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「被爆者は語らなければ」〜江古田映画祭で被団協・田中煕巳さんが訴える
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堀切さとみ

 今年で14回目の「3・11福島をわすれない〜江古田映画祭」が連日大盛況だ。3月1日、武蔵大学で『歴史−核狂乱の時代』が上映された。制作は原爆投下から38年後の1983年。監督は羽仁進。

 映画の冒頭、日本軍に悪辣非道の限りを尽くされた中国の人達が出てくる。その彼らが、広島の被爆者の映像を真剣なまなざしで観ている。「原爆の苦しみから、日本人民は貴重な反省をしたと信じます」「核戦争だけでなく、普通の戦争にも反対です」

 次の場面は、アメリカの兵器売り込みの見本市。そして、日本を無条件降伏させた勝利にわくパレード。
 アメリカは日本人が原爆被害を語ることについて、箝口令をひいた。日本のカメラマンが撮影したフィルムを没収し、海外の人はおろか日本人にも、原爆の何たるかを知らせないようにした。

 核実験に携わったアメリカ人も、放射能の恐ろしさは知らされなかった。だから728回も核実験できたのだろう。記録するためのカメラは鉛の箱に入れられているのに、実験者たちは上半身裸だった。福島第一原発事故後の「トモダチ作戦」の乗組員たちを想う。

 アメリカからフィルムを買い取って、原爆の何であるかを伝えた10フィート運動。その映像をみて、被爆者たちは体験を語り始めた。
 現実を知る。このことがいかに大事か。


 映画のあと、日本被団協の田中煕巳さんが登壇。こんなに素晴らしい映画があるのだから、毎年上映したほうがいいと田中さんは言った。
 何度もノーベル平和賞の候補にあがりながら、もう無理だろうと思っていたところで、予想もしていなかった今回の受賞。今日の核情勢をみれば、もはやアメリカに気兼ねする状況ではないと、ノルウェーの委員会は判断したのだろうと語る。

 何度も推敲を重ねたであろう受賞スピーチについて、永田さんが引き出す。日本政府が一度も償っていないことを語った田中さんだが、今日この場で彼は言った。「悪いのは日本政府ではない。国民が悪いのです」
 会場は一瞬凍り付いたようになったが、田中さんは続けた。「こういう政府を選んだ我々が悪いのです」

 原爆投下から80年。福島原発事故から14年。
 我々はもっと知ろうとしなければ。
 そして当事者は語らなければ。そのために語れる空気をつくらなれば。
 そう誓う日になった。


*江古田映画祭2025プログラム


Created by staff01. Last modified on 2025-03-03 00:04:13 Copyright: Default

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