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自分で考え自分の言葉を持つこと〜書評『災害からの命の守り方〜私が避難できたわけ』

堀切さとみ

 東日本大震災からまもなく10年になろうとしている。「地震」「津波」「原発事故」と いう惨禍に直面した日本が、もっとも教訓にすべきものは何か。何といっても「命をどう 守るか」であり、そこに異論を挟む人はいないだろう。津波から命を守るには、他の人を 気にせずひたすら逃げよという「てんでんこ」の教えが再評価された。しかし、原子力災 害についてはどうか。放射能から逃げることについてこの社会は否定的であり、今も多く の人を苦しめ続けている。

 そんな中、学者でもジャーナリストでもない、一人の被災者の手によって書かれた本が 出版された。『災害からの命の守り方〜私が避難できたわけ』(文芸社)

 著者は福島県郡山市から大阪に避難した森松明希子さん。医師である夫を福島に残して 、幼い子どもと三人だけの避難生活を続けて9年になる。「当事者として何ができるかを9 年間考え続けた」そのことを綴った本書は460ページと膨大だが、読み進めながら、何度 も自分がその場にいるような感覚になった。

 郡山市は原発から60キロ。一度も避難指示が出されたことはない。しかし、ここに住 み続けていいのかと悩む住民は大勢いた。森松さんにとって一番ショックだったのは、東 京の金町浄水場の水から高濃度の放射能が検出されたニュースを聞いた時だ。東京の水が 汚染されているのに、郡山が安全な筈がないではないか。情報がこなかったとはいえ「子 どもに汚染された水を飲ませてしまった」と心底悔やみ、避難することを決めるが、様々 な壁につきあたる。国から避難指示が出された20キロ圏内の住民は経済的な補償を受け ることができるが、郡山市のように指示が出ないのに避難した人は「する必要のない避難 をなぜするのか」「神経質だ」と言われてしまう。森松さんの周囲の「ママ友」たちは、 それぞれ葛藤した末「避難する人」「残る人」「避難したけれど戻った人」に分かれてい った。その中で「避難したけれど戻った人」にのみ助成金が出される。今までの人生の中 で、いつも多数派の中にいると思っていた森松さんは、避難して初めて「少数派」になっ たと実感したという。


*森松明希子さん(2018年4月)

 「ある一つの、誰かに都合のいい言論があたかも正しいことかのようにお金をつぎ込ん で宣伝されると、事実は消されてしまう」。漫画『美味しんぼ』で主人公が「福島で鼻血 が出た」という一コマを切り取って、物凄いバッシングが吹き荒れたのは2014年。「事実 無根」「福島の復興を妨げている」と現職の官僚までが漫画家を批判し、連載は中止にな った。そんな社会の中で、フツウのお母さんが「我が子が鼻血を出したから避難せざるを 得なかったんです」なんて言えるはずがないと、森松さんは書く。

 2018年に国連人権理事会で「避難の権利」を訴えた森松さん自身も、様々なバッシング を受けた。たとえば「放射能の知識もないくせに」と書き込まれたりする。しかし、放射 性物質の名前や半減期の数字を諳んじれることが、そんなに大事なのか。農作物が売れな いのは、不安をあおる人がいるからだといわれる。でも、命を守るためには「何となく不 安だ」という防衛本能が不可欠だ。その感覚を、住民自らが封じ込めてしまっていいのか 。この9年間に、どれだけ被害者どおしが対立したり、被害を受け た人が加害者扱いされたりしたことか。いじめられないように避難者であることを隠す人 は少なくないが、そういった人たちは避難者としてカウントされることもない。そんな現 実に真正面から向き合い、対話することを、彼女は決してやめなかった。

 森松さんはいう。災害から命を守るために必要なのは、避難訓練を重ねて思考停止に陥 ることではない。自分自身が考え、自分の言葉を持つこと、そして自分の権利を手放さな いことだと。福島第一原発事故から10年を前に、この本と出会えてよかったと心から思う 。次の十年をどう生きるか、本書をベースに考えることが出来るからだ。

 翻って私は、10年前、あれほど放射能に脅える日々を過ごしたにもかかわらず、いつの 間にか他人事となり、時に「3.11の被災者」に同情している。「自ら当事者であることを 放棄した当事者ほど厄介な存在はない」という言葉が、痛烈に胸に迫る。

→レイバーネットTV156号(2/17放送)に森松明希子さんが出演します。ぜひご覧ください。レイバーネットTV


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