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大地実です。

転送します。 (重複の場合乞許)転送自由

●教育勅語の焼き直しが自民党の教育基本法改悪法案 その法案でいう「愛国心」の本質について、参照になると思い ます。

 「…教育勅語制定から敗戦までの約55年間、日本政府は軍 国主義教育を強化しながら、日清戦争・日露戦争・第一次大戦 ・日中15年戦争・太平洋戦争へと突き進み、その期間の半分 以上を戦争に費やしました。これほど対外戦争に明け暮れた時 期はありません。
 このような教育によって自ら戦争に身を投じ、命を失ってい った子どもたちは、それこそ数えきれません。それほどまでに 、「借り物」の「愛国」教育はその威力を発揮し、多くの子ど もたちの命を奪っていったのです。」と書いています。

               記
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 夜分遅く失礼致します。goo-needsでございます。  歴史家の端くれとして、下記文書を投稿させて頂きたいと思 います。
 なお、2つのMLにお送り致しました。  重複して届きました場合は何卒ご容赦下さいますようお願い 申し上げます。

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    【  「愛国」は伝統や文化ではない  】

文責: goo-needs

 「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷 土を愛する…」  これが、問題点の多い教育基本法改定案の中でも、特に問題 視される「愛国」の表記です。  今回は、日本の公教育における伝統と文化、そして「愛国」 について書いてみたいと思います。

■ 「学事奨励に関する被仰出書」

 日本では教育の場として藩校・寺子屋・塾などが開かれまし た。あるいはもっと前にさかのぼれば紫式部や清少納言のよう な家庭教師もありました。  しかし、地域的・身分的・期間的・人的側面、そして性別の 面でも極めて限定的なものに過ぎませんでした。  本格的な公教育が始まったのは近代です。政府はいわゆる「 被仰出書(おおせいだされしょ)」、正式には「学事奨励に関 する被仰出書(太政官布告第214号)」を発して、初めて日 本の公教育の理念が示されました。  この「被仰出書」の冒頭は、教育の必要性についてこう説い ています。

―――――――――――――――――――――――――――  人々が自立して財産を管理し、その仕事を成功させ、その人 生を全うさせるのは、他でもなく自分を律して知識を開き、才 能を伸ばすことによるものである。そのためには、学ぶという ことがなくてはならない。それが学校を設置する理由であり… ―――――――――――――――――――――――――――

 日本は初めて全国に学校を作るにあたって、教えられる側の 「人々」、すなわち子どもたちの将来のためを真っ先に考えま した。  「被仰出書」にはこのほか「華族・士族・兵卒・農民・工匠 ・商人および婦女子を問わず、村々に不学の家やの不学の人を なくすることを目ざす」として、身分・男女別を問わず誰でも 学べるよう定められました。  人々の「教育を受ける権利」を政府として保障するために、 学校を設置して教育環境を整え、教育を受けさせるようにし、 「不学」の人をなくすこと。これこそが日本の公教育の原点だ ったと言えるでしょう。

■ 軍人・山縣有朋による「教育勅語」

 しかし日本の公教育は、徐々に変わっていきました。  翌1872年の「徴兵告諭」に始まり、73年の「徴兵令」 、74年の「征台の役」、75年の「江華島事件」など軍事面 での動きが急激に加速します。  こうして、軍が強化・整備されていく中、82年「軍人勅諭 」が作られました。この「勅諭」は、徴兵でかき集めた人々に 対して「軍人としての心得」を説き、「天皇への絶対的な忠誠 心」「天皇の統帥権(軍隊指揮権)の歴史的正当性」を叩き込 むものでした。

 これを入隊させてからではなく、幼い頃から全ての国民にそ の基礎を叩き込んでおこうと、90年、山縣有朋内閣のときに 教育勅語が作られました。そこには「何かあれば国に義勇をさ さげ、天皇陛下をお助けせよ」との教えが記されました。

 この教育勅語が教育の中心に置かれ、それまでの「子どもた ち一人ひとりのための教育」ではなく、天皇・国家のために「 自ら犠牲となれ」という「愛国心」「忠誠心」の徹底と、軍務 の基礎を植えつけるという、極めて偏向した教育に転じていっ たのです。  この山縣有朋はもともと軍人であり、首相になる以前に次の ような意見書を政府に突きつけています。

―――――――――――――――――――――――――――  日本の利益線は朝鮮だ。その利益線を守るのに大事なのは、 まず兵備、次に教育だ。教育の力で国を愛する心を養成し、こ れを保ち続けよ ―――――――――――――――――――――――――――

 根っからの軍人である山縣有朋は、この後の朝鮮半島への侵 略のために「兵備」という軍拡とともに「愛国」教育を主張し 、自ら首相の座に着き、教育勅語を作らせたのです。 

■ 「愛国」は西洋の「借り物」

 こうして山縣有朋が教育に持ち込んだ「愛国」は、決して日 本の「伝統や文化」と呼べるものではないという指摘は、実は 当時からありました。  教育勅語が定められた翌1891年、思想家・西村茂樹はそ の著書「尊皇愛国論」で次のように批判しています。彼は後に 華族女学校の校長や宮中顧問官を務めるほどの「御用」「保守 系」の思想家でしたが、そのような立場の人でさえ、この「愛 国」には強い反発を示したのです。

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 わが国で使われる「愛国」というものは、…西洋諸国の「patriotism 」を訳したものである。…わが国の古典を見渡す限り、西洋の 人々が唱えるような「愛国」というものはなく、また「愛国」 の態度を示した者もいない。
―――――――――――――――――――――――――――

 つまり朝鮮半島への侵略戦争に人々を駆り立てるために、山 縣有朋が利用しようとした「愛国」は、同じく侵略戦争に明け 暮れていた西洋からの「借り物」に過ぎないというのです。

 実際この教育勅語制定から敗戦までの約55年間、日本政府 は軍国主義教育を強化しながら、日清戦争・日露戦争・第一次 大戦・日中15年戦争・太平洋戦争へと突き進み、その期間の 半分以上を戦争に費やしました。これほど対外戦争に明け暮れ た時期はありません。  このような教育によって自ら戦争に身を投じ、命を失ってい った子どもたちは、それこそ数えきれません。それほどまでに 、「借り物」の「愛国」教育はその威力を発揮し、多くの子ど もたちの命を奪っていったのです。

■ 「子どもたちのため」を取り戻した「教育基本法」

 戦争が終わり、日本では「教育の民主化」が進められました 。  戦後の日本の国会は、教育勅語を廃して現行の教育基本法を 制定しました。  この教育基本法が定める教育理念は、「人格の完成」「平和 的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の 価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心 身ともに健康な国民の育成」というものです。

 また、教育行政のあり方については「教育は、不当な支配に 服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われる べきもの」と定められました。これは敗戦まで続けられた、教 育への国家の不当な支配を反省し、政府や権力者のためではな く、子も親も含めた国民全体のために教育があるのだという宣 言に他なりません。

 子どもたちはおよそ56年ぶりに、教育の「権利主体」すな わち主役へと返り咲き、教育勅語の下で国家や権力者が続けて きた「不当な支配」から解放されたのです。   ■ 「子どもたちのための教育」と「国家のための子どもたち 」

 この現行の教育基本法について「戦後の占領下で制定された 」ということだけを批判材料として、これを変えようとする人 々を多く見かけます。しかし、こうして見てみると日本の教育 は「被仰出書」が描いた、子どもたち一人ひとりのための教育 、「人々」のための教育という原点を取り戻しただけではなか ったのではないでしょうか。

 この現行の教育基本法によって、本来の日本の公教育の原点 を取り戻したというのに、また一部の権力者によってそれが奪 われようとしています。子どもたちに「愛国」を叩き込むなど 、日本の公教育の歴史に照らして言えば、伝統でも文化でもな く、子どもたちを将来、戦争に駆り立てようとする「洗脳」に 過ぎません。それは我が国の公教育の歴史が強く物語っていま す。

 現行の教育基本法に貫かれている「子どもたちのために何が できるか」という姿勢と、教育勅語や改定案に流れる「国家や 権力者のために、子どもたちに何をさせるか」という姿勢では 、天と地以上の開きがあります。

■ 「子どもたちのための教育」を守ることこそ日本の伝統・ 文化

 「侵略」や「戦争」のための「愛国」、この教育勅語の制定 に力を注いだ山縣有朋は長州藩に生まれ、高杉晋作や木戸孝允 、伊藤博文らとともに松下村塾に学んだ一人です。  今その松下村塾に心酔する安倍晋三氏が首相となり、その山 縣有朋にならってか、日本の伝統・文化とは相容れない「愛国 」教育を、再び強引に押し通そうとしています。    彼らは教育勅語を絶賛しながら「愛国」を教育現場に持ち込 み、憲法を変えて武力行使、すなわち戦争に道を開こうとして います。そうした人々に限って日本の伝統・文化を語るのです から、これほど馬鹿げたことはありません。

 かつて戦争に突き進み、戦争に明け暮れた「異常な55年間 」を築いた教育勅語への逆行を許さず、現行の教育基本法が貫 く「子どもたち一人ひとりのための教育」を、国家や権力者か らの「不当な支配」から守りぬき、しっかりと実現していく。 これこそが「被仰出書」という日本の公教育の原点であり、い まなお教育に求められる普遍的な理念です。  このことが日本の教育の歴史、伝統・文化が示す確固たる結 論であると思います。

※全歴史文献の口語訳・筆者

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 以上でございます。
 長文にもかかわらず最後までお読み頂き、誠に有難うござい ます。

「恥ずかしい歴史教科書を作らせない会」
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「(別館)goo-needs' blog」
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