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海樹です

権力の糾弾は弱者の記憶から

 教育基本法の改正案(改悪案)が、4月28日、国会に提出された。提出された改 正案をみてみると、戦前の修身の教科書の記述にかなり似てきていることが見てとれ る。
 例えば、教育基本法改正案の第2条5項「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくん できた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与 する態度を養うこと」などは、戦前の高等小学修身書(児童用)では、第二課 愛国 「およそ如何なる国の人民でも自分の国を愛しないものはない。代代同じ土地に住 み、同じ統治の下に生活をしていると、自分の国を愛する念が自然に生ずるものであ る・・・」といった具合だ。

 日本では“お上”と“村人”という構図が長きにわたり続いて来たが、村人の歴史 がお上と同列に扱われたことなど皆無といっていい。日本書紀や源氏物語はあって も、重い年貢に喘ぎ苦しみ、口減らしのために家族を置屋に売却し、乳母捨て山に親 を置き去りにするしかなかった村人の歴史は教科書にはのらない。悪代官に抗議して 殺されていった多くの村人たちの存在が取り上げられることもない。信長個人が讃え られることはあっても、足軽としてかり出され、露に消えた村人の苦悩が語られるこ ともない。

 語られない理由は、単に差別されているからではない。教育の機会を奪われ、文字 が獲得できなかったため、紙が得られなかったため、事実を記すことができなかった からだ。教育の機会が奪われるということは、その場での不利益に留まらず、未来永 劫にわたって歴史から存在自体を抹殺されてしまうことにも繋がる。どんな拷問を受 けようと、なかった事にされてしまうのだ。

 現代社会ではリストラが日常茶飯事となり、さも現代特有のことのように語られる が、そんなことはないと思う。リストラとは、一時代前は口減らしと言った、企業戦 士などというと多少聞こえは良いが、要は足軽のことだ。封建制度から資本主義に変 化したため、呼び名は変わったかもしれないが、国が住民を守ろうとしない点では全 く同じ、何ら進歩しないまま平然と繰り返している。

 放置しておけば、尼崎事故やアスベスト被害の事実も、やがてゴシゴシと消しゴム で消すように消されていってしまうのだろう。すでに尼崎事故の犠牲者107名のう ち1名はゴシゴシと消されつつあるではないか。

 憲法改悪、教育基本法改悪の流れを止め、主権在民を獲得し続けるためには、私た ちは“ぼけ”ていられない。“ぼけ”は大敵!しっかり記憶しなくては。私たちの記 憶を、労働者自身が、市民自身が持たなければ、いったい誰がもつというのか?イラ クで首を切断されて亡くなった香田さんのことをずっと覚えていよう。福知山線で亡 くなった高見運転手のことをずっと覚えていよう。デモ行進の弾圧をずっと覚えてい よう。根津さんのたたかいをずっと覚えていよう。新しい歴史教科書が障害者に向け られたということをずっと覚えていよう。そして、職場を去らざるを得なかった1人 1人の顔をずっと覚えていよう。教育はおこぼれを頂戴するものではない。権力の糾 弾は弱者の記憶からはじまる。弱者の記憶を書き記そう。そして伝えよう。

cubacomm@mail4.alpha-net.ne.jp
Mori Miki
杜 海樹(片柳悦正)


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