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第7話 キヨホーヘンの巻 新戸育郎

 (2008年4月27日掲載・連載の一覧はこちらへ。毎日曜更新)

   死んだように静かな中2のクラス、その後も雰囲気の改善は見られない。新戸センセのため息はますます深く大きくなっていく。でも兆しは‥‥あるのか?

《見つからない打開策》

 前回同様、相変わらず中2の国語のクラスがうまくいかない。
 2クラスのうち、特に優秀な連中が集まっているはずのAが、とにかくシラーッとしている。
 発問しても答えないから仕方なくこちらがしゃべる。するとよけい向こうは黙る。これじゃ駄目だと思って色んな質問を投げかけ、かたっぱしから当てていく。わかりません、といってくれるのならまだやりようがある。ただ黙っている。  聞こえていないのかと思って「どうだろう、よくわからないか?」といってもうつむいてただ黙っている。
 じっと待つのも限界があるので、ちょっと考えておこうな、などといって隣に当てる。そいつもしゃべらない。本人のノートをチラと見ると「問1、○○」などと答えがちゃんと書いてある。それを口にすればいいだけなのにしゃべらない。一体こいつら、ナニ考えてるんだ〜?
 先生が怖いのだろうか。怒ったことも厳しく叱ったこともないのに。それともただ、表現力に乏しい? そんなことはないと思う。成績も能力も悪くはない子どもたちばかりだ。どこが間違っているのだろう。
 思い返してみてひとつだけいえるのは、最初の頃、ちょっと難しい質問をしすぎたかな、ということだけ。しかしそれから回数も重ねて、質問のレベルも配慮しているつもりだ。「3時に会います」の「に」という助詞は時間を意味する格助詞だ、という説明を前回やって、今回、「6時に起きました」の「に」はどういう働きかな?という質問をするともう答えられない。「時間か場所か目的か」とヒントを与えても目を伏せたまま黙っている。
 ほんとに何が悪いのだろう。いい加減頭にくるのを抑えて、どうしたらいいんだろう、どうしたらいいんだろうと思い続けながらチャイムの音に救われる。打開策が見つけられない。
 ひとつ思い出すことがある。私が中1のときのクラスはひどく静かなクラスだった。先生が質問しても誰一人手をあげようとはしない。姑息ないたずらなどは陰でこそこそするくせに、表に向かって表現はできなかった。そういうクラスの雰囲気の中では、ひとり目立つことがやりにくくなる。他人の視線も気になる。そういうことかもしれない。先生はきっとやりにくかったのだろうなぁと、今ごろになって同情する。

《驚異の数字》

 そんな状態で毎週の中2の国語の日が巡って来るのは、死刑執行人がこちらに向かって歩いて来る気分。最初はやりやすいと思ったのだが、今は最も気が重いクラスだ。
 足取りも重くスクールに入った。担当の専任講師と少し話をする。
 と、「あ、そうそう、新戸先生に見せなきゃならないものがあります」とファイルを持ってきた。「例の模擬テストの結果が出たのですが、これが全スクールのクラス平均の一覧です」
 差し出されたファイルを見ると、国語の成績順にクラス名がずらっと並んでいる。その右横には担当講師名。つまりこれは、クラス順位表であると同時に講師の勤務評定番付でもあるのだ。
 「新戸先生、ご自分でどうだと思います?」とその講師がニヤリとした。
 いや〜な気分で「さあ、さっぱりわかりませんが」というしかない。
 「これ、Aクラスの分です。+0.2ですね」
 ということは前回の模擬テストより0.2だけ成績は上がったということだ。これがどれほどの意味かよくわからないが、まあ上がったのだから講師としても喜んでいいのだろうとその時は思った。あとで知ったのだが、これがいわゆる偏差値なのだそうだ(そんなことも知らずに講師をやっている)。
 「ところがですね‥‥」
 ドキッ!
 「Bクラスですが、どう思われますか先生。なんと7.8も上がっているんです! これはですね先生、ほとんど普通じゃあり得ないような数値なんですよ。普通よくても1前後ですからね。信じられないほどの数字なんです。新戸先生、どんな教え方をされました? 私、ぜひ教えていただきたいんですが‥‥」
 はぁ? と私はきつねにつままれたような気分。これはひょっとしてほめてもらっているのかな。
 「そうですね、私の教え方には特別の秘密がありまして、誰にでもできるというものではないと思いますよ、ははは‥‥」などと言ってみたい気分だった。
 成績が上がった? そんなの不思議でもなんでもない、生徒が頑張ったからではないの? AもBもおんなじ教え方をしてるんだから‥‥。
 教えてくださいだって? 人のことをNHKのラジオ講座だといったのはおタクの上司ではなかったのかねぇ、なんてこともババンと言ってみたいが我慢するしかない。  「そうですか、う〜ん、どちらのクラスも結構苦労してるんですがねぇ」と、これは正直にその通り言う。  もし本当に古文や文法の知識が(楽しく)身についていい点をとってくれたのならもちろん嬉しいのだが、短時間でそんな驚異的な成績向上などは考えにくい。かなりの部分はまぐれではないだろうか。飛行機だって、上昇気流に乗って急浮上すると、そのあとあの嫌な急降下があるではないか。今回はよくても、次回以降大幅ダウンしないことを祈るのみだ。
 ま、それでも少し気が楽になって授業に臨んだ。

《愚問・賢答》

 このクラスを受け持った最初の頃、最前列に座っていた女子生徒から「先生、この問題、おかしくないですか?」と質問(あるいは抗議)を受けたことがあった。
 子どものことを書いた詩の読解の問題で、「この詩のテーマは何か」というもの。4つの選択枝のうち2つは「母親の愛情が描かれている」と「子どもの可愛さが表現されている」とあった。私は事前の準備のとき後者に丸をしたのだが、正解は「母親の愛情」だという。
 このスクールの国語担当講師になぜこれが正解なのかと質問してみると、虎の巻に書いてあるような理屈を述べたあと、「正解はそうなっていますから」と逃げた。
 1つだけが正解などということはあり得ないこのような愚問に対する私の疑問を、講師はごまかしたがその子は正しく指摘したのだ。
 「その通りだね」と言うしかなかった。
 その気持ちをずっと引きずっていたので、このときの単元であった小説の読解は少し工夫してみた。
 やはり教科書の例文はあまりにも面白くなく、設問もくだらないので、自分で読解文を用意したのだ。以前私が作った何作かのショートショートから『幸福家族』という作品を選び、プリントにして読ませてみた。
 いくつか設問を設け、最後に感想を聞くなど生徒との対話にこれ努めた。生徒との関係改善の手段として考えたのだが、「変な小説だ」とか「ばかみたいだ」とか、「幸福すぎてみんな惚けてしまったんだろう」とか色々感想が出て、一応成功ではなかったかとほっと胸をなで下ろしたのであった。
 あとから「こういうプリントを使った」と担当講師に話したら、「理想的ですね〜」との返事。ははぁ、そういうもんかいな‥‥。
 この頃からようやくBクラスはほぐれ始めてきた。やれやれという感じ。しかしAについてはまだ解決への手がかりはつかめない。    4年生のクラスを担当していてクビになったことは前回話した。
 そのときの生徒が何人か、中2の授業の休憩中に職員室にやってきた。大きな魚の絵を描いたりした、あのクラスの子たちである。1人が私を見つけると「先生!」と声をかけてきた。
 「どうして先生、代っちゃったの?」
 不満そうに言ってくれて、私はうれしかった。


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