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国家とメディアの「人権侵害」とたたかった山口正紀さん〜『言いたいことは山ほどある』発刊

松原 明

 ジャーナリストでレイバーネット会員でもあった山口正紀さんが亡くなったのは、2022年12月7日だった。享年73歳。4年以上にわたる肺がんとの闘病を経て、入院先で緩和ケアを受けながら、家族に見守られてこの世を去った。闘病のなかで山口さんの執筆意欲は衰えるどころか、ますます活発にメディア発信をつづけた。それがレイバーネットに2020年6月から22回にわたって掲載された連載コラム「山口正紀の言いたいことは山ほどある」である。

 そしてこの春、単行本として発刊されることになった。副題はずばり「元読売新聞記者の遺言」だった。これは本人が付けたものだ。私は亡くなる2か月ほど前に電話口で山口さんとお話した。山口さんは「じつは連載コラムの出版計画が進んでいる。写真などで協力してほしい。サブタイトルは“元読売新聞記者の遺言”と考えているがどうか?」と言われ、私はすぐに返すことばに窮した。が、茶目っ気たっぷりに話すので「そうですか」と相づちを打ったのを覚えている。生存中に出版ができなかったのは残念だが、メディアを志す人間に読み継がれる本の形になってよかった。

 山口さんのことで私が一番忘れられないのは、レイバーネットTVが2010年5月に始まったときに、かれが言ったこの言葉だ。「画期的なことが始まった!」と。レイバーネットTVの出発をだれよりも喜んでくれたのが山口さんであり、番組でも「山口正紀のピリ辛コラム」のコーナーでメディア批判を続けてきた。物腰や語り口は柔らかいが、鋭い批評だった。山口さんが何より憎んでいたのが、国家による人権侵害=冤罪であり、それに加担するメディアだった。新刊『言いたいことは山ほどある』には、その真髄が込められている。ぜひ多くの人に読んでほしい。本稿では、本書の前書きとレイバーネット記事を引用して、かれの仕事を伝えたい。

●本の「前書き」より(山口正紀)

 私は1949年、大阪府に生まれ、1973年に読売新聞に入社した。約30年間新聞記者として取材・編集・報道の仕事に携わった後、2003年末、読売新聞を中途退社。以後フリージャーナリストとして活動してきた。私は「読売」入社直後から新聞報道のありよう「新聞記者であること」に悩んできた。権力を監視し、市民の人権を守るべき立場にあるメディアが、いつのまにか警察など権力の情報操作に操られて権力の一部と化し、市民を苦しめている。その最たる例が、警察情報を鵜呑みにして逮捕された人を犯人視し、プライバシーを暴き立てて取り返しのつかない被害を与える犯罪報道だ。自分はそんな人権侵害のために記者になったのではない。

 そんな思いから、一九八五年に発足した「人権と報道・連絡会」に参加し、以後報道被害者の支援に関わってきた。その一方、社内で記事を書ける部署を次々と奪われたため、社外メディアで報道批判の活動に取り組んできた。

 2002年、『週刊金曜日』の「人権とメディア」欄で「日朝国交交渉」を巡って書いた「拉致一色」報道批判の記事が社内で問題にされ、不当な人事異動の上、『記者職』を剥奪された。それをきっかけに、私は「読売」を退社、以後、『週刊金曜日』やインターネットメディア「レイバーネット」などで、翼賛化の一途をたどる大手メディアの報道検証や強まる憲法破壊の動き、とりわけ安倍晋三政権の壊憲政治批判に力を注いできた。また、「人権と報道・連絡会」以来ライフワークとなってきた冤罪や死刑廃止、メディアによる人権侵害の問題でも精力的に取材し、書きたいことを書いてきた。

 私はレイバーネットで始まった「レイバーネットテレビ」――「市民による市民ためのメディア」の活動にも積極的に参加するようになった。大手メディアが取り上げようとしないテーマに市民運動が直接切り込み、当事者の生の声を伝える。ネット時代の新しい市民メディアの誕生だ。私はそれに参加することに大きな喜びを覚えていた。(引用ココマデ、写真は2018年8月の合宿)

●レイバーネットTV「画期的なことが始まった!」

 山口さんが「大きな喜び」を覚えたというレイバーネットTVの初回放送は、2010年5月17日だった。その時の報告記事を私はレイバーネットにこう書いた。
*写真右=初回に出演した山口さん

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 5月17日午後8時〜9時20分、レイバーネットTVの初放送(ゼロ号)が行われた。スタジオの東京・四谷メディアールには、出演者・スタッフ・観客など30名が集まり熱気に包まれた。番組は、「News digest・ザ争議・教えておじさん・不満自慢・今月の一本・ユニゆに・ご意見番」の7つのコーナーで進められたが、終始、笑いの連続だった。「労働運動って面白くて楽しくて意義がある」、そんなメッセージが詰まった番組になった。
 山口正紀さんは講評で「労働者が自ら発信できるTVがうまれた。これは、日本のメディアの中で画期的なことで、感激した」と感想を述べた。視聴者数も500人を超え、多数のコメントが寄せられた。終了後は、近くの店に移動して20名余りで二次会。一人ひとりが感想や抱負を述べた。山口さんからは「マスコミ批評のコーナーをやってみたい」との提案もあった。初の労働者テレビの成功で、みんなの顔は輝いていた。レイバーネットでは、今回のゼロ号を踏まえて、本格的にTV発信を展開する予定だ。
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●2018年レイバーネット夏期合宿のこと

 山口さんのことでもう一つ書きたいことは、2018年8月のレイバーネット夏期合宿のことだ。じつはこの時に山口さんに体の不調がわかった。突然「食べ物がつかえる。体調がおかしい」と言い出した。その後わかったことは、肺がんが広がっていて、食道を圧迫していたのである。しかしこの日、山口さんは予定とおりに特別講義「記事の書き方」を行った。質疑を含めて2時間の講義だった。新聞記者として鍛えられてきた山口さんのノウハウがつまっていた。山口さんはこの時、インタビュー記事の準備の大事さを強調してこう語っていた。

「インタビュー記事は準備が大事。対象者が書いたものや本をたくさん読んでおく。そして聞きたいことのメモをつくる。私は聞きたい項目をたくさん書き出して、それを重要順に並べて、その順番で聞くようにしている。2時間の取材予定であれば、時間切れになっても重要なものは聞ける。でもたまに相手の厚意で大幅に時間オーバーするときもあった。印象深いのは反戦ジャーナリストのむのたけじさん。30年近く前だが、横手市の自宅に行って話を聞いたのが、意気投合してしまい“山口さんメシを食っていけよ”となった。結局、昼の2時から夜の9時まで時間をとってもられた。とても感動した。その時も事前に準備していったことがよかった。むのさん自身に共感してもらえたのだ。取材するときの心構え「事前の準備」はとても大事だ。」

 最後に、山口さんの「前書き」から再度引用する。
「読者からも温かい反響があって、何とか月一回、体調の良いときを見計らって、記事を書くようになった。それが闘病生活にも大きな力になったと確信する。全身の骨転移は一層広がり、最近では椅子に座っているのも辛くなってきた。コラムでは安倍銃撃事件について取り上げようと、記事・資料を集めたが、いまだに書けないでいる。それが心残りだ。まさに「言いたいことは山ほどある」のだが・・」

★発行=旬報社 1760円(税込)https://www.junposha.com/book/b621832.html
★レイバーネットで取扱い中。3.4レイバーネット総会で初披露します。→総会詳細
★山口さんの動画「記事の書き方」(65分)https://youtu.be/MiHOam_PuDw


Created by staff01. Last modified on 2023-03-03 17:32:43 Copyright: Default

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