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毎木曜掲載・第241回(2022/2/3)

日本の状況は悲劇なのか喜劇なのか

『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(山岡淳一郎 著、岩波書店、1800円) 評者:大西赤人

 新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)が地球上に出現してから、丸二年以上が過ぎた。歴史は繰り返すことへの皮肉なニュアンスで牋貪挂椶枠畄燹二度目は喜劇瓩箸いι集修呂靴个靴亳聞きするところだが、2020年初頭に端を発した日本における流行は、二度目=第二波どころか第三波、第四波、第五波とその振幅を増しながら反復してきた。それでも、ワクチン接種の浸透によって一旦は収まるかとも思われたが、新たな変異株である感染力の強いオミクロン株の蔓延によって――少なくとも感染者数を見る限りでは――これまで前後三回の緊急事態宣言時を遥かに上回る勢いで拡大している。

 ここで起きているものは、決して人々の想像を超える事態――決まり文句の「想定外」――ではなく、むしろ、当初から十分に予想された出来事だった。感染力の強い世界レベルで拡がったウイルス感染症であり、人から人へとうつり、ウイルスには容易に変異が起き、その伝播には倏鉢瓩ある。決定的な治療法はなく、ワクチンが驚異的な速さで開発されたとはいえ、接種開始時点では、感染・発症後の重篤化を抑えるだけで、そもそも感染自体の防止は期待されていなかった(結果的に感染防止の効力も見られたが、いずれも数ヵ月で減退するため、三回目、あるいはそれ以上の「ブースター」接種が必要という話になっている)。このような条件の下、自然収束を期待しがたいことは当たり前で、最大のポイントとなる作業は、波と波の間に、いかにして以降の波に備える体制を構築するかであろう。その意味では、日本の状況は悲劇、喜劇から始まり、今や第六波は「何劇」だろうか。

 コロナに関する本もあれこれ出ているけれども、未だ岩波ブランドへの多少の信頼も含めて、この本を手にしてみた。山岡の著作としては、先に本欄で『ゴッドドクター 徳田虎雄』を紹介したことがある。「あとがきにかえて」には「月刊誌『世界』二〇二〇年一〇月号から二〇二一年一一月号に連載した『コロナ戦記』をもとに加筆、再構成してまとめた」と記されており、帯にもある通り「同時進行的ドキュメンタリー」となっている。同じく帯には「現場の苦闘、迷走する政治 なぜ、日本は新型コロナの拡大を止められなかったのか――」と書かれているが、全体の筆致は、特に国(安倍、菅)、東京(小池)、大阪(吉村、松井)などのトップ=為政者に対して批判的で、それに振り回されながらも厳しい日々を奮闘した病院や保健所、そして病者に対して共感的である(ただし、先回りすれば本書は、昨年10月時点における第五波の急速な減退について「ウイルスの勢いが衰えた原因は、じつのところ不明である」と曖昧に述べたところで終っており、当然ながら第六波への言及はない)。

 「なぜ、日本は新型コロナの拡大を止められなかったのか」との断定的表現には、バイアスを感じる向きもあろう。総人口に差はあれ、アメリカやブラジル、インド、メキシコ、あるいはヨーロッパ各国はじめ、既に数万人から数十万人が犠牲となっている国々と比して、現在なお累計死亡者数が二万人に届いていかない日本を「拡大を止められなかった国」と呼ぶことは相応しくないかもしれない。しかし、一方では、中国や台湾、シンガポールなど、日本よりも格段に死者数を抑えた国も厳然として存在する。日本が世界の先進国、一流国を標榜するのであればなおさら、どのようなより良いコロナ対応があり得たのか、反省とともに教訓として受け止めなければならない。

 この二年間、社会、メディア、そしてネットの世界では、数多《あまた》の「専門家」が登場し、とりどりの分析と主張を述べてきた。厳重に警戒すべき疾病vsただのカゼ、マスク有益vsマスク無価値、PCR検査を断固推進すべしvsPCR検査は慎重に、ワクチンは有効vsワクチンは有害、子供にも接種すべしvs子供には打つべからず、etc、etc……。しかし、相手は未知の新興感染症だったのだから、過去の知見から演繹的に推論を展開することは可能にせよ、COVID-19に関する真の「専門家」は居なかったはずである。けれども、彼らは自信ありげに様々な御託宣を口にし、その言葉を無批判に受け容れる人もあれば、不当・不必要に反発する人も出てくる。

「政治家が専門家を純粋なアドバイザーとして立てていると思ったらナイーブすぎるだろう。ときに政治家は彼らを世論の弾よけに使い、責任をなすりつけ、駒として使おうとする」

 第5章「危機に立つ精神医療」や第10章「大阪医療砂漠」で描かれる元々弱い立場の人間がコロナに襲われた際の厳しい実態は、「GoToトラベル」とか「東京アラート」とか「大阪モデル」とかというような政治的パフォーマンスが、いかに空疎で虚偽的なものに過ぎなかったかを改めて読む者に突きつけてくる。たとえば、感染者・患者のための入院ベッドが✕✕床ある、重症者への切り札となるエクモ(体外式膜型人工肺)が✕✕台あるという数字は、それだけでは意味がない。一床、一台、一人に携わる医療者が必要であり、仮にそれを何とか満たしても、当然ながら玉突きで救急診療、一般診療へと影響が及ぶ。

 コロナの問題は、東日本大震災・福島第1原発の問題と極めて似通っているように思う。本当なら想定可能(想定すべき)だった事態を「想定外」と位置づけ、経済効率を最優先にして平時における備えを無駄と見做して削減し、いざ事が起きて手に負えなくなってしまったら、それまでの基準のほうを緩和することで表面的に乗り越える。原発事故直後、たちまち食品中の放射性物質の暫定規制値が大きく上方修正された素早さは忘れられないが、第六波の拡大に伴う「みなし陽性」や「濃厚接触者待機期間の短縮」の導入に、同様の性格を感じてしまう。

 山岡は「あとがきにかえて」の中で「政府と、その周辺の専門家が仕切るコロナ政策は、今後『歴史の審判』を受けることになるだろう」と記しているが、この戦いは、まだまだ終りそうにない。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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