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第6話 派遣講師に明日はないの巻 新戸育郎

 (2008年4月20日掲載・連載の一覧はこちらへ。毎日曜更新)

  

 体面を気にする塾経営。そのせいか、なにかちょっと問題があるとすぐに講師をクビにする。まして派遣講師だ。明日の、いや、きょうの仕事があるのかどうかさえ怪しい。そんな薄氷の上を、新戸先生は恐る恐る歩いて行く。

《NHKのラジオ講座》

 中2の国語の授業のときであった。

 閉めたはずの入口のドアが開いている。さっきたしか閉めたはずなのに、と思って閉め直す。

 と、ふと見たらまた開いている。あれ〜、おかしいなぁ‥‥と思っているところへ、このスクールの親分、Y室長が顔を出して私にメモを差し出した。

 「授業をモニターしますのでドアを開けておいてください」

 何のことはない、新米教師がどんな教え方をしているのかチェックしようというわけだ。悪くいえば検閲。

 ちょうど苦労していた授業だった。なぜかというと、生徒がきわめておとなしい。自分から発言することなど皆無。当てるとやっと蚊のなくような声で答え‥‥ればいい方で、ただただ黙っている子がいる。答えがわからないのならわかりませんと言ってくれれば対処のしようもあるのだが、わかっているのだかわからないのだか、当てられて考えているのだか当てられたこと自体気づいていないのだか‥‥。

 せっかく考えているときに、答えが返ってこないからとすぐ別の生徒に振るわけにもいかず、かといっていつまでもじっと待っているわけにもいかない。仕方がないから適当なところで「ちょっと難しいかなあ。これはね、‥‥」と解説を入れざるをえない。  そういう感じで授業に困難をきたしていたときにこのモニターだ。

 授業が終ってから、Y室長「ちょっと新戸先生、いいですか」ときた。「私は国語に関しては中身はわからないのですが、先生の授業を聞いていまして、まるでNHKのラジオ講座を聞いているように感じました。もう少し生徒との対話が必要なのではないでしょうか」。

 そりゃごもっとも。本人がそれで困っているのだから。それで、
 「生徒が全然しゃべってくれないんですが、どうすればいいですかね」と逆に聞いてみた。

 さすがにY室長はベテランだ。こういうやり方はどうですか、といって、2、3、具体的な方法を例示してくれた。例えば問題を解かせる場合でも、ノートに答えを書かせ、それをいったん伏せて、考えながら答えさせる、とか。そうしないと、当てられても自分のノートを見てただしゃべるだけで、先生とのコミュニケーションにならないと。なるほど、具体的なやり方というものが案外大事なんだなあ、と私は感じる。

 そのあと2、3回あって、やはりまだ非常におとなしいので困っていると言ったら、別の先生は「非常に簡単な馬鹿みたいな質問をどんどん投げかけてみたらどうですか」という。たしかに今までの発問は難しすぎて、生徒たちは緊張して答えられなかったのかもしれない。頭の中で考えていた理想論が現実を前にして崩れていく。ちょっとした具体的アイデアで教室の雰囲気は案外簡単に変わるのかもしれない。テクニック万能になっても困るのだけれど。

 生徒が心を開いてくれないのはつらい。だがそれは生徒の性格や態度を理由に片付けることはできない。やっぱり先生が問題みたいだなあ‥‥う〜む。それにしても、どうしてこうとんでもなくうるさいクラスと静かすぎるクラスの両極端なのだろう。頭も胃も痛い。

《試験の結末は‥‥》

 一方、火曜日の小学4年生の国語は、私にとっていちばん楽しい授業だった。クラスはCで、成績は悪い子どもたちなのだが、人なつっこくて最初から先生も友達という感じ。授業も、こちらに一般常識さえあれば教えられる内容だから、特に難しい下調べをしていく必要もない。1週間のうちの息抜きの日だった。ただ多少苦労するといえば、2時間の授業(中休み5分)なので最後まで子どもたちの興味を引き付けておけるかどうかだけだ。たいていは最後の方になると彼らはダレ始める。前回の授業などでは、「目がなくても見える魚」という文章の読解だったので、黒板いっぱいに大きな魚の絵を描いてサービス。たちまち「そんな大きな魚だったら水槽に入らないよ」「これ(黒板)が水槽だよ」「水槽の中に黒板消しなんかあるの?」「それ(チョーク)は魚のウンコじゃない?」などと歓声が飛び交う。

 その前の週だったか、この学園の模擬テストというのが行われた。その結果によって、ABCのランクがつけられて、あからさまにクラス替えが行われる。

 結果の一覧が講師に配られる。見ると、当然このクラスは一覧表のいちばん下に固まっている。それだけではなく、特に国語の成績は前回と比べてほとんどがマイナスだ。マズイなー、何か言われるんじゃないかなー、と思ったがその週と次の週は別に何もなかった。

 もちろんそのクラスを教え始めてまだやっと4回ほどなんだし、悪い成績を性急にこちらの責任にされても困る。講師の能力がそうすぐに成績に反映するわけでもなかろう。逆にそこまであせって講師をとっかえひっかえしていたら教育なんて成り立たないのではないか。と思いながら火曜日の授業を終えて帰ってきたその日、派遣元(株)ゼニコからの電話。

 「センセ、あの、火曜日なんですが、授業がなくなりました」
 「え? どういうこと?」と私。
 「これあの、クレームでも何でもないんですが、火曜日の小4を、今まで担当されていた向こうのスクールの先生の時間が空いて、できるようになったということなので、センセのご担当はなくなりました」
 「そんなこと今まで一言も聞いていないじゃない」
 「えまあそうなんですが、決してクレームでも何でもありませんので気を悪くされませんようにセンセ」

 ということで空いた火曜日は別の中1の国語を担当していただけませんかという話になった。「クレームではない」か‥‥。しかしもしスクール側が大変いい先生だと認めているならば、途中から交替なんてことはないだろう。何かあったのだろう。とするとやはり、模擬試験の子どもたちの成績しか思い当たることがない。

 ただ、例えそうだとしても、性急すぎるんじゃないか。それともこの予備校はいつもこんな風に講師をとっかえているんだろうか。1人1人の名前と顔が結び付くようになったとたん、これだから‥‥。

 唯一の楽しみが突然なくなった。来週やってきた子どもたちは、急に代った先生のことをどう思うのだろうか。

《あいつらバカですから》

 新しく担当せよと言われた中1の国語。同じ金福学園の別の教室なのだが、初めて行ったときのことを少しだけ書いておこう。

 ここには国語の専任の教師はいなかった。同じ中1の別のクラスを持っているのが、大学生なのか院生なのか、メガネだけが目立つ、子どもが背広着て歩いているような、いかにもちゃらんぽらんなとっちゃん坊やだった。

 その「先生」が(一応)面倒みてくれて、これをこう準備してあれをこうして‥‥と。  ところがどれもこれもいい加減で、印刷物が足らなかったり予定のものができていなかったり。でもこのとっちゃん坊や、平然として、「まぁ、Cの連中ですから、あとは先生のいいように適当にやってください。あいつらバカですから」

 こういう言葉を平気で言える「先生」が子どもたちを〈教えている〉。確かにきちんとした講師もいるその同じ学園に、こういうのも棲息しているのだ。

 そんな「バカ」なクラスほど、生徒は個性的で面白い。もちろんどうしようもないやつもいる。でも、そんなに無理して勉強しなくてもいいのに、とつい言いたくなってしまう。こういう連中と、受験だ何だといわずに純粋に遊ぶことができたらどんなに楽しいだろうか。

 私の内心はこう叫んでいる。「塾なんて行かない方がいいぜ〜」と‥‥。


Created bystaff01. Created on 2008-04-21 11:24:28 / Last modified on 2008-04-25 12:37:43 Copyright: Default

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