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料金所に置いてきたユニフォームをまた着る日

[ワーカーズ ルポ]韓国道路公社料金所料金受納労働者の「子会社反対・直接雇用」闘争の話

ヨンジョン(ルポ作家) 2019.08.29 11:34

[筆者注] 8月29日現在、「子会社反対・直接雇用」を要求する韓国道路公社の料金受納労働者たちの戦いは2か月を越えている。 ソウル料金所の高さ10メートルのキャノピー高空籠城は61日目、青瓦台野宿座り込みは60日目になった。 大法院は8月29日、「韓国道路公社が不法派遣された料金所料金受納労働者の直接の使用者」と判決した。 8月の猛暑の中で直接雇用を要求して戦った料金受納労働者たちの闘争がさらに注目される。 その闘争の理由と労働者で生きてきた話を読者と分けようと思う。

[出処:ヨンジョン]

下半身を出して通る人もいます

8月8日午後、約200人の韓国道路公社料金受納労働者が野宿座り込みをしているソウル青瓦台の前。 立秋という言葉が面目を失うほどに、35度近い暑さと湿度にじっとしていても疲れる日だ。 労働者たちは日よけテントの下にゴザを敷き、三々五々集まって内輪であおいだり、 携帯用扇風機を回して話を交わす。 顔にタオルをかけたまま、熱帯夜で不足した睡眠を補充したりもする。 座込場の周辺にはテントとふとんや個人の荷物が入ったキャリアが並んでいる。

仁川料金所料金所で働いて、子会社に行かなかったという理由で6月末に解雇された キム・ヨンミ、パク・ジュヨン(仮名)、チェ・サンネ氏と会った。 短くても15年から長ければ20年近く、仁川料金所料金所で受納業務を遂行してきた人々だ。

「車が押されればなぜ車が押されるかと悪口を言いながら、お金を投げる人もいます。 AVビデオを写しながら見せる人もいます。 見つめなければ高額のお札を出して、お釣りを渡す時に見せたり、動かなかったりします。 下半身を出して通る人もいます。 なぜ通行料を取るのかとののしる人々もいて、 突然事故がおきて車が停滞すればお金を払わずに行く人もいます。 一日中この調子では仕事にならないのに、そんな日があります。 ご苦労さんと挨拶する顧客もいます。」

2002年に入社したパク・ジュヨン氏は、前は想像もできなかった人をずいぶん見たと言う。 それでもここで働きながら、生計を維持して子供たちを育てたので、 料金所料金所は貴重な職場であった。 出勤して働いて、同僚と会うのが楽しかった。 しかし、その喜びは長続きしなかった。

一日で正規職から用役業者に

キム・ヨンミ氏も2000年に韓国道路公社仁川料金所料金受納担当正規職として入社した。 その時、3歳だった息子が23歳になる間、ヨンミ氏には多くのことがあった。 2009年には一日でアイロード(I-road)という用役業者の所属になった。

「その時(2009年)名誉退職を公告して、 その人たちに営業所を一つずつ与えて 『それを受けて稼いで暮らせ』と言いました。 道路公社から『道フィア』をもらったのです。 その時に私たちが移ったのです。私たちの意思とは無関係に。」

「道フィア」とは「韓国道路公社+マフィア」の略語だ。 韓国道路公社を退職して料金所営業所の運営権をもらった人をいう。 外注化の初期、韓国道路公社は退職者と随意契約方式で用役契約を締結した。 退職者の特典という論議がおきると公開入札方式を拡大したが、 退職者が運営するという結果は違わなかった。

「私たちに相談したわけでもなく、知らせもしませんでした。 ある日、突然サインしろというのですが、仕事が忙しいから…。 誰も契約書をきちんと読んでみることもしなかったんですから。 何人かサインして出てくるから、してもいいみたいだと思ってサインして 勤務に入ってしました。」 (キム・ヨンミ)

前と同じ業務と勤務条件で雇用継承されたので、何の疑いも持たなかった。 用役業者が何か、間接雇用が何かも知らない時だった。 その後、毎年人員削減の指示が降りてきて、 それでも残っていた福祉もなくなった。 用役業者が変わるたびに雇用不安に苦しんで非正規職というものを実感することになる。

元は正規職だった韓国道路公社料金所の受納業務は3段階にわたり外注化された。 1995年に道路公社は「組織の肥大化防止」と「経営効率性向上」を名分として 新設営業所の通行料受納業務を外注化する。 1998年のIMF救済金融の時期には「公企業経営革新計画」により、 ソウルゲート営業所10か所を除いて営業所受納業務の外注化を段階的に進めた。 そして2008年末、李明博政権の「民営化」と「機関統廃合」などを内容とする 「公共機関先進化政策」により、 ソウルゲート営業所10か所の通行料受納業務を含む、 全国のすべての道路公社営業所の通行料受納業務が外注化される。

[出処:ヨンジョン]

20年働いても最低賃金、朝に汁を作れという社長まで

イ・ソンジュ氏は西岸山料金所で16年間、徴収員として働いた。 ソンジュ氏も正規職として働いていたが用役業者所属に変更された。

「市民は『お前たちは金だけ受け取れば良いのに、なぜこんなに時間がかかるのか?』 と言います。しかし新入がくると、これほど仕事が多いとは知らなかったといいます。 受納業務は基本で、救急車や警察の車がくれば緊急も打たなければなりません。 免除車か緊急車なら勤務日誌にみんな書かなければなりません。 ハイパスで入ってきたのに読めなかった時も日誌にみんな書きます。 定期券カードを販売して料金整理もします。 マイナスになると支払わなければなりません。 業務が終われば料金を精算して、 料金所と営業所のトイレを清掃して、 営業所の中のゴミも片づけなければなりません。」

新入社員教育も受納労働者たちの役割だった。 料理労働者がいない営業所では、受納労働者たちが食事の仕度もした。 ひどいときは朝出勤して食事の仕度をしてくれと言ったり、 スルグクを作ってくれという用役業者社長もいた。 社長や幹部が会食でもすれば、受納労働者たちに運転を要求したり、 会食に呼んでセクハラをすることもあった。

間違っていなくても顧客が無条件に大声を上げて苦情を入れれば、 ソンジュ氏は無条件、ごめんなさい、申し訳ないといわなければならなかった。 苦情はすぐ雇用(解雇)に直結するためだ。 料金所の中では手袋やマスクを着用できず、水も持ち込めなかった。 高価な機械を人よりも優先するからだ。 その上、マスクは最近微小粒子状物質のために認められたが、 顧客が苦情を入れたから可能だったという話がある。 「高速道路では人が優先です」という韓国道路公社のスローガンが面目を失う。 昨年、「感情労働者保護法(産業安全保護法改正案)」が施行されたが、 料金受納労働者は何の変化も感じられなかった。 会社でマニュアルや教育も受けていない。

「今日入ってきた職員も、20年になる職員も、月給は全く同じです。 私たちは常に最低賃金なんです。 最低賃金が上がれば食費や交通費のような手当てを調整して、 ぴったり最低賃金に合わせて払います。」

地域も勤務年数も問わず、一人も最低賃金の例外はいなかった。 また、勤続手当や号俸もなかった。 休日と名節とは無関係に、誰かは勤務をしなければならないので 年次休暇を使うのは難しいが、 会社は年次手当てを払わないのに使えと言うだけだった。 ひとりが休暇を使うためには他人と勤務を代わる 自分で自分を食うような代勤をしなければならなかった。

人間の自尊感を完全になくしました

「道フィア」が運営する料金所営業所は、人件費の着服や横領、 運営者のパワハラなど、不正・不正の温床だった。 ソウル料金所のキャノピー高空籠城場の下で座り込みをしている イ・ジョンヒ氏(仮名)と会った。 大田営業所料金所で7年間働いたジョンヒ氏は、 ここで人ではなく物扱いされたことが一番さびしかったと言う。

「私は身体障害者なんです。 私が30歳でひとり身になって、兄弟姉妹を育てました。 本当に暮らすのが苦しかったです。 小さい子供を連れて、からだは不自由でもできることは限定されていて。 ここに就職すると月給がきちんと支払われます。とてもうれしかった。」

ジョンヒ氏はありがたく思いながら、つらい業務と各種のパワハラ、 夜勤手当を含んで一年に1800〜1900万ウォンの最低賃金でもつらいとは思わなかった。 ただ一生懸命働いた。 3年ほど過ぎて、用役業者の社長が他の所の席が空いたが、移動するつもりはないかと言った。 意思を聞いているのではなかった。 移動したくなければ出て行けという、断ることができない圧迫だった。

「外注社の社長が障害者を雇用すれば、政府補助金が助成されるので私たちを使いました。 しかし3年経てば補助金が半分に減ります。 それで社長はそれが惜しくてとんでもないケチをつけてクビにするんです。 でなければ社長団の中でやりとりします。 それで私も営業所を何度も移動しました。」

ある徴収員は障害等級を再度受けることはできないという事実を知らせなかったが、 後で知った社長から「君のおかげでとても損害を受けた」という嫌がらせを 何か月も受け、結局辞表を出さなければならなかった。 用役業者は道路公社から最低賃金より高い人件費など、政府補助金をすべて受け取った。 だが、労働者たちには最低賃金しか払わなかった。 はなはだしくは最低賃金も払わない営業所もある。 韓国道路公社も政府もこれを管理監督しなかった。

「雇用があることだけでありがたいので、 外注社の社長もそれを弱点にしたようです。 『君じゃなくても、いくらでもいる。 君はここを辞めたら行くところない』。 ミーティングの時、そんなように話します。 人間の自尊感を完全に破壊します。」 (イ・ジョンヒ)

[出処:ヨンジョン]

課長が社長より偉いような気がして奇妙でした

受納業務が外注化された後も、韓国道路公社はすべてのことに関与した。 用役業者の社長・職員と道路公社職員がひとつの事務室で働き、 用役業者が使う事務室と事務用品のほとんどは道路公社の所有だった。 道路公社は用役業者の徴収員の教育・訓練・表彰を引き受けた。 それに、業務日誌と勤務現況、勤務確認書、個別顧客応対モニター点検日誌、 給与支給台帳など、各種の業務関連日誌と台帳などには、 該当営業所事務長の決裁とは別に 道路公社所属職員の代理・課長・所長の決裁欄を作り、道路公社が決裁した。

「業者が入ってきても所長や代理がきて、決裁サインを受けました。 私たちは一日の勤務が終わり、プラスマイナスの結果が出てくれば、 道路公社の代理がいる事務室に一人ずつ入ってサインを受けました」。(イ・ソンジュ)
「初め、道路公社の職員として入社すると思っていました。 外注社の社長と道路公社の営業所長が面接しました。 出勤すると、道路公社の管理者が挨拶もしました。 道路公社の管理者6人が私たちの営業所で働いていました。 出勤すると(用役業者の)社長より(道路公社の)課長のほうが偉いように見えておかしいと考えました。 すべての営業所職員が道路公社のマークがある同じユニフォームを着て仕事をしました」。(ト・ミョンファ)

道路公社の料金受納労働者たちは、2013年2月、 自分たちは道路公社の正規職労働者であることを確認してくれという 『勤労者地位確認訴訟』を出した。 彼らが訴訟を提起すると、道路公社は営業所にいた道路公社職員の席をなくし、 空間を分離した。 しかし2015年1月の1審勝訴に続き、2017年2月には2審勝訴の結果が出てきた。

該当の判決では 「道路公社受納労働者たちが道路公社事業場である営業所で道路公社の指揮・命令を受けて 道路公社のための勤労に従事したので、 道路公社の外注業者に所属して料金所で2年以上働いた料金受納労働者を韓国道路公社が直接雇用する義務がある」とした。(ソウル東部地方裁判所2013カハプ2298)

結果を見るまで降りない

大法院判決だけが残った状況で、 道路公社は料金受納労働者たちを直接雇用せず、 子会社(韓国道路公社サービス)を作って転籍を強要した。 そしてこれを拒否した1500人を解雇した。 韓国道路公社は政府の「公共部門非正規職正規職転換ガイドライン」によって 「子会社方式の正規職転換」を施行すると公告した。

2017年5月、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は当選直後に仁川国際空港を訪問して、 公共部門非正規職ゼロ時代を宣言し、 その2か月後に政府は「公共部門非正規職正規職転換ガイドライン」を発表した。 しかし、間接雇用の正規職転換のために子会社を設立して活用する方式を認め、 対象機関の相当数が直接雇用ではなく子会社を選択する結果を生んだ。

「われわれはすでに正規職なのです。 政府がガイドラインさえ出さなければ、 われわれはすでに1審、2審の正規職地位を確認してもらったので、 大法院の判決がれば直接雇用されるのに、それを変えたのです。 そのために、われわれは子会社に行くことができず、 直接雇用に行かなくてはなりません。 私たちのほうが正しいと考えます。」 (パク・ジュヨン)

現在、合計354か所の韓国道路公社料金所営業所で働いていた 約6500人の要急徴収員のうち5000人あまりが子会社に行った。 そのほか、1500人の民主労総と韓国労総料金所労働組合の組合員が子会社転換に反対し、 韓国道路公社の直接雇用を要求して闘争している。

41人が高空籠城を始めたソウル料金所キャノピーには8月21日現在、 27人の労働者が53日間、猛暑に耐えて高空籠城をしている。 ほとんどが50代以上なので、これまで10数人が高血圧や糖尿、皮膚病などの持病で泣きながら降りて行かなければならなかった。 キャノピーは高低が違うコの字形なので、 労働者たちは腰と膝の痛み、足の負傷などで苦しんでいる。 媒煙と騒音も大変で、トイレの問題で初めはみんな食事もしなかった。

高空籠城をしている ト・ミョンファ氏(民主労総民主一般連盟全国民主連合労組料金所支部長)は 「われわれは用役会社に苦しめられた歳月の記憶が生々しいので子会社には行けない。 賃金が30%上がり、定年を1年延長すると言っているが、 私たちが本当に望んでいるのは解雇の威嚇がない安定した職場、直接雇用だ。 結果を見届けるまで降りて行かない」と話す。 韓国道路公社側と共同交渉が行なわれているが、 道路公社は相変らず子会社の立場を固守している。 韓国道路公社側の予測とは違い、 直接雇用闘争をしている料金受納労働者たちは、家族からの多くの応援と支持を受けている。

ユニフォームを営業所にかけて来ました

「こんにちは。お客さん〜通行権カード受け取りました。 3200ウォンです。3200ウォン受け取りました。いってらっしゃい。」

イ・ソンジュ氏が筆者の要請を受けて、 親切な微笑とともに両手を謙虚に差し出て顧客に応対する姿を見せる。 16年間働いて、最低賃金ではあるが、そのおかげで2人の子どもに勉強させて、 ローンも返し、両親にお小遣も差し上げることができた。 そのようにして働いた職場なのに、 解雇される前に最後に働いた日、長い間同じ釜の飯を食べた同僚と 挨拶できずに出てきたことが、ソンジュ氏にとってはとても悲しかったと言う。

「最後だとは考えませんでしたが、仕事が終わって 『さようなら。また会いましょう』という言葉もなませんでした。 私たちが何か悪いことをしたのでもないのにです。 今でも心にわだかまりがあります。 それでもっと頑張って闘い、直接雇用されて、堂々と戻る姿を必ず見せたいのです。 着ていたユニフォームも営業所にかけて来ました。 道路公社だけではなく、非正規職ない世の中を作らなければと考えます。 直接雇用される日まで、最後まで闘い抜いて勝つ覚悟をしています」。(イ・ソンジュ)

[ワーカーズ58号]

原文(ワーカーズ/チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2019-09-01 14:22:34 / Last modified on 2019-09-03 12:19:31 Copyright: Default

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