りである。加えて、二十一世 紀に入った今日では、非正規雇用の増大などにより、企業内労組に基盤を置く旧 来からの労働運動では、いわゆる「ワーキングプア」のような新たな課題に対応 できなくなっている実態も既にすっかり露呈してしまった。

はたして労働運動はこれからどこへ行こうとしているのか? その答えは容易に 見つけられそうにないが、今回はそうした中でも注目すべきケースを以下に紹介 しよう。そう、二十一世紀に入るや奇しくも「ワーキングプア」の問題と同時並 行的に(?)浸透してきたインターネット環境を活用した、いわば「労働運動の 市民メディア」だ。

●遅まきながら本格化? 日本の労働運動における「IT革命」

 レイバーネット――そのものズバリ「労働者のネットワーク」を意味する名称を 持つこの運動体の日本版として、「レイバーネット日本」が設立されたのは二〇 〇一年二月のことだった。

 そもそもレイバーネットの源流は、一九九五年にイギリスのリバプールで港湾 労働者たちが大量解雇されたことに対して湧き起こった抗議運動にあるといわれ る。この時、世界各国の港湾労働者たちがウェブサイトを活用して展開した支援 活動のネットワークが、折りしも経済のグローバル化が進んで「資本対労働」の 関係が会社どころか国家の枠内にも収まりきらなくなってきた時代状況を受ける 形で急速に拡大。数年のうちに英語版のほかドイツ語版やスペイン語版(主にラ テンアメリカ諸国が対象)、さらには韓国語版が誕生し、それぞれの国や地域を 超えて連携を図るようになっていったのである。とりわけ九〇年代後半に、今回 の米国産牛肉輸入反対運動でも中心的役割を果たしている民主労総が立ち上がっ た韓国での活発な展開は目を引く。

 そうした流れを受けて「日本語版」の設立へと動いたのが、自主制作映像プロ ダクション「ビデオプレス」代表の松原明ほかの有志たちだった。

 一九八六年の国鉄分割民営化で職を失った国労組合員たちの苦闘を描いたド キュメンタリー「人らしく生きよう―国労冬物語」など、主に労働運動について のビデオ作品を数多く手がけてきた松原は、一方で九〇年代初め以降、ビデオを 使った市民参加型メディアの可能性にも着目。自主流通映像ネットワーク「ビデ オアクト」や、メディア問題を語り合う「民衆のメディア連絡会」の運営にも参 画するなど、まさにこうした運動体を担うにはうってつけの人物といえた。以後 は松原のほか、フリーランスのテクニカルライターである安田幸弘などを中心 に、全国各地の労働運動への支援活動、労働問題に関する上映会や報告会などが 精力的に行われるようになっていったのである。

 考えてみれば、別に労働組合関連の団体ではなくとも今やインターネットによ る労働相談などはごく当たり前にあちこちで行われているし、労働組合の中でも 日常の細かい事務連絡などはもっぱらウェブ上で行われていることだろう。だと すれば労働運動に関わる対外的な情報発信や他の組織との連携等の面でインター ネットが活用されることはむしろ必然といえるが、どうも日本の労働運動はこの 点において遅れをとった節があるようだ。

 松原とともにレイバーネット日本の副代表を務める安田は「日本の場合、スト ライキやデモなどの直接的な行動に重点を置くことで、その模様をマスメディア に報じさせるという受け身の発想からなかなか抜け出せなかったのではないか」 と語る。確かに労働運動への世間の注目度が現在よりはるかに高かった三十〜四 十年前ならそれでも不都合はなかったのだろうが、先月号の拙稿(「G8メディ アネットワーク」に関する活動報告)でも紹介した札幌における三〇〇〇人規模 の大きなデモですら、今やマスメディアでは大してニュースにならないというの が実情だ。

 もとより、若者たちの「組合離れ」などは何もここ数年になって言われるよう になった話ではなく、労働組合の存在意義自体が問われる状況になっていること は今さら指摘するまでもないだろう。さらには、ここにきて前述の非正規雇用者 が増大する中で、企業内労組主体の労働運動がフォローしないパートタイマーや フリーター、失業者などの置かれた問題が極めてシリアスな社会問題として浮上 し、そうした中から先の秋葉原における痛ましい事件が起こったという話も、も はや言わずもがなである。

 もっとも、逆に言えば労働運動の側が発想を転換することによって、そうした 状況の解決に向けた一翼を担えるのではないかという気もする。即ち、大枠の組 織に守られない人びと個々の声へといかに寄り添い、ともに解決に向けた道を 探っていけるか、という点にこそ鍵があるのではないか。

 その意味で一つのブレイクスルーを予感させるのが、レイバーネット日本が昨 年の夏から開設している動画投稿サイトの「ユニオンチューブ」だ。

●「ジャーナリズム」と「労働運動」の不思議な二人三脚?

 言うまでもなくその名称は「YouTube」のもじりであり、機能自体もほ ぼ同じ(ただしサーバは日本国内にある)ユニオンチューブであるが、スタート から約一年が経過した現時点で約一六〇本の動画が投稿されている。

 内容的には、やはり各地で労働問題に取り組む当事者たちがデモや集会の模様 を記録した作品が現時点では多くを占めている。ただ、中には残業代の未払い問 題をめぐって経営者側と労組が会議室で丁々発止の団体交渉を行う模様を、労組 側がそのまま撮影のうえ公表しているという驚くべき作品も。つまり、経営者側 をじかに問い詰めるだけでなく、そのおかしな経営実態を広く世の中に明らかに してしまおうというわけだ。労使交渉と言えば従来はとかく密室内のやり取りに 終始しがちだったが、それを映像により発信する「当事者発ジャーナリズム」と もいうべき世界も、ここには生じているのであった。

 こうしたユニオンチューブの発想をある意味で象徴的に具現化したのが、松原 とともに「ビデオアクト」に参画する映像ディレクターの土屋トカチがこのほど 完成させた制作したドキュメンタリー映画『フツーの仕事がしたい』だ(十月か ら都内で劇場公開の予定)。これはセメント輸送トラックの運転手を務める三十 六歳の男性が、何と月に五百五十二時間に及ぶ超長時間労働を強いられた挙句、 社外ユニオンに駆け込んだものの今度は会社ぐるみの熾烈なユニオン脱退工作に 悩まされ……という凄絶な日常を描いた作品だ(監督の土屋自身も撮影中には経営 者側からきたヤクザまがいの人物から殴られる経験までしたんだとか)。

 「たぶん、これと似たような現実が今は日本のあちこちで展開されているん じゃないかと思います」と、松原や土屋は噛み締めるような表情で語る。同時に それは「あちこちで展開されて」いながら「誰も報じようともしない」現実でも あるのだ。それらを当事者に近い視座から掘り起こして報じていくと同時に、労 働組合としての立場から支援を行っていく――。

 このように、ジャーナリズムと労働運動という、本質的には性格の異なる活動 が「映像表現」を通じて二人三脚の如きバランスを保ちつつ同時並行的に展開さ れているあたりも、レイバーネット日本やユニオンチューブが開拓した新境地だ と言えるかもしれない。あの小林多喜二の古典「蟹工船」が今になって若者の間 で大ブーム(?)を呼び起こしているという具合に、労働や貧困の問題に対して 日本社会が注ぐまなざしが微妙に変化しつつあるようにも見える昨今だけに、今 後の推移が気になる存在ではある。(敬称略)


Created by staff01. Last modified on 2008-10-04 11:59:20 Copyright: Default

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