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映画『太陽』をみて〜のんきでいい人でいいのか | |
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映画「太陽」 映画はつまらなかったです。天皇制を批判もしくは賛同したものではないからあん なものかもしれませんが、天皇主義者にとっては気に食わない映画だろうし、私に は、戦争中もカニの生態研究をしていたり、戦後は米軍にもらったチョコレートに世 話役達と喜んだりと、とぼけた人間天皇はのんきでいい人というような撮り方は間 違っていると思いました。 世話役の日本人には神聖な存在としての「お上」と呼ばれ、米軍記者には「チャッ プリン」と呼ばれてからかわれた天皇。彼は、「日本の勝てる可能性は二割、ドイツ の勝てる確率は十割だった、しかしドイツは傲慢だったから負けたのだ」という。傲 慢はいけないと、さも日本が傲慢でなかったように言い。真珠湾は私の知らぬところ で起こったと言い訳をする天皇。要するに外国の人にとっての天皇はああ見えるのか なという映画でした。 戦争三兄弟・三親友の内ヒットラーは赤軍包囲下に自死、ムッソリーニはパルチザ ンによって銃殺、その遺体はミラノの広場にさらされました。天皇だけは生き残り、 マッカアサーに面会し、「親友のヒットラー」の事を聞かれ「知らない」と応えた 時、映画では「慈悲は請わない」と言わせていますが、天皇は死の恐怖でいっぱい だったのではないでしょうか。 彼が保身の為に敗戦を遅らせた結果、沖縄・広島・長崎等で多くの人が亡くなった のに、単にその死を一般的に悼む天皇として画かれている。 現人神として臣民のために平穏な暮らしを願っていたのに、勝手に戦争をした者達 によって、天皇というものはとてもたいへんだったと、神格を自ら否定する事によっ て人間になりほっとしたと、皇后に抱きつく天皇。 まあ確かに天皇で居る事は大変ではあり、人間になりホットはしたでしょうが、だ からといって戦争責任が問われていないのはおかしいと思います。死刑にすべきだと は言いませんが、「言葉のあやはわからない」で済ませてはいけないと思います。 もうすでにヒロヒトは死んでいますが天皇制は残っているので天皇としての戦争責 任は、きちんと問われなければいけないと思います。 しかしながら今の日本では全マスコミがそのことを問う事はしていません。お子様 がお生まれになったと大騒ぎです。 天皇及び天皇制について言及しただけで暴力をふるわれたり発言を封じられたりす るのが、民主国家日本です。自由な意見が言えない民主国家は間違っていると思いま す。 ところで天皇は尾形イッセイが演じたわけですが、これはなかなかすばらしかった です。顔面神経痛的な表情、「あっそう」に代表される訳のわからぬ言い回しなど天 皇を巧みに上手に表現していました。今まで映画やTVではほとんど演じられること のなかった天皇をあのように演じられた勇気はすばらしいとも思いました。桃井かお りの皇后も出番が少なかったですがよかったです。 いまはじめてチラシをみたら、『天皇ヒロヒト――彼は悲劇に傷ついた、ひとりの 人間。・・・「太陽」は戦争という悪夢の中で引き裂かれる、ひとりの人間の苦悩と 孤独、そして彼の愛する家族をめぐる映画である。・・・』と書いてありました。 そうかしら???。神として存在した天皇はどこに行ってしまったのか聞かずには いられません。 06・9 (里見 羊) Created by staff01 and Staff. Last modified on 2006-09-09 19:42:40 Copyright: Default | |