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基地村はどこに流れるか[ワーカーズ]人権の場所
ミョンスク(人権活動家) 2018.08.16 11:01
[出処:キム・ヨンウク] 今回の紀行の場所は東豆川基地村、ネオンの光が多い所にある濃厚な闇の地帯だ。 朝鮮戦争の後、韓国に米軍基地ができた後に作られた基地村は、 米軍のための性売買、性産業の空間だ。 女性に対する暴力と米軍犯罪が今なお残る場所だ。 米韓首脳会談と米朝首脳会談で朝鮮半島に平和の気勢がいっぱいになった2018年。 東豆川の基地村はどんな姿をしているのだろうか。 今回の道案内は、基地村女性のための活動する「トゥレバン」のジョイス活動家だ。 1986年に設立されたトゥレバンは、京畿道議政府市高山洞にある キャンプスタンリーを中心として形成された基地村ペッポル(古くから梨の木が多くて、梨の野原と呼ばれてペッ(梨)ポル(野)になった)に本事務室がある。 トゥレバンは東豆川市保山洞の基地村女性のためのアウトリーチ活動を着実にしてきたが、 2015年には東豆川に小さい事務室も用意した。 米国僑胞(海外在住韓国人)の彼が韓国でトゥレバン活動を始めてもう5年だ。 彼は主に移住女性支援活動をする。 私たちが東豆川の基地村がある保山駅に到着した時、振ったりやんだりしていた雨がやんだ。 歩きやすい天気だ。 保山駅はソウルで地下鉄1号線の逍遥山行に乗れば来ることができる。 駅を出ると、クラブが眼につく。 われわれは保山駅の1番出口を出て右側に歩いた。 まだ昼間なので照明は華麗ではなかったが、クラブが営業していることを知らせるようだ。 次に眼についたのは、壁に描かれたグラフィティといくつかの工芸点。 東豆川市がイメージ改善のために用意した工房などの文化空間だ。
[出処:キム・ヨンウク] 盛業中のクラブ群山のアメリカタウンや梨泰院の衰退していく基地村の姿とは明確に違っていた。 相変らず盛業中のクラブの看板が多く、米軍のための商店も多かった。 国籍がはっきりしないアジア飲食店、ハンバーガー店、洋服店、70年代の韓国の物を売る商店だ。 どこの基地村に行ってもあるような似た通りの風景だ。 ジョイスは5年前にトゥレバンを訪問した研究者もそのように話したといった。 「その人が議政府の基地村を一度回ると、沖縄と同じような外見だったといいました。 金や物を交換する所、両替所、洋服店、野球用品を売る所などです。 韓国にはミンクのふとんや虎の絵を売る店は殆どないでしょう。 基地村は米軍部隊で働く人を中心に回る所ですから。 米軍のための所か、あるいは米軍にサービスする人たち、つまり商人のための空間なのです。」 50mもない通りを歩いたが洋服店が五ケ所もあった。 この前行った梨泰院にもソウルの市内では珍しい洋服店があったし、 これは見慣れない感じがした。 彼になぜ基地村には洋服店が多いのかと聞くと、 「米国は洋服を誂える費用が高いので、ここで誂えていくかららしい」と言う。 現在、東豆川基地村にあるクラブは数年前には60件程度だったが、 現在は概略40件程度に減ったという。 2〜3年前からキャンプ・ケーシーの運営が変わり、クラブがさらに減る傾向だ。 彼は「昔は軍人が2〜3年間ここにいましたが、最近はローテーションに変わりました。 9か月程度ここにいて別の所に行く、まるで訓練所のように使われていて、 上得意を捉えるのが難しい」と米軍政策の変化を知らせた。 韓米血盟強化? 性別化された韓米軍事関係ずっと路地を歩いていると鉄条網が張られた壁が見える。 まさに東豆川市全体面積の42%を占めるキャンプ・ケーシーだ。 軍事基地であることを知らせるように、道路の上に「タンク立入禁止」と大きく書いている。 われわれは右に角をまがって米軍基地正門に向かった。 正門の前はよく米軍犯罪糾弾デモをした所だ。 特に1992年10月、ユン・クミ氏が米軍により残忍に殺害された後、大規模デモが起きた。 2千人を越える市民が集会を開き、部隊前の象徴物に卵を投げて抗議した。 タクシー労組は「米軍乗車拒否運動」をして、商人は「米軍の客を受けない運動」をするほど怒りが大きかった。 あざだらけのユン・クミ氏のからだに傘とコーラ瓶、ビール瓶を刺すほど、 とても残忍に遺体を傷つけた米軍犯罪であった。 犯人であることが明らかになったケネス・マークル二等兵は殺人罪で起訴され、 1994年に15年刑が確定し、天安少年刑務所外国人用監房に収監された。 米軍部隊内で不拘束状態でも同様に裁判を受けたケネス・マークルは あつかましくも米国に身柄引渡しを要請したが、 米国最高裁がこれを棄却したためだ。 しかし2006年8月、刑期を1年残して政府は静かに彼を仮釈放した。 当時は不合理な「韓米駐屯軍地位協定(Status Of Forces Agreement:SOFA)」により、 米軍被疑者をきちんと捜査できなかった。 起訴や裁判の過程でも刑事管轄権の行使は難しかった。 梨泰院で米軍の女性殺害が再発した後の2001年4月、 米軍犯罪被疑者を「起訴の時点に韓国政府に身柄を引き渡す」という内容でSOFAが改正された。 しかし時間が経つと血の痕跡が薄くなるように、米軍犯罪の痕跡も忘れられている。 米軍基地正門の前には「韓米血盟強化」という横断幕が堂々とかけられている。 基地村で金を稼ぐ人たちがかけたのだ。 軍事主義を移植する米軍基地は、いつも女性に対する(性)搾取を伴う。 東豆川だけでなく、米軍基地がある世界のあちこちがそうだ。 韓米関係のジェンダー化された性格をすっかり無視する文句に鳥肌が立つ。 2007年から北(議政府、東豆川)にあった米軍基地が平沢に移転している。 議政府にあった米軍基地8か所のうち五つの部隊が2007年に返還され、 東豆川のキャンプ・ケーシーは2020年に移転する計画だ。 幸い、米国基地の移転で基地村が衰退すれば、地域経済が悪くなるといっていた人たちの漠然とした心配は、 東豆川中央駅の商圏がよみ返り、徐々に変わっている。
[出処:キム・ヨンウク] 女性の国籍が変わっただけの基地村キャンプ・ケーシーの正門をすぎ、また保山駅2番出口側に歩いて行くと広場が見える。 「韓米友好の広場」だ。 多くの基地村が外国人観光特区に指定されたように、ここも観光特区だ。 基地村が性産業観光特区というわけだ。 太陽が西にゆっくりと傾いたからか、さっきよりも広場に人が増えた。 外国人に見える人が多い。 基地村で働く女性や移住労働者だ。 今は韓国人よりフィリピンやロシアから来た人が多いという。 韓国の女性から外国人の女性に対象が変わっただけで、性搾取は相変らずそのままだ。 「ほとんどのフィリピンの女性は芸能人ビザ(E6)で入ってきます。 女性たちが韓国にくる時、歌手ではなく店で働くことを予想して来る場合もあります。 最近、政府の人身売買防止方針でE6ビザの女性は減っていはいます。 だが事業主は女性が必要なので、フィリピンの未登録女性やビザなしで入国できるロシアの女性、 カザフスタンの女性が増加しています。 20〜30%、国籍が変わっているという傾向です。 韓国とロシア間のノービザ協定が締結された結果です。 移住女性は主に健康や賃金問題で苦しみます。 基本的には勤労条件が二重契約になっています。 現地ではかなりいい条件で契約するのですが、実際にはそうではないのです。 未登録移住女性の場合は月給も受けられない場合が多いです。 性暴力や性暴力も申告しにくいし。」 クラブの建物の上の層は、ほとんどがクラブで働く移住女性の宿舎だ。 2階には事業主が暮らしているので、3階で暮らしている女性たちの動態がすぐわかる。 24時間監視システムというわけだ。 ジョイスは悪い事業主は、彼らが安心するまで出入をまったく防ぐ場合もあるという。 「公式の性売買がないクラブも『強要制ジュース』やお客さんに酒を買ってくれと言うのがあります。 割り当てを満たさなければ、女性たちは金を受け取れません」。 酒やジュースを飲む間、女性と身体的な接触をする。 ところでここのクラブの利用者は米軍だけではない。 近辺の抱川や楊州で働く移住労働者も多いという。 「米軍は12時までに家に帰らなければならないので、 その後の午前1時には移住労働者がきます。 その人たちが家に帰るまで女性たちは働かなければならないので、 朝6時まで12時間、15時間働くんです。」 アメリカン・アレイわれわれはクラブがある基地村を見た後、反対側の軍部隊の裏にある村に行った。 「アメリカン・アレイAmerican Alley」と呼ばれるここには、多くの外国人が暮らす。 前は米軍がフィリピン女性と同居して暮らすのがあたりまえだったそうだ。 いまもフィリピンの女性たちは米軍と結婚するのを成功と感じているようだという。 そのためか、移住女性が妊娠する場合も多い。 子供たちは近くの小学校に通う。 法的にビザがなくても移住児童の教育は保障されるが、 フィリピン女性の場合、子供たちがある程度大きくなると本国に送られる場合が多い。 村には新しく建てたビラも少しあるが、たいてい古い平屋が多かった。 英語で書いた賃貸メッセージがついた家もしばしば見える。 ジョイスはここの移住女性を対象にハングル教室や工芸プログラムを運営し、共同で食事もしている。 彼は「資源がない移住女性が自分で何か作れれば良い」と女性の声を聞いて支援をしている。 だがE6ビザは韓国で働く期間が最大2年なので、そうした信頼関係を持続するのは容易ではないという。 性産業の発達で基地村は他の歓楽街とあまり変わらないように思われ、 基地村問題を表わすことは容易ではない。 ジョイスは、保山駅で「わあ、きらきらきれいだ。ここは何をするところ?」と 写真を撮る人もいるといった。 彼の言う通り、まったく基地村を知らない人も多い。 軍事主義とジェンダー、移住と性産業が錯綜する基地村問題が 駐韓米軍撤収問題として言及されない理由でもある。 しかし東豆川で見られるように、米国基地の移転や米軍の政策によって基地村は その姿と規模、場所が移転するだけで、なくならない。 ただ流れるだけだ。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2018-08-04 09:28:19 / Last modified on 2018-08-22 14:07:01 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |