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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕坪田譲治『風の中の子供』
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毎木曜掲載・第325回(2023/12/7)

"子供向け"に留まらない「児童文学」

『風の中の子供』(坪田譲治 著)評者:大西赤人

 いつの世においても、年長者は若い人間に対して批判的になりがちである。そこには、年齢相応の知識ないし経験に基づく狒蠎蠅里燭瓩鮖廚Α平燭壇な)苦言瓩盍泙泙譴襪砲擦茵△燭生覆亮駝S蝋イ帽腓錣覆な事に対する単なる毛嫌い、反発という例も少なくないだろう。特にそれが親子の間であれば、「教育に悪い」という絶対の尺度が持ち込まれ、なおさら話は面倒になる。自分を振り返ってみても、子供の頃はテレビや漫画がしばしば槍玉に挙げられ、その後はファミコンをはじめとするテレビ・ゲーム、ポケベル、携帯電話、スマホ、あるいはそれらを介したYouTubeなどの映像コンテンツやSNSが次々に常に大人たちの顰蹙の対象となってきたように思う。(*写真右=坪田譲治)

 一方、その対極として常に推奨される存在は「読書」であろう。猖椶鯑匹爿瓩らといって子供が叱責される情景は、よほど特殊な条件が介在しない限り、まず考えにくい。大西自身もテレビや漫画は大好きだったものの、それらに関して親からうるさく言われた――規制された記憶は特にない。持病のためにしばしば学校を休む子供だったから、そういう娯楽くらいはと許容されていたのかもしれない。とはいえ、いわゆる「チャンネル権」はあくまでも親にあったので、ごく幼い頃から当時の人気番組だった『七人の刑事』や『判決』や『コンバット!』などを親に付き合って――けれども楽しんで――観ていた。他方、『飛ぶ教室』の回(http://www.labornetjp.org/news/2023/hon286)でも書いた通り、本を読むことも大好きだったわけだが、改めて思い出される印象的な作者として、坪田譲治が挙げられる。

 1890年生まれの坪田は1935年に著名な総合雑誌『改造』に発表した短編『お化けの世界』で注目を浴び、翌1936年に東京朝日新聞に連載した『風の中の子供』によって地歩を築いた。代表的な児童文学作家として位置づけられるけれど、元々の内容は――子供が主要登場人物となってはいるものの――いわゆる犹匐仝け瓩里話というわけではない。坪田による文庫本も何冊か持っていたが、最初に読んだ一冊は新潮社版『坪田譲治全集』の第一巻(1954年6月発行)である(写真・左)。父親が古本屋で買ってきたのだったろうこの一冊は、原形(写真・下 拾い物、これは第二巻)に較べれば函もなく、月報もなく、今や表紙もスッカリ色褪せ薄汚れてしまっている。

 坪田は、兄と叔父とが対立する同族会社の争いを身近に見聞きしており、その経験が『風の中の子供』をはじめとする諸編に反映している。全集の巻頭に収められた同作を読んだ時、小学生だった大西に強烈なインパクトを与えた言葉に――今では死語(現在は執行官)ながら――「執達吏」があった。主人公である善太(小五)と三平(小一)兄弟の父親が私文書偽造の冤罪で逮捕された後、対立する役員とともに家に執達吏がやって来る。この言葉の意味が判らなかった。辞書は調べたとしても、現実的なイメージが湧かない。その後、彼らが家中の道具を差し押さえ、「たんすにも戸だなにも、白い小さな紙が斜めに張り立てられていた」という描写が現われ、子供心に得体の知れない恐ろしさを感じたものだ。これには理由があって、坪田による本書巻末の「あとがき」に『お化けの世界』や『風の中の子供』に至るまでの毎年の原稿執筆枚数と稿料、その経済的苦境が精細に記されていて、それを何度も読みながら、爛Ε舛良秧討慮狭討眷笋譴討い覆い茲Δ世韻鼻大丈夫なのだろうか? (もしや執達吏がやって来たりはしないのだろうか?)瓩覆匹般兪曚鴉しくしていたように思う。

 『笛』という短編も印象的だ。吃音のある善太は偶然拾った呼子笛に魅入られ、授業中に思わず吹いてしまう。担任から黒板の脇に立たされ放置された彼は、引っ越しを控えている家に向かってやむにやまれず走り出し、吹きつづけていた笛を電車の線路に投げつける。

「善太はなにを思ったのか、その電車の前へ大声で叫びながら駆けこんだ。
『先生の馬鹿野郎っ。』
 その声は少しもどもっていなかった。」

 この端的な終り方は、その後、大西が文章を書くにあたって影響を与えたものと自覚する。また、本書には収録されていないが、家の窮迫に備えて(備えるつもりの)子供が、彼にとっては大いに価値があるものの金額としてはタカの知れた貨幣を庭木の根元に埋め、木肌に「マサカノトキハコノシタホレ」と彫るという短編『まさかの時』なども今も忘れがたい(文庫本が見当たらず、細部に記憶違いがあるかもしれない)。

 坪田の郷里・岡山市では、1985年に「坪田譲治文学賞」を制定するなど、彼の顕彰を続けている。今の子供たちにとって、あるいは大人たちにとっても、その物語は身近な存在ではないかもしれないけれども、一読に値する作品であると思う(余談ながら、同賞が生まれた1985年に大西の出した小説『影踏み』は、第一回「坪田譲治文学賞」の最終候補作五編に入っていたそうで、現在も同賞に関するサイトに記載が残っている。大西が何らかの賞の候補になったことは、後にも先にもこの時だけである)。


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