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花で来た13年歳月

[ワーカーズ ルポ]コルテック交渉妥結、整理解雇闘争最終日

キム・ハンジュ記者 2019.04.29 13:06

[出処:キム・ハンジュ記者]

「このように自己紹介するのも最後だと思います。 金属労組コルテック支会支会長、イ・イングンです。」

「命を助けてくださり、ありがとうございます。」
(金属労組コルテック支会イム・ジェチュン組合員)

「歓呼されるほど頑張って暮らしてこなかったし、ちゃんと暮らせませんでした。」
(金属労組コルテック支会キム・ギョンボン組合員)

4月23日、ソウル市江西区のコルテック本社前座込場。 金属労組コルテック支会の最後の記者会見で3人の労働者による最初の言葉だ。 労使合意で5月に復職するコルテックの労働者たちは花束を受けとった。 13年間、闘争に連帯してきた労働者と市民は彼らを見守り、共に涙を流した。 4464日待った会社の整理解雇への謝罪。 労働者たちは万感が交差した。

コルテック支会の座込場とハンスト場のテント二棟、 「4464」で止まった座り込みの掲示版、 多くの連帯市民の名前が書かれた 「ポンチュングン(キム・ギョンボン、イム・ジェチュン、イ・イングン)」ギター造形物、 「解雇禁止」に変わった「駐車禁止」の標識、 多くのプラカードと横断幕、 初めて記者会見参加者より多く集まった取材陣。 コルテック支会13年の闘争の最後の様子だった。

[出処:キム・ハンジュ記者]

交渉妥結まで…しなかったことはない

13年の整理解雇闘争、42日のハンストの末に合意書が出てきた。 交渉妥結に至るまでの時間は、苦痛の連続だった。 金属労組コルテック支会とコルテック闘争勝利のための共同対策委員会の核心要求は、 整理解雇の謝罪と解雇者の名誉復職、解雇期間の補償だった。 コルテック労使は昨年12月26日から交渉を始めた。 だが使用者側は労組の要求を一つも受け入れなかった。 交渉は決裂を繰り返した。 使用者側を圧迫する手段が必要で、労組は今年1月8日に終末闘争を宣言した。 この時、光化門の近くにあった座込場をコルテック本社前に移した。 だがコルテックの朴栄浩(パク・ヨンホ)代表理事は交渉を避け、 代表理事の委任を受けて交渉に参加したイ・ヒヨン常務理事は、 労組の要求を一切拒否するだけだった。 そのため労組は2月18日にコルテック本社の社長室を奇襲訪問した。 その場で朴栄浩代表は 直接交渉に参加して進展した案を出すと約束した。

3月7日に朴代表が参加した交渉が開かれたが、再び決裂した。 手ぶらで交渉に出てきた朴代表は、会社は何も悪くないとだけ話した。 3月12日、結局、イム・ジェチュン組合員が無期限ハンストに突入した。 イ・イングン支会長は2017年4月〜5月に光化門の広告塔の上で22日間のハンストをし、 今年還暦をむかえたキム・ギョンボン組合員は、健康が良くない状態だった。 イム・ジェチュン組合員は自分がハンストをすると言った。 労組は彼のハンストが20日を越えないように額を突き合わせた。 だが使用者側は無関心だった。 ハンストは続いたが、状況は何も変わらなかった。 今回はコルテック支会が属する金属労組大田忠北支部が4月2日、 コルテック本社占拠座り込みを試みた。 使用者側が進展した案を持って交渉に出てくるという約束をするまで出て行かない計画だった。 だがコルテック事務室の施錠は堅固で、 彼らは事務室に入ることができないまま屋上で座り込みを始めた。 警察は労働者が入れないように、コルテックの事務室を守った。 使用者側は屋上座り込み8日目に交渉の要求に応じ、 労働者たちは屋上座り込みを解除した。 そして4月15日、40日目に集中交渉が始まった。

週末を除けば毎日交渉が開かれた。 使用者側は15日の初集中交渉で、謝罪ではなく「遺憾表明」を検討すると明らかにした。 16日の交渉では「労組も闘争で使用者側に被害をもたらしたのだから、 労使共同が遺憾を表明しなければならない」と主張した。 労組はこれを受け入れなかった。 これまで労組の闘争にもかかわらず、コルテック会社は被害を受けていなかった。 コルテックは昨年の売り上げが1378億ウォン、 当期純利益は74億ウォンを記録する名実共「業界1位」の黒字企業だった。 労組は「遺憾表明」と同時に 「使用者側は今後不当に整理解雇をしない」という文句を追加しろと対抗した。 労組が追加で提示したこの文句は受け入れられず、 「整理解雇に深い遺憾表明」をすることで争点がやっと整理された。

労組は解雇者の「復職後、今年末に退職」を要求した。 コルテック支会のキム・ギョンボン組合員が今年定年で、 定年が過ぎれば復職の要求が力を失うためだ。 労組は集中交渉で「復職期間を調節してもいい」という意志を打診した。 すると使用者側は逆に「復職当日退社」のカードを切った。 13年間の解雇生活の末に復職した会社を一日で辞めろという言葉だった。 交渉に参加した金属労組のイ・スンヨル副委員長は 「会社は『解雇者が復職すればまた労組活動をするのではないか、 会社に一日でもいれば不安で我慢できない』といった話をした」とし、 「月曜日(4月22日)になって使用者側は一部修正した案を持ってきて、 復職期間1か月ができた」と話した。

解雇期間の補償問題でも労使意見の差は狭まらなかった。 19日まで、労使がさまざまな争点で合意する過程でも、 会社は補償問題についてだけは使用者側の当初の案に固執した。 会社は2007年の整理解雇当時、団体協約で規定した慰労金だけを支払うという立場を曲げなかった。 労組の関係者によれば、暫定合意の前の週末(4月20〜21日)にも、 交渉代表団間の通話で使用者側は絶えず補償金について問題を提起した。 交渉代表団は週末ずっと組合員の意見をまとめ、 4月22日に非公開の金額で使用者側と合意した。 だが合意文には『解雇期間補償』ではなく『合意金』という単語が使われた。 共対委の関係者は 「使用者側が補償には解雇期間を認める性格が含まれているとし、 この単語を使うことに猛烈に反対した」と説明した。

[出処:キム・ハンジュ記者]

「それでも幸せな闘争だった」

合意に至るまでの9回交渉、14回の労使の会合があった。 4月22日、ハンスト場で交渉団を指折り数えて待っていたイム・ジェチュン組合員は、 暫定合意文を受け取って涙を流した。 「この一枚を受け取るために13年を戦いました」。 そして42日目に初めての食べ物の重湯を食べた。 健康を回復すれば「ネギをたくさん散らしたコムタンスープ」が一番食べたいといった。 暫定合意があった日の夜、「ワーカーズ」はイム・ジェチュン組合員と率直な話をした。

「合意が気に入らない。 事実、最悪の条件の合意でした。 謝罪は単に遺憾表明、復職期間は1か月。 私たちが考えたマジノ線水準だ。 私たちが交渉に入るにあたり、私は本当にたった2つのことを望んだ。 使用者側が心から申し訳ないと話し、 これからこうした行動(整理解雇)をしないということだった。 しかし受け入れられなかった。 われわれは結局、金に屈服したのではないか。」

コルテックの整理解雇に文在寅(ムン・ジェイン)政府の役割はなかった。 コルテックの労働者たちは整理解雇法を作り、 梁承泰(ヤン・スンテ)司法壟断を起こした政府の責任を問うたが虚しいこだまに残った。 むしろコルテックは政府から「世界一流商品」に選ばれ、 1億 7千万ウォンの支援金を受け取った。

「われわれは政治で犠牲になった労働者だ。 政府が解決しなければならないことだ。 しかし裁判取り引き事業場で最長期闘争事業場のコルテックで、 政府はどこにも姿がなかった。 政府が労働者を無視したんだ。 整理解雇法、非正規悪法を作った共に民主党と文在寅政府が弾力勤労制を拡大して、 労働者を弾圧しているじゃないか。 他の見方をすれば、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権の時より さらにひどい。 だから私たちの闘争はここで終わったが、 司法壟断だけは最後まで明らかにしたい。 くやしいじゃないか。

二十歳の青春からギターを作ってきた彼の年齢は58歳。 ギターを作った歳月ほどに、闘争期間、多くの人々がコルテックを通っていった。 食事で、祈祷で、話仲間で、カンパで連帯した人たちが今は一番貴重だ。 「それでも幸せな闘争だった。 13年間、多くの人に会ったじゃないか。 ギターというもの一つで芸術家、宗教家、労働者、皆が集まって楽しんだじゃないか。 特にミュージシャンたちが私たちのためにコンサートも開いてずいぶん助けてくれた。 ギター生産者と消費者の出会いとでも言うのか? 文化で勝負する新しい闘争方法をコルテックが作ったと思う。 彼らがいたからここまできたのは明らかな事実だ。 もう感謝の気持ちをいっぱいに抱いて家族と毎日一緒にいなくちゃ。」

4月23日のコルテック支会の最後の記者会見。 横断幕には「整理解雇ない世の中のために戦います」という文句が書かれていた。 この日、イ・イングン支会長は記者会見で 「もう資本の利益を代弁するだけの整理解雇制は廃止されるべきではないでしょうか。 すぐに廃止することが難しいのなら、解雇要件だけでも強化しなければならないのではありませんか。 労働者たちがこれ以上路上でさ迷うことがなければうれしい。 労働者たちが安心して働いて、労働を通じて自分の人生と夢をかなえていく社会になればうれしい」と話した。 記者会見の後、イム・ジェチュン組合員はノクセン病院に運ばれた。 彼のそばには相変らずイ・イングン支会長、キム・ギョンボン組合員がいる。 もう5月、この三人は13年ぶりの出勤をする。 13年ぶりに日常に戻る。 あまりにも長い歳月を経て、また初めに戻る。 整理解雇がない世の中を夢見る。[ワーカーズ54号]

原文(ワーカーズ/チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2019-05-10 12:33:36 / Last modified on 2019-05-10 12:33:44 Copyright: Default

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